第三巻 超巨大積乱雲発生! タイムリミットは三分!?

第八話 鳩宮さんの上司登場! その名も……

 鳩宮さんたちの活躍で、それから数日は雲ひとつない快晴の日が続いた。

 台風で延期となっていた競技も急ピッチではあるが進行され、なんとか中止を免れた。

 あとは野外種目では大会最後となる男子マラソンと、閉会式を残すところとなる。

 そのマラソンも無事晴天のもとに開始され、ここまで何の問題もなく進行している。


 が、鳩宮さんは東京オリンピック気象対策室の気象モニターを俺のアフロに座りながらじっと見守り、呟くのだった。


「まだだ。きっとまだ何かあるに違いないくるっぽー」




 東京の空に久々の青空が広がったあの日、俺は鳩宮さんから台風騒動に纏わる失踪事件の顛末を聞いた。

 東シナ海で発生した台風は、様子を見に行った鳩宮さんによると当初はごく普通の台風だったそうだ。

 しかし、台風が大陸に上陸しようとしたその時、突如として方向を変え、鳩宮さんをとんでもない強風が襲った。

 強風は連絡用のスマホを吹き飛ばし、鳩宮さん自身も半ば気を失って嵐に翻弄された。

 その時、薄れゆく意識の中で鳩宮さんは感じ取ったそうだ。

 台風を操る何者かの、強くて邪悪な意思を。

 しかもその何者かの気配が、どこか懐かしくあることを。


 台風に吹き飛ばされ、意識を失った鳩宮さん。

 次に意識を取り戻すと、そこは見知らぬ海岸だった。

 どうやら海に墜落したものの、運よく浜辺に打ち上げられたらしい。

 身体の節々が痛み、翼も所々怪我を負ったが、それでも鳩宮さんは東京に向かって飛び立った。


 ただし、向かう先は俺たちのところではない。

 気を失う前に感じた懐かしい気配が、大海原を彷徨う間、鳩宮さんに昔の夢を見させた。

 かつて憧れ、共に空を飛び、その後姿を追いかけていた、ある英雄の夢を。


 だから目覚めた鳩宮さんはかつての仲間に助けを求めに行ったのだ。

 あの人がこの台風の背後にいる。

 対抗するには自分だけでなく、仲間の助けが必要だ、と。


 それでもかつて人間に手痛く裏切られた鳩村たちの懐疑心は根深く、俺が現れるまでは鳩宮さんでも説得出来なかったらしい。

 その点において鳩宮さんは「ワシらだけの力ではない。ワシらを動かしたアフロの信じる力あってこそじゃ」と俺を持ち上げたが(そのくせ相変わらず俺の本名を口にしないのは何故なのか?)、そんな話を聞かされた後では喜びよりも不安の方が大きかった。


(あの鳩宮さんでも太刀打ちできないかつての上司……そんなのが敵に回っている、だと)


 東京オリンピックも残すところあと数時間。

 その後には東京パラリンピックも控えているが、とりあえずは一段落過ぎてホッとできるはずの時期。

 しかし、俺と鳩宮さんは不安を胸に抱いたまま、気象モニターをじっと見つめるのだった。




「大変ですっ! 新国立競技場上空に積乱雲の発生を確認! 急激に発達しています! このままではマラソン終盤にゲリラ豪雨の可能性が!」


 オペレーターの声に対策室がざわめく中、俺と鳩宮さんは「やはり来たか」と腹を括って、建物の屋上へと急いだ。

 こういう時の為に隻眼鳩・鳩村たち第三小隊を屋上に待機させている。

 いくら向こうが鳩宮さんの上司だと言っても所詮は一羽。鳩宮さん率いる第三小隊の必殺「ろーと誓約」でなんとかなる……と思っていた。


「大変だ、隊長! 空からすげぇでっけぇ雲が落ちてきやがった!」


 屋上の階段を駆け上がってきた俺たちに、鳩村が悲鳴のような声をかけてくる。

 

「なっ! まさかここまでとは……」


「馬鹿なっ!」


 新国立競技場付近の上空に雨雲が渦巻き、幾えにも重なって空へ延びて巨大な壁を形成する様子を見て、俺たちも絶句した。


「この一分ほどで超巨大積乱雲スーパーセルに成長したというのかよっ!」


 そんなことありえない。

 しかもなんだあの大きさは? 

 本来、超巨大積乱雲は10キロ以上に広がるものだ。が、目測した限りでは横への広がりは半分程度だった。

 その代わり、高さはとんでもない。

 まさに新国立競技場周辺だけを狙った気象テロだ!


「鳩宮さん、あれ、なんとか出来るのか……」


「分からん。が、それ以上に分からないのは、どうやってあれを作ったかという事じゃ。見てみろ、アフロ。あの雲、まだまだ大きくなるぞ」


 言われて見ると、超巨大積乱雲はさらに上空へと延びていっているようだった。

 さらには外周を取り巻く雲の動きがさらに激しくなり、雷が内部で激しく稲光を発しているのが見える。


「まずいな。このままではあの周囲は激しい雷雨になる」


 多少の雨ならばなんとかなるが、雷雨になると競技は中止せざるをえない。

 いや、それどころか被害によってはその後に行われる閉会式すら危ういだろう。


「隊長、玉砕覚悟で飛びましょう! 我ら第三小隊、もとより命の覚悟はできておりやす!」


「なっ、馬鹿! 特攻なんてさせないぞ!」


 隻眼鳩・鳩村の直訴に、しかし鳩宮さんではなく俺が答えた。

 そのなんとかしようっていう気持ちは嬉しい。

 が、死ぬと分かって出撃させるなんて、そんなこと俺には出来ない。

 こいつらは道具なんかじゃないんだ。心を通じ合わせた仲間なんだ。


「そうは言ってもアフロの兄ちゃん、このままじゃもうすぐあのあたりはとんでもない嵐になるぞ!」


「……分かっている。分かってはいるが……」


 俺は苦し紛れに頭の上に乗っている鳩宮さんを見上げる。

 こんな時も鳩宮さん頼みなのは情けなかった。


「……おかしい……いくらでもひとりであれほどのものを作れないはずじゃ……」


 が、その鳩宮さんはブツブツ言って考えるばかりだった。


 その時だった。


「あっはっは、どうした鳩宮、翼も嘴も出ないかね?」


 突如として空から急降下してきた一羽の鳩が、俺たちの前で翼を優雅に羽ばたいてホバリングし、声をかけてきた。


「やはり、あなたでしたか……」


 その鳩の登場に大勢の鳩たちが驚く中、鳩宮さんだけが冷静に言葉を返す。


「台風の時にもかすかにあなたの力を感じました。やはり生きていたんですね、鳩山田総帥!」

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