第五話 鳩宮さんの仲間を探しに

「一体どういう事だっ!」


 怒鳴らずにはいられなかった。

 雨天延期を決めてから三日、東京オリンピックのスケジュールは大変なことになっていた。

 なんと台風がずっと東京上空に居座り続け、その間、野外で実施される競技の多くが延期になってしまったからだ。

 

 しかも。


「大阪、大雨が降り続いています」


「福岡、同じく」


「名古屋、右に同じ」


「札幌は何故かこの季節に大雪です」


 この三日の間に各地でも天気は荒れまくっており、雨天で東京での開催が不可能な場合の予備会場までもが使用不可能という事態に陥っていた。


「おかしい。絶対におかしいぞ、これは!」


「そもそも東京にやってきた台風だって、中国に向かっていたはずだろ。それが上海を前にして突然ぐるんとこっちに向きを変えてきたんだ。きっと中国あいつらが何かしたに違いない」


「これはまだ公にされていないが、このまま天候不良によるオリンピック中止を避ける為、上海で残りの競技開催を引き受けると中国政府からの打診があったそうだ」


「なんだとっ!?」


「しかも用意がいいことに、今回延期になっている競技すべてが実施できる巨大競技場を秘密裏に作っていたらしい」


 決まりじゃないかっ、と誰かが叫んだ。

 東京オリンピックの会場変更が、ではない。

 今回の異常気象には中国が関与している、その疑惑が確信に変わったと言う意味だろう。


「……だが、だとしてどうやって奴らは台風の進行を変えたんだ? みんなも知っての通り、台風を消滅させるには広島の原爆が何万発も必要。方向を変えるのにも想像を絶するエネルギーを要することだろう。さらに陸地に上がって、同じところにずっと居続けるなんて人間の力で出来ることなのか? その謎が分からない限り、所詮は憶測にすぎん。滅多な事は口にすべきではない」


 部長の言葉に、鼻息を荒くする者たち誰もが一瞬静まり返った。

 そしてその静寂の中、俺は部屋を出ようとする。


「日ノ本主任、トイレですか?」


「いや、ちょっと出かけてくる」


「え、こんな時に一体どこへ?」


「二時間ほどで戻る。それまで頼む」


 皆が驚く声を上げるのを背に、俺は部屋を出る。

 後にした部屋の中から怒声のような声が聞こえたような気がしたのは、この期に及んで逃げ出すような形で部屋を去ることに自分自身負い目を感じているからだろうか。


(いや、逃げ出すんじゃない。これは最後の希望。一縷の望みに賭けるんだ!)

 

 自分に言い聞かせて俺は歩き出す。

 そこへ。


「アポロン!」


 俺を追いかけて部屋を飛び出してきた人がひとりだけいた。


「部長……」


「どこへ行こうって言うんだ、アポロン!?」


 まさか逃げるつもりか、と口に出さなくてもその目が問うてくる。


 部長……そうだな、部長になら話しても大丈夫か。


「上野に行こうと思います」


「上野?」


「そこに鳩宮さんの古い仲間たちがいると、かつて彼から聞いたことがあるんです」


「なんだって!?」


 鳩なんてのは種類の違いはあれど、日本中どこでも見られる。

 それでも人の言葉をしゃべり、天候を操る鳩なんて俺たちは鳩宮さんしか知らない。

 その鳩宮さんが仲間と呼ぶ連中……当たってみる価値は十分にあるだろう。


「分かった、俺も行こう。これ以上待ち続けていてはストレスで頭頂部が完全に禿げかねんからな」


 あ、部長、気付かれていたんですねそれ、とはさすがに言えなかった。




 上野に向かう車の中、俺たちは一言も話さなかった。

 ふたりとも分かっていたからだ。

 これから自分たちがやろうとしていることの困難さを。

 そして、いまだ消息不明の鳩宮さんこそ実は今回の事を引き起こした犯人なのではないかって考えをお互いに思ってしまっていることを。


 さきほど東京オリンピック気象対策室で「この異常気象の理由が分からない」って話があったが、実はたったひとつだけその方法に心当たりがあるのを俺と部長だけが知っていた。

 そう、鳩宮さんだ。


 鳩宮さんの能力のことは、対策室のみんなには内緒にしていた。

 もっともいつも俺のアフロに居座っており、人の言葉も話すことから、みんなには鳩宮さんを鳩にそっくりなオウムの一種なんだと紹介していた。

 実際はオウム返しどころかちゃんと人間と会話出来るし、しまいにはタブレット端末まで器用にその羽で扱い、東京オリンピック公式ツイッターアカウントの中の人まで担当することになって俺を大いに焦らせたが、それでもみんなは鳩宮さんをとても賢いオウムなんだと思ってくれたようだ。

 実際はそれどころか俺とタッグを組んで東京オリンピックの天候をコントロールしているなんて、俺と部長以外は誰も想像もしていなかったことだろう。


 ちょっと調子に乗るところがあるが、仲間ならばこれ以上に頼もしい存在はない。

 が、もし敵になったとしたら。

 この人智を超えた異常気象も、それで全てが説明出来てしまうのだ。


「…………」


 だから俺たちは押し黙った。

 そんな考えたくもないことを一言たりとも話したくなかった。

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