第九話 鳩宮さん、禁呪を思いつく

「鳩山……田」


 俺は思わずその名を呟いた。

 変なところで呟きを区切ってしまったが他意はない。本当だ。


「そんな馬鹿なっ! 俺たちが解放された時、鳩山田総帥は先に人間たちの手で殺処分されたはずじゃ……」


「ふん。私が日本人如きに殺されたと、本気で思っていたのかね?」


 隻眼鳩・鳩村の問い掛けに、鳩山田が「くっくっく」と笑った。

 

「確かにあの男は私を殺し、この身体を近くのジビエ料理店に売ろうとした。が、私は必死に抵抗して奴に傷を負わせ、そしてこう言ったのだ。『ジビエとは野生の鳥獣の肉料理のことだ。我ら鳩族ではキジバトが一般的だが、私たちのように人に飼われているドバトではジビエ料理の食材にはならないぞ』と」


 ……えっと、それがどうした?


「なんじゃと!? それではあの人間がわしらをああも呆気なく解放したのは……」


「そう、私の説得のおかげだな」


 おおーっと歓声をあげる鳩たち。

 いや、君たち、今はそんな話をしている場合じゃ……。


「忌まわしき日本人の手を離れた私は、新たな新天地として大陸を目指した。こんなちっぽけな島国ではない、壮大な大地と、そこに広がる大空へと向かったのだ。そして私は偉大なる大陸の人間たちと出会い、同じく日本人に傷つけられた歴史を持つ同志として共に日本に復讐を誓ったのだよ!」


「なんだってー!?」


 今度は俺が驚く番だった。

 台風が東京を襲った時、その突然の進路変更と、会場変更の受け入れ態勢万全な様子から某国の陰謀説が囁かれていたが、まさか本当にそうだったなんて。


「大陸の人間たちは素晴らしい人ばかりだ。台風作戦においては私を完全にトラストミーしてくれて、さらには変更会場まで建設してくれた。だと言うのに、お前たちの浅はかな行動が全て台無しにした! まさに許しがたい、反逆行為である!」


 鳩山田の声がまるで雷の如く鳴り響き、第三小隊の多くはその場に平伏し、許しを請うが如く「くるっくー」と鳴いた。


「しかし彼らは日本人のように器量の狭い民族ではない。失敗しても、それを取り返すチャンスを私に与えてくれたのだ。そう、それがこの超巨大積乱雲、いや、ここはあえて君たちの言葉に置き換えよう」


 鳩山田が左右の翼を大きく羽ばたかせて、その名を告げる。


「そう、これこそが失われし過去の遺産、かつて世界を支配した脅威の力。その名も『竜の巣ラピュタ』だ」


 ……なんだって、おい?

 いや、確かにそれっぽいけど!

 でもお前、それだとオチがもう丸見え――


「はっはっは。見よ、ラピュタのいかずちを!」


 鳩山田の号令と共に超巨大積乱雲から一筋の稲妻が地面へと走る。

 空全体を轟かすような爆音が鳴り響き、さらには落雷のよる振動がここまでにも届いてきた。


「素晴らしい! 見てみろ、まるで人が」


 はいはい、ゴミのようなんだろ知ってる知ってる。

 てか、あんな超巨大積乱雲を前にして外に出ている人なんて誰もおらんわっ!


「どうだ、鳩宮! 先の台風の件は許してやる。代わりにこの力で共に憎き日本人たちに正義の鉄槌を――」


「断わるっ!」


「……なに?」


「鳩山田総帥、空はわしらのものじゃ。幾ら人間がわしらを縛り付けても、空までは支配することは出来ん。なのに人間に誑かされて母なる大空にあのようなものを浮かべるとは、鳩族としての誇りを捨てられたか、総帥っ!」


 鳩宮さんの叱責に、平伏していた鳩たちもハッとしてその頭を上げた。


「そうだ! いくら人間が憎くても、俺たちは自分たちの空を穢したりなんかしねぇ!」


 続いて抗議の声を上げる鳩村。

 それまで鳩山田に傾いていた場の空気が変わっていくのを感じる。


「はっ。我が部下ながら、全く呆れた連中だ」


 もっとも鳩山田は鳩宮さんの返事にこそ一瞬戸惑いを見せたが、すぐに冷静を取り戻していた。


「日本人を誅するのに空を使って何が悪い。空が我らのものであるこそ、ラピュタを使う権利もまた我らにあるのではないかっ!」


「いや、そもそもあんなものを生み出すことこそ空への冒涜なのじゃ!」


「冒涜も何もない! 空は我らに使われる為にあるのだ!」


「思い上がりを! 目を覚ますのじゃ、鳩山田総帥!」


 どこまでも交わらないふたりの会話。

 このまま無為な議論が続くだけかと思われた時のことだった。



 ドドーン!



 激しい稲光と轟音をもって、ラピュタの雷が再び地面を襲った。

 ま、まずい。

 このままではマラソンを中止せざるをえなくなってしまう。


「はっはっは。鳩宮よ、大層な口を利いてくれるが、では一体どうやってあのラピュタを止めるつもりだ? ラピュタは活動を始めた。お前たちの『ろーと誓約』もラピュタの前では無力。もう誰も止めることなどできん」


 その力を前にして、鳩山田は自身の有利性を思い出して鳩宮を問い質す。

 沈黙し、熟考する鳩宮さん。

 鳩村たち第三小隊の誰もが鳩宮さんに注目する。


「……バルス」


 鳩宮さんが不意にぽつりと呟いた。


「なに?」


「バルス……何故かこの言葉が頭に浮かんだのじゃ」


 オウフ、オワタ……オワタ……このエピソード、オワタ。

 てか、ちょっと酷すぎやしないか、それ?


「あっはっは! まったくたわけたことを! そんな言葉でラピュタを止める事が出来るものかっ!」


 鳩山田が心底おかしそうに笑った。

 いや、お前、止まるどころか崩壊するから。お前も目がっ、目がああぁぁぁって叫ぶハメになるから。


「鳩山田の言う通りですぜ、隊長。一体何を言ってるんスか!?」


「わしにも分からん! が、『バルスって呪文を唱えればラピュタは消滅する』と頭の中で神様が囁いたのじゃ!」


 わしを信じろと鳩宮さんが鳩村及び第三小隊の鳩たちに声をかける。

 そして。


「いいか、みんなで一斉に『バルス』と叫ぶのじゃ!」


 鳩宮さんの号令のもと、いまだ半信半疑の鳩村がカウントダウンを開始する。


 3……2……1……よし、いまだ!






 バルス!



 



 鳩山田一羽を除き、俺を含めたその場の全員がその言葉をラピュタに向かって叫ぶ。

 終わった、なにもかも。

 酷い終わり方だけど、これで東京オリンピックは救われ――

 ――たりしなかった。


「な、どういうことだ!?」


 滅びの呪文を受けてもあろうことかラピュタは悠然と、東京の空に鎮座し続けているのだった。

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