第六十三話 異世界転生・オブ・ザ・デッド
「あ」
「「あ」」
思わぬ場面で再開したジュンヤとコーザ、ピリスではあったが、ひとまず積もる話は置いて、かつては魔王の防波堤であった西部第一の町で、不気味な歩く死体どもを今一度冥府に送り返すための戦線を張ることとなった。
ギルドで組んだ時と同じく、ジュンヤが短剣持ちの前衛としてすばしっこく動き回り、後衛のピリスが必中の弓矢で援護、その中間で、ジュンヤの討ち漏らしをピリスのところまで行かせないよう、コーザが引き受ける。
「ゾンビドラゴンッスよ! ピリスさん、矢ぁ!!」
「了―――解ッ!!」
人の倍はある皮膚のただれた飛竜の襲来に、限界までひき絞った弓がしなる。必中の矢は必殺ではない。だからこそ、自ら射程と威力と精度を上げる伸びしろがある。今は何故かいない飄然としたガンマンの言葉を思い返しながら、ピリスは渾身の一射を放つ。
ギャアアアアアア、と、時として人間以上の知能と知性を持つ“生前”ではあり得ない鈍さで、その矢を翼に受けたゾンビ飛竜が高度を下げる。
それを認めたジュンヤが、全速力で鎧の勇者の下に駆ける。
「コーザさん! 反射ァ!!」
「おう!」
プレートアーマーの胸部を突き出して待ち受けるコーザに向かって、ドロップキックのような体勢で飛びかかる。
『設定された箇所に攻撃を察知しました。反射します』
コーザの鎧がジュンヤの両足がもたらした衝撃を『反射』する。
「行って来い!」
「行ってきますッ!!」
ドン、と、大砲のような音と共に、空を突き破る勢いで飛び出していくジュンヤ。角度は完璧。
「うおおおりゃあああああ!」
短剣を抜き放つと同時に、朽ちた身体で飛行を続ける竜とすれ違う。
「ゾンビは、頭を潰せば殺せると相場が決まってるんスよ」
呟きながら、放物線を描き落下していく少年の目に、竜の首がずるりと堕ちるのが見えた。剣の一閃。二度目の死。誰より死の痛みを知るジュンヤは顔を少ししかめる。
―――クリーフ。死者を弄ぶ、一度は世界を救ったはずの、元勇者。
空中で回転し体勢を立て直すと、そのまま民家の屋根の上へ、赤い煉瓦を砕きながら着地する。
「ふぅ……」
額から滴る汗を指で拭う。綱無し逆バンジーな“人間砲弾”は初めてではないが、何度やっても慣れることはない。
「大丈夫だったか、ジュンヤ」
「ほら、回復薬飲む?」
屋根に飛び上がってきたコーザとピリスからそれぞれ労いと治療薬を貰い、ジュンヤは一言「今度はあっちッスね」と、火の手が上がる区画を指差す。
「なんか、燃えてるねジュンヤ、なんかあったの?」
久しぶりに会った仲間の迫力に、やや気圧されているピリスの質問に、ジュンヤは回復薬をぐっと飲み干してから、言った。
「俺も詳しくは分からないんスけど、ものすごく個人的で下世話な理由で世界がピンチなんです」
※※
三時間後。
ジュンヤらは、以前立ち寄った亜人たちの孤児院に身を寄せていた。
ほぼすべてのゾンビを三人が請け負い、避難誘導に町の兵士を多く動員できたことで、被害は最小限にとどまった。
「見事な連携だった」
孤児院の長であり元ギルドの金庫番・シルバが、惜しみない賛辞を贈る。
「へっ、あのヒヨッコ共が、良い目するようになりやがって」
その隣で、小人族の棺桶屋エッガーが、偉そうにかつての仲間を批評する。
しかし、三人には油断も隙も無い。
「まだ油断はできない。第二波に備えよう」
と、コーザが言えば、
「っていうか、絶対に来るよね」
と、ピリスも請け負う。
とはいえ、今は束の間の休息である。ビリーの寄付金で育った亜人種の子供たちが、せっせと水や食事を給仕してくれている。
「それにしても、クリーフが、ね」
そう歯切れ悪く口を開くのは、孤児院で子供たちの“母親”役を仰せつかっている元賞金稼ぎボニーだった。
「ボニー、大丈夫?」
オーク族の子供が一人、不安気な表情でボニーの服の裾を引っ張る。腹部の敗れたシャツとショートパンツという露出の多い姿を好んだ彼女だが、今では地味なシャツとズボン姿の上にエプロンを付けている。そのボニーが、一つまとめにした金髪を揺らしながら膝立ちになり、子供と目線を合わせると、柔和な表情で言った。
「ううん、大丈夫よ。ほら、ほかの子たちを励ましてあげて」
「うん」
バーゼの戦いで負った傷の後遺症で、日常生活以上の動きが制限されている彼女は、それでも孤児院にゾンビ軍団が訪ねてくれば、決死の応戦を行う腹積もりではいた。
「クリーフの要求は飲みません」
ジュンヤが、きっぱりと言い切る。
「マコトさんを差し出すこともしないし、ビリーの兄貴を見殺しにもしない。当然、クリーフにも一発食らわせてこのクリサリア・オブ・ザ・デッドを終わらせます」
「あれもこれもやる。玉虫色にもほどがあるね」
ピリスが呆れ声で言う。
「だからこそ、俺たちはその考えに乗ろう」
そして、コーザがその後を継ぐ。
思いは一つだった。
「しかし打つ手はないんですがね」
そうだよなぁ、という弛緩した空気が流れたとき、思わぬところから思わぬ提案があった。
「一つ、私から良いかな。なに、あの
偽悪的なジョークを挟みつつ、シルバは言う。
「クリーフは、不死者と、膨大な魔法力を必要としている。彼にあるのは類まれな銃の技量と、カリスマ性と、私やエッガーも知り得なかった『死霊魔術』の異能だが、悲しいかな、それだけでは彼の望む場所には行けないと、そういうことなんだろう」
「まぁ、そういうことッスね」
「逆にいえば、それがあれば彼の裏をかけるということだ」
どういうことかと訊く前に、シルバは解答を用意していた。
「君が天界に行くんだ、ジュンヤ。クリーフの不意を突くには、それしかない」
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