第六十二話 クリサリア・ゾンビパニック
三日後。
クリサリア大陸に現れた亡者の大群は、雑な埋葬の多い西部の荒野から、東に向かって少しずつ拡大していった。
当初は、人型ばかりだったが、次第に、亜人種、魔物の死体なども動き出し、世界は大混乱に陥っていった。
事態を察知したとき、意思無き死体たちは、既にジョーの町の手前まで血肉を求めて進行していたが、バーゼ議会の動きは速かった。
司法官でもある『千里眼』異能者たちによる状況の把握と情報の集約を、ケンジ・シバタ議長が行い、マコト・サイガ議員らによる提案で、各地に“元勇者”と他種族混成の兵団を送ることを決定。全指揮権をケンジが持ち、未曽有のゾンビ・パニックに当たることになった。
「誰だよ、こんな世界観に合わないことしてくれたトウヘンボクは」
『千里眼』を既に失ったケンジが、部下の異能が上げてくる情報をまるで将棋の百面差しの如く処理しながら愚痴る。
「死者を動かす異能が、『
「なんだよそれ! ガイエさん、サボってんじゃないだろうね?」
「こちらも、よもや世界存亡の危機にサボタージュを行う
「それは、どういうこと?」
「曖昧な言い方で申し訳ないが、敵は、自らの“心”に“鍵”をかける術を心得ている。精神的に、神にも似た能力を備えているといっても過言ではない」
「神様が死者を冥界から蘇らせて現世の人間を襲わせるなんて、どの悪趣味な神話にも描いてなかった思うけど?」
「私も、
「まったく……いい? 『千里眼』の皆さん。今回は緊急事態での特例措置で能力の使用を許してるけど、余計なことをしたら後でキッチリ法廷に持ち込まれて裁かれるからね、どさくさ紛れに村娘の風呂を覗くようなことはしないように!」
彼らの上司であるマコトからして、『千里眼』を、ある日突然家出した隻腕の男を探す目的で使うことを戒めているのだ。こいつらに余計なことはさせない。と、ある種の八つ当たりのように、ケンジが言う。軽薄だが厳しい口調に術者たちが無言の了解を寄越す。
「ジョーの町の内部からも、亡者が溢れてきているようです」
上がってきた新たな報告に頷き、言う。
「勇者コーザとピリスは、既に配置についたか」
「コーザ殿、ピリス殿、共にジョーの町に入られました」
「よし、じゃあ、そっちは彼らに任せていい。あとは西部の小さな村をどうするかだけど―――今はとにかく、敵の正確な位置と人数の把握に努めてくれ。戦力の割り振りが済んだら、マコト議員に思念波を飛ばしてもらう」
もし、ここでケンジがジョーの町の索敵と指揮をコーザたちに委任しなければ、上がった情報に驚愕していたはずだ。
丁度その頃、大型の馬を駆る少年と老人が、町に飛び込んでいくところだったからだ。
※※
「最近の勇者はなってねぇな。異能ってのは、鍛えて研ぎ澄ませば別の世界から魂を身体ごと引っ張ってくるなんてこともできるのによ。そうは思わねぇか、ビリー」
三日前、ジュンヤと『死手』の勇者セツウが死闘を繰り広げた洞窟で、クリーフがかつての弟子に問いかける。その頭には、縛られた長身痩躯の男が愛用していた中折帽が、これ見よがしに被られていた。
「『千里眼』に見通されるのも三流だ。とはいえ、お前さんの人生の二倍くらいの修行が必要だったがな」
「なら、すぐだな。俺は人の二倍生きてる」
「父親を殺したくらいで、人生経験を嵩増しするもんじゃあねぇぞ。そんな奴ぁ、いくらでもいる。せめて、女と寝てから物を言いな、坊主」
「なら、アンタの嫁さんに俺の初めてを捧げようか」
クリーフが、中折帽を取った。その表情からは、先ほどまでの余裕と冷笑が消えている。
わざわざ奪った魂を戻し、ビリーを生かしているということは、人質以上の価値があるということ。予想は、どうやら当たっていたようだ。女神を汚されたクリーフは憤激に駆られながらも、彼に指一本触れず、代わりを探し当てた。
「ナギサ……ナギサ……」
洞窟の片隅で、ビリーと同じく左手を失い、縛られた男がぼそぼそと口を動かしている。セツウだった。クリーフが賞金稼ぎへの憎悪を煽り、不完全な魔人に仕立て上げた勇者。
「いつまでも死んだ女の名をグチグチと、うるせぇんだ、よ!!」
その頭を、空き缶でも潰すかのように勢いよく踏みつける。
「ふん!!」
さらにもう一発、二発、頭蓋が割れ、血と、脳と思わしき黒々としたものが飛び散る。セツウは、最初、僅かに抵抗するような素振りを見せていたが、やがて、動かなくなった。
「ふぅ。ようやく死んだか、ゴミが」
「慈悲深いことだな」
「まぁな。俺から慈悲と憐れみの心を抜いたら抜け殻になっちまう」
「村を焼くのと引き換えに、アンタの能力でナギサを生き返らせてやるとでも持ち掛けたんだろう」
「どうかな。まぁ、上手く動いてくれたってところだ」
クリーフからは肯定も否定も無かったが、恐らく当たりだろう。
「なぁ、おやっさん」
ビリーは、もう二度と呼ぶまいと決めた呼び名で、一つだけ聞きたかったことを訊く。
「俺は―――10歳のウィリアム・サンタマリアは、死んでいたのか」
期待していなかったが、意外にも、返答があった。
「ああ。俺が操れんのは、あくまでも冥界の住人となった魂だ。本来は、今あちこちで人肉を食らってる
ま、それはそうとして、地球でのお前は、確実に死んでたよ」
「そうか」
十分だった。あとは、この状況をどう脱するかを考えるだけだ。
「やめときな。テメェにゃ俺は殺せねぇ。その右手と、お前の心は、撃つことを拒絶してる。そうだろ?」
こちらの内心を見透かしたクリーフが指摘する。
「認めたくはないが、どうやらそうらしい」
弱みを突かれても、しかし彼は軽やかに、それを受け止めた。
「だが、大丈夫だ。アンタは狩られる。確実にな」
「どうやって?」
ふん、と、ビリーは不敵な笑みで、こう言った。
「俺の、もう一発のタマで、だよ」
丁度その頃、ジョーの町に入った少年―――ビリーのタマは、かつての仲間、コーザとピリスと合流し、共にゾンビ軍団と戦闘を開始していた。
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