第六十四話 天界へ―――ジュンヤの言葉
再びクリーフのいる賞金稼ぎの墓場に向かうのは困難であった。
ジョーの町に向かう前、どうしてもジムの町の様子―――ルーファスやマリーの安否が不安だったジュンヤは、クリーフに操られた魔物を含む屍たちが町には目もくれず、墓地のある山の方へと向かっていくのを見た。
あれから三日が経っている。恐らく、既にクリーフの守備は固まってしまっているだろう。無言のメッセージだ。マコトを連れてくれば、道を開けてやる、と。
さらにいえば、術者を倒したところでクリサリア大陸のゾンビたちが消滅するという確証もない。
これらの問題を解決するために出されたのが、『困ったときの神頼み』であるのは非常に脱力してしまうことではあったが、しかし、無茶な提案をしたシルバは、天界へのルートに意外な伝手があった。
「悪魔だ」
端的に発せられた言葉に、解答を得たのはボニーだった。
「まさか、ジュンヤを悪魔と契約させるつもりなの? この子を天界に行かせろって?」
「年齢的に、彼にはまだその資格がある。そしてこの契約に、悪魔は乗ってくる」
シルバは自信を滲ませる声で言った。
「それは、どういうことですか?」
納得していない様子のボニーに替わり、ピリスが訊く
「クリーフの目的が何であれ、奴が天界に行くことと、悪魔が望むことの利害は一致している。でなければ、二十年にも渡ってビリーやボニーといった子供達と契約を結ばせ続けることは叶わなかったはずだ。
悪魔にはこう持ち掛ける『クリーフの望みを叶えるため、天界に向かう力を貸せ』と」
「それで、ビリーを助け出すために、ジュンヤに代償を払わせるわけ?クリーフを殺せなかったのは、あいつのミスよ」
「構いませんよ、俺は」
棘のあるボニーの言葉を柔らかく受け止めたのはジュンヤ自身だった。
「兄貴は、クリーフを撃てなかったんじゃない。撃たなかったんだ。戦わない生き方を選ぼうと、戦ってたからです」
「どういうこと?」
「マコトさんの下に、帰るためですよ」
ボニーが苦笑い含みで破顔した。
「案外純情よね。童貞ってみんなそうなのかしら」
「俺に振らないでくださいっていうか、兄貴の童貞と俺の童貞は質が違いますよ。って、何を言わせるんですか童貞差別ですよ!」
「何も言ってないじゃない。でもごめんなさいね、コンプレックスを刺激しちゃって」
「まったく。でも、
その意見は意外だったようで、ボニーは身を乗り出して訊く。
「どういうこと?」
「単なる殺しだったら、俺もやっちゃってるんで立場は一緒だと思うんです。……なんスけど―――」
あまり頭は良くないと自覚している少年は、言葉を探し、選び取り、慎重に声にしていく。
「生き方のレベルで、相容れない感じがしたんじゃないッスかね。殺し殺されってのが、日常になってしまった自分が、マコトさんたちを、知らず知らず悪い道に引きずり込んでしまうんじゃないかって。ボニーさんに言うのは、ちょっと心苦しいんスけど」
ボニーは、優しく微笑み、首を横に振った。
「構わないわ。分かるし、その通りだもの」
銃を無くそうが、腕を無くそうが、自分は暴力的な生き方に流されてしまう。そんな人生に、彼女たちを巻き込んでしまってはいけない。推測でしかないし、少なくとも、ビリーはボニーには決して話さないだろうが、納得はできた。
「ありがとうね、ジュンヤ。ちょっとすっきりした」
でも、と続ける。
「私は、アンタがビリーのために悪魔と契約するなんてことまで、しなくていいと思う。悪魔は必ずあなたの人生に影響するような代償を要求してる。だから訊くわ。なぜ?」
またしばし沈黙を経て、ジュンヤは話し始める。
「俺、全滅したギルドの村に着いたとき、愕然としましたもん。よく知ってる人がたくさん死んでるのに、怒りも湧かないし涙も出てこない。ひたすら敵がいないか警戒して、それからでしたよ、弔いの気持ちってやつが出てきたのは」
「……そういう意味じゃ、アンタもなかなか危ういのかもね」
「そう思います。兄貴は、そんな考え方からして、変えようとしていた気がします。酒場で酔っ払いのアホに絡まれたときも、絶対に手を出さなかった。だから、いつか戻るっていうのは本気だったと思います―――シェーンなんスよね、兄貴は」
「なにそれ?」
「こっちの話ッス」
あの映画の主人公は、すべてを暴力で片づける時代と共に、自分も退場せねばならなかった。だから、自分に好意を寄せてくれた者の“Come Back”の声にも応えず、去って行ったのだ。解釈はさまざまだろうが、ジュンヤは、そう考えていた。
「『許されざる者』なんていないって、証明したいんスよね。それが多分、恩返しにもなると思う。うん、俺は、正しい道を選ばせてくれた人に、恩返しがしたいんです」
※※
―――私に何を望む?
「契約だ。天界に向かう用事がある」
―――何を為さんとする。
「この異世界ゾンビ大行進を止める」
―――つまらぬな。
「お前の“子供”でもある魔物の命も弄ばれているぞ」
―――弄ばれる様を眺めるのも一興よ。
「そうか。なら話は終わりだ。世界が終わるまで下らない野次馬やってろ」
―――恐れのない貴様の態度。面白い。クリーフの催した座興の
「そのクリーフの望みを叶えるお手伝いっスよ。そのために、女神に御目通り願いたいってこと」
―――女神に、か。ふむ。貴様、クリーフの望みを知っておるのか。
「知ってますとも」
本当は知らないが、余計な弱みを握られてはかなわない。ジュンヤのブラフに、悪魔は追及の手を差し入れなかった。
―――良いだろう。人の子の分際で、どこまで耐えられるか。およそ人の理から外れた世界でのたうち回る様を見せてみよ。
どこまでも悪趣味な悪魔の声に、ジュンヤは苦笑を禁じ得ない。
―――さて、契約には代償が必要だが、貴様、何を差し出す。
「命なら、言い値でいくらでもあげますけど?」
―――不死者の命など、路傍の小石に等しい。ふむ、貴様の最も望むものを決して手に入らなくしてやろう。それでどうだ?
「……了解」
ジュンヤの一瞬の逡巡もお構いなく、悪魔は即決で決済を決めたようだった。
この日、クリサリアの歴史上初めて、人の子が天界へと旅立った。
※※
「ふぅ、まったく」
「どうしたの、ボニーさん」
「ねぇピリス、私って、男運ないのかしら」
「……ノーコメントとしか言いようがないよ。悩みが言葉以上に深刻だよ。言及できないよ」
「ボニー、相手が生きているのなら、まだ幸いだ。俺はもう、伝えようがない」
「なにこの空間、過去がじっとり重すぎるんですけど」
沈んだ様子の
「君は、普通だね、ピリス」
そんな彼女を、シルバがそう評する。
「普通、なんですかね―――あれ?」
悪魔教会へ“契約”に行ったジュンヤのほかに、いなくなった人物がいた。
「エッガーさん、どこ行ったのかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます