第二話 鳩宮さん、登場
「どうか、お力をお貸しください!」
部長が俺の前で土下座していた。
部長の歳は四十代後半。
が、その髪の毛は年々薄くなって来ていて、ついには頭頂部がかなりヤバいことになっているのを俺はこの時知ってしまった。
「はぁ」
とは言え、部長が俺にしでかしたことを許せるほど、人間が出来てはいない。
ここは断固として強い姿勢で臨むべき……なのだが。
「うむ。分かった」
そんな思惑なんか無視してそいつは了承の言葉を口にすると、俺のふわふわの頭から飛び立った。
「この鳩宮さんに任せるがよい」
そして部長の悲しくなる登頂部分を片羽でぺちぺちと叩いたのだった。
☆ ☆ ☆
「なんじゃこりゃあああああああ!?」
時間は少し前に巻き戻る。
部長の睡眠薬で眠らされた俺が次に目を覚ますと、そこはもう料亭の目の前で、ロン毛はいつのまにかもっふもふなアフロになっていた。
「眠っている間にパーマをあてさせてもらった。ふぁんきーでげろっぱな感じがなかなか似合ってるじゃないか」
「ふぁんきーでげろっぱ!? なにそれイミワカンナイ!」
どうやらわざわざ睡眠薬で眠らせたのは、この髪形にするためだったらしい。
いや、確かに意識があったら激しく抵抗したと思うけど、そもそもどうしてこんなヘアスタイルにする必要があったのか。
全く理解出来なかった。
「大変遅くなりました。失礼いたします」
料亭の女将さんに案内された個室の襖を開け、部長がこれでもかとばかりに頭を下げて中へ入っていく。
「なーに、雨が降ってこちらも暇な身だ。先にいっぱいやらせてもらってるよ」
女将さんの話ではかれこれ一時間近く待たせてしまったようだ(部長曰く、アフロパーマが予想外に長引いたんだと)が、相手はさほど気にしてはいないらしい。
でも、その時の俺はそんなことよりも聞こえてきた声が存外に普通なことに、ほっとしていた。
なんだ、天候を操るバケモノに会うというからどんなのかと思いきや、案外まともじゃないか。
あ、そうか、バケモノと言ってもアレか、永田町に棲む怪物とかそういう類のヤツか!?
「で、今日はこのおいぼれに何の用かな?」
「おいぼれなんて何をおっしゃいます。実は先生に是非とも会わせたい人物がおりまして」
部長が後ろ手で入ってこいと合図をする。
よし、出番だ。
相手はよっぽどのバケモノらしいが、それでも人間。緊張はするが、ここは一発キメてやるぜ!
「失礼いたしますっ!」
元気良く挨拶すると、俺も部長に倣って深々と頭を下げる。
「おおっ! これはっ!」
相手が感嘆する声が聞こえた。
いいぞっ、好感触!
「キミ、名前は何と言うのだね?」
「はっ。
「日ノ本アフロ! 君にぴったりな、いい名前じゃないかっ!」
「あ、いえ、アフロじゃなくて、アポロン……」
爺さん、絶対髪形見て言ってんだろとツッコミたくなるのを押さえて、俺はちらりと相手の様子を見る。
くるっぽー。
そこに何故か鳩がいた。
何の変哲もない、日本中どこでも見るごく普通の灰色の鳩だ。
その鳩が器用に片羽でおちょこを持ってる。あ、今、刺身を嘴で突っついた。
「あ、あれ、どゆこと?」
「日ノ本、こちらは鳩宮さんだ」
「え、部長? 何を言って」
鳩宮って、こいつは単なる鳩ですよ?
「そう、わしは鳩宮。『雨に困ったら鳩宮さん』で有名な、あの鳩宮だよ」
ところがその鳩がいきなりしゃべったかと思うと、ぱたぱたと翼をはためかせて俺の方に飛んでくる!
「うわっ!」
「おおっ! やっぱりだ。キミのアフロ、実に居心地がいい。気に入ったぞ」
そして俺の頭に止まると、ボクご満悦とばかりにくるっくーと啼いてみせる。
「アフロ、君をわしの新居として受け入れてあげよう」
「アフロじゃなくて、アポロン! てか、新居ってオマエ、なに調子に乗って――」
「先生!」
ここでいきなり部長の土下座が決まった(つまりはここが冒頭のシーンである)!
ええっ!? なに? なんなの、この茶番劇は!?
「先生、どうか先生のお力で明日のハマスタを快晴にしてくださいっ!」
「ええっ!?」
ちょっと待って。この鳩が天候を操れるって言うのか?
いや、だって鳩だよ、どこからどう見ても。
こんなどこにでもいそうな鳩が一体どうやったらそんな神様みたいな事を――。
「うむ。この鳩宮さんに任せるがよい」
それなのに鳩宮とかいう鳥類が俺の頭から降り立つと、見てはいけない部長の薄くなった頭頂をぺしぺしと叩いて安請け合いする。
「実はわしも何とかせねばと思っていたところだ。それに加えてこんな素晴らしい新居を渡されては断わる事などできんよ」
「だから俺の頭を巣穴にするんじゃねーよ!」
俺はアフロな髪を掻き毟り、目の前の鳩宮さんに怒鳴りつけてやった。
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