最終話 蒼き衣を纏った鳩宮さん
「あーはっはっは! 笑わせてくれる! 笑わせてくれるなァ、鳩宮ァ!」
呆然とする俺たちを鳩山田が嘲笑する。
「そんな言葉で本気でラピュタがどうかなると思っていたのかね? はっはっは、これは傑作だ。嗤わずにはおられん!」
堰が切れたかのように大笑いする鳩山田。
対して俺たちは困惑するばかりだった。
「どういうことだ、隊長? 何も起こらねぇぞ?」
「分からん。一体どういうことじゃ」
さすがの鳩宮さんも失敗の原因が分からないらしい。
かく言う俺もどうしてあれでラピュタが崩壊しないのかまるで分からなかった。
「まずいぞ、アポロン! マラソンを中止するかどうか今から十分以内に決めろと運営本部から要請があった!」
そこへ部長たちが悪い知らせを持って屋上へとあがってくる。
「現在、マラソンのトップグループはまだ
オペレーターの女の子が現状を伝えてくる。
なんてこった。
ここまで何とかやってきたが、ついに追い詰められた。
オリンピック最終競技のマラソンをレース終盤で中止してしまっては、大会全体に大きな傷を残してしまう。しかし、ラピュタを消し去るどころか、成長することすら止められない現状では中止の判断は仕方なく――。
「ん、いや、ちょっと待て。どうしてラピュタは今も成長しているんだ?」
唐突に疑問が湧いた。
確かに超巨大積乱雲は長時間成長し、その勢力を維持する性質がある。
しかし、この件に鳩山田が絡んでいる以上、超巨大積乱雲はただの自然現象ではない。実際、鳩山田の号令で雷が落ちている。となれば、今も鳩山田が何かしらの手を使ってラピュタを成長させているはずだ。
が、目の前でいまだ大笑いしている鳩山田が何かやっているようには見えない。
もしかしてラピュタの成長には鳩山田だけでない、何かもっと大きな力が関与しているのではないだろうか?
「そう言えば鳩宮さん、ラピュタは鳩山田だけでは到底作れないって言っていたな?」
「そうじゃ。あれほどのものはさすがの総帥でも作れん。それこそ何十万もの協力者が必要だ」
「なんだって!? でも、そんな連中、ここにはいないぞ!?」
「だから謎なんじゃよ。しかも今も成長していることから、この瞬間にも協力者がどんどん増えてるはずじゃ。まったくどうやって集めておるのか……」
数十万人の見えない協力者が今も爆発的に増え続けている……!?
その規模と拡大する様子に、俺はふとある可能性に気付いた。
と同時にもうひとつ疑問が湧いてくる。
「なぁ、鳩宮さん、『ラピュタ』って言葉を聞いたのは今回が初めてか?」
「そうじゃが?」
「だったら『バルス』も?」
「当たり前じゃろ。どうしてそんなことを聞く?」
なるほど。つまり鳩宮さんたちはあのアニメを知らない。
そして鳩山田も知らないはずだ。そうでなければ『バルス』って言葉を聞いてあれほど余裕でいられるわけがない。
ならば、鳩山田がどうして『ラピュタ』って言葉を使ったのか?
あいつはその名を告げる前にこう言っていた。
「そう、それがこの超巨大積乱雲、いや、ここはあえて君たちの言葉に置き換えよう」と。
つまりどこかで俺たち人間があの超巨大積乱雲のことを『ラピュタ』って呼んでいるのを見たのだ。
そしてそのどこか、とは……
「そうか、ラピュタの力の根源が分かったぞ!」
俺は自分のアフロの中へ手を突っ込んだ。
巨大なアフロの中は鳩宮さんの私物でいっぱいだが、中からお目当てのものを取り出す。
「それは……わしのスマホ?」
「そうだ。そしてこの国にはこんな古の言葉が残されている」
俺はスマホを鳩宮さんに向けて顔認識で立ち上げると、あるアプリを指差してその伝承を告げる。
「その者、蒼き衣を纏いてバズるべし!」
うん、こうなりゃ俺だってやってやるさ。
「なっ!? それは……ツイッター!?」
「そうだ! ツイッターのアイコンはまさしく蒼き衣を纏った鳩たちの姿! そしてラピュタに力を与え続ける正体とはこれだっ!」
「なんとっ! トレンドの一位から三位までをラピュタ関連が独占しておるじゃとっ!?」
ちなみに一位が「ラピュタ」、二位が「龍の巣」、三位が「東京オリンピックオワタ」であり、一位のラピュタ関連のツイートはまさに数十万規模だった。
「はっはっは、気付いたか、鳩宮。しかし、もう遅い。ラピュタはこの瞬間にも猛スピードでツイートされ、巨大化している。このバズった話題の前に、お前たちは成す術などない!」
高らかに勝利宣言する鳩山田。
恐らく奴は自らが作り出した積乱雲の画像をツイートしたところ、世間が「すげぇ、まるでラピュタの龍の巣みたいだ」って反応をするのを見て、一連の言葉を覚えたのだろう。
そしてそのツイートがバズり、単なる積乱雲が超巨大積乱雲へと急激に成長したのだ!
何十万というツイートに支えられたラピュタ。
対して俺と鳩数十羽。
滅びの言葉を口にしてもビクとも理由は、まさにその圧倒的な数の差であった!
「なるほど、ツイッターを使うとは、鳩山田総帥もやるもんじゃわい。じゃが、これならばワシらにもまだ逆転の手があるぞい!」
「なん……だと……!?」
「総帥、わしもツイッターをやっておるんですわ。東京オリンピック2020公式ツイッターの中の人としてのぉ」
「そうだ! しかもそのフォロワー数、ざっと五百万!」
「なにぃぃぃぃぃ!?」
「そうだ、鳩山田! 鳩宮さんの手にかかれば、ツイートをバズらせることなど造作もないことなんだよっ!」
俺は鳩宮さんのスマホを空高くへと放り投げる。
それを空中に羽ばたいてキャッチした鳩宮さんは「みんな、東京オリンピックを救うため、バルスってツイートするんじゃー!! #バルス #東京オリンピック」と素早くフリック入力し終えた。
すかさず俺や部長、そしてオペレーターの女の子達がリツイート。
世間は
「バルスwwwwwwwwwwww」
「オリンピック公式の中の人、悪乗りしすぎだろ草生えるわ」
と、ジョークツイートだと思ったようだが、そういうどうでもいいツイートほどツイッターの世界ではバズりやすい。
わずか一分も経たないうちに鳩宮さんのこのツイートは見事にバズった!
「むぅ、鳩宮め、どこまで私に歯向かうつもりかっ! ええい、ならばラピュタの雷よ、その力を全て解放せよ!」
どんがらがっしゃーん!
先ほどとは比べ物にならない雷鳴が世界を震わせた。
それもそのはず、数え切れないほどの稲妻が一斉に新国立競技場へと降り注ぎ、その音が重なりあって文字通りの爆音となったのだ。
「大変です! 今の雷により、本部から今より三分後にマラソンを中止させるとの連絡がありました!」
なんだって? 上層部め、怖気付きやがったかっ!?
「大丈夫だ! 三分以内にラピュタを崩壊させる!」
だが、俺たちの心は折れていない。
いける!
いけるはずだ!
この調子で行けば、三分以内に「バルス」がトレンドの1位に躍り出るはず!
「『バルス』、トレンドに出ました! 現在、五位ですっ!」
「五位だって!?」
くっ、意外と伸びない。
どうやらさっきのライトニングストームでラピュタ勢のツイートも伸びたらしい。
それにしてもラピュタを形成する上位三位どころか、四位にも届かないとは。
ちなみに四位は閉会式でこの日の為に復活し、新曲にして約束されし神曲『僕たちは五つの輪の下で』を披露することになっている伝説の声優アイドルグループの名前である。
「残り2分を切りました!」
「はっはっは、抵抗もそこまでだ」
焦る俺たちを嘲笑う鳩山田が屋上の防護フェンスに降りると、翼を一度大きく広げた。
ざざざざざざざざざざざざざざざーーーーーーーーーーーーーーー。
途端に新国立競技場周辺に猛烈な雨が降り注ぐ!
「あっはっは、まるで雨が滝のようだ!」
ご満悦な鳩山田だが、ごめん、そのセリフは普通に日常生活でも使うので全然面白くない。
「くっ、くそー。せめてあの雨だけでも俺たちでなんとか!」
「ダメじゃ、鳩村。悔しいがあの豪雨にはワシらの『ろーと誓約』も歯がたたん。無駄死にするだけじゃ」
「だけどただ嘴を噛んで眺めるだけって言うのは……」
なんてことだ。
時間さえあれば、バルスは必ずトレンドの一位となってラピュタを崩壊せしめる。
しかし、残されたわずかな時間ではそこまで辿り着くのは困難な状況となってきた!
「ここまでなのか……ん、いや、ちょっと待て。どういうことだ、これは!?」
絶望に押し潰されて頭が自然と垂れようとした俺の目に、思いもよらぬ光景が飛び込んできた。
鳩山田の号令でラピュタから降り注ぐ豪雨。
その勢いが急激に衰え始めている!
「バルス、ツイッタートレンドの二位に急浮上しました!」
「なんだってー!? 一体何が起きた!?」
「どうやら閉会式で復活する九人の女神のリーダー声優が『雨、止めー!』のツイートと同時にハッシュタグ・バルスを使ったようです! そのツイートが一瞬にしてバズり、ファンたちが一斉にバルスツイートを行い始めました!」
そうかっ!
そういうことかっ!
かの声優が演じるキャラクターがシリーズ二期第一話にて「雨、止めー!」のセリフで神田明神に降り注ぐ雨を止めたのは、もはや伝説として世界中に語り継がれている。
その奇跡を今再び起こしてくれたのだっ!!
「ラピュタからの降水量、ほぼゼロになりました!」
「バルス、ツイッター数急激に増加! まもなくラピュタを抜きます!」
「残り時間40秒を切りました!」
ふん、40秒もあれば空賊になる仕度だって出来るぜ!
「来ました! バルス、トレンド一位です!」
「全員、装着!」
俺の指示にみんなが一斉に懐や羽毛から取り出したサングラスを装着する。そして
バルス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
再びその呪文を全員で一緒に叫んだ。
今度は俺たちだけじゃない。バルスをツイートしてくれたツイッター民たち何十万、何百万人もきっとこの瞬間、一緒に叫んでくれているはずだ。
「うおっ!」
一瞬、世界が光に包まれて真っ白になった。
ラピュタの内部から猛烈な光が溢れ出て世界を覆いつくしたのだ。
「目がっ! 目があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その猛烈な光を直視し、悶えた鳩山田が足場を滑らせる。
そこへ崩壊したラピュタが発した強烈な突風が鳩山田を襲った。
「ぐわあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!…………」
突風に煽られ、木の葉のように天空へと吹き飛ばされる鳩山田。
やがて空の彼方へと消え去って見えなくなった。
「終わったのぉ、アフロ」
「ああ、終わったな、鳩宮さん」
空は先ほどまでラピュタがあったのが信じられないくらい、穏やかな青色がどこまでも広がっていた。
「オペレーター、大会運営本部に回線を繋いでくれ」
「既に準備できています。どうぞ」
「本部、聞こえますか? 見ての通り、脅威は去りました。どうぞ中止を回避し、安心して競技を続けてください」
かくして東京オリンピックは無事に全日程を終えたのであった。
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