第五十九話 すべての黒幕

 時は、ジュンヤがセツウを追い、洞窟に飛び込んだ直後に遡る。


 防虫・防腐処理を丁寧に施された賞金稼ぎの遺体が眠る墓地の中央で、二人の大きな男が向かい合っていた。


 メキシカン・スタンドオフ。


 ケンジが言っていた。銃使いが互いに銃口を突き付け合い、状況が膠着することをいうそうだ。ビリーは、かつての師であり信頼すべきギルド長であったクリーフの目から視線を決して外さないようにしながら、口を開く。


「考えていた」

「何をだ」


 すかさず、野太い声が応じる。ギルドに入りたての頃、少しでも気の抜いた射撃をしようものならこの声による容赦ない恫喝と罵倒に晒された。その度に父を殺したコルトで撃ってやろうと思ったものだ。


「誰が悪魔教会からギルドに上がってくる段階で、情報を歪めたのかってことだ」


 それは正確ではなかった。正しくは、そうではない可能性を必死に探したのだ。


「エルフのリーヤ嬢が自らの職分を歪めることはない。不届き者は、それ以前にいる」


 どれほど厳しい訓練も、できるようになったら、褒めてくれた。


「依頼者の悪意、依頼を受理した悪魔教会の人間、勇者に賞金を懸けるギルド」


 親という存在から、一度たりとも優しい言葉の一つもかけられなかった彼にとって、「よくやった」の一言が宝石だった。


「まず、娘を殺されたルーファスがやったとは考えられない。そして、ただでさえ悪魔崇拝なんてやってる教会が、真面目に仕事してただけの勇者を陥れたとなれば、一発で追放だ。で、ジムの町の教会は、なくなっていた。夜逃げは、アンタの指示なんだろう、


 親しみを込めた呼び名は、もう使われない。ビリーは、右手に構えたリボルバーを、ピタリと親代わりの額につけたまま、話す。


「今度はこっちが質問する。どういう趣向だ、このやりざまは」

「いらなくなったってことだ」


 クリーフは、平常と変わらぬ声音で言った。


「もともと、シリズを殺すために組織した。それだけのためのギルドだ」

「皆殺しにするほど、アンタの癇に障っていたのか」

「いるべきじゃあないんだよ。悪魔に魂を売った賞金稼ぎなんてのは」


 やおら怒気を含んだ声と共に、クリーフが竜革のベストの裏からペンダントを取り出した。それは、女神マリアンの姿を模した銀細工。ビリーが、端正な顔を皮肉そうに歪めた。


「そういうことか」

「そういうことだ」


 敬虔けいけんな女神の信徒が、悪魔と契約した賞金稼ぎを根絶やしにしたくなるのは当然、ということだ。


「いつからだ?」

「最初からだ。


 ほう、と、ビリーの目が丸く開かれる。


「こいつは驚きだ。アンタも転生勇者様だったのか」

「ふん、なら、もう一つ驚かせてやろう。


 その名前を聞いた瞬間、ビリーの集中力に、コンマ数秒にも満たない狂いが生じた。だが、熟練のガンマンであり、勇者でもあったクリーフに対しては、あまりにも大きな不覚だった。


 遅れても構わない。とにかく、クリーフに銃弾を浴びせる。そう思考を切り替えた矢先、もう一つの誤算。


 指が、動かなかった。


『お前、父親を殺した右手で銃を撃つと当たらないようだな。左手を使え』


 少年の頃。クリーフの指導。ビリーが隠してきた、唯一の弱点。クリーフはお見通しだったのだろう。その単発銃から、弾丸が発射される。


「兄貴ィィィィ!!!!」


 叫び声とともにクリーフの身体に小さな雷撃がもたらされた。弾丸の軌道がずれ、一発必中を信条とする元賞金稼ぎ兼勇者に、一つの失点が付く。しかし、ビリーの肩を抉る程度の精度は有しており、両者相討ちの格好になる。


 一方、全魔法の中で最速の雷を放ち、ビリーの窮地を救った弟分は、その恵まれた身体能力を駆使し、全速力で、倒れた二人の間に立った。


「大丈夫ですか!?」

「ああ―――俺にもまだ、が残ってたってことかな」

「そうですよ。俺は、兄貴のタマですから!」


 下品なジョークを飛ばし合う師弟に、弱いとはいえ魔法をまともに食らったクリーフが立ち上がる。


「ふぃー、まったく、俺の頃は身体能力と魔法力の強化なんて無かったんだぞ。異能を工夫して、地道に強くなっていったんだ。もっと先達に敬意を払いやがれってんだ」

「年寄りの苦労自慢は後にしてください。アンタはここでとっちめる」


 言って、ジュンヤが剣を構える。その様子に、クリーフが喉を鳴らし高笑いを始める。


「ハハハハハ、ジュン坊よ、ビリーから教わらなかったのか。戦いで物を言うのは能力の強さでも腕力でもねぇ。だってな」


 不敵に笑うクリーフが諸手を掲げ、叫ぶ。


「さぁ、仕事だ! 起きやがれ! クソ死体共!」


 その“能力”を使用しているクリーフは、まったくの無防備であり、確実に殺せる距離ではあった。しかし、ジュンヤは、ビリーを背負って逃げることを選択した。


「なんなんスか! ホラー映画は守備範囲外ッスよ!」


 走りながら叫ぶ。その足元から、人間の手足が次々に生えてきた。


「『死霊魔術』の異能。まぁ、ネクロマンサーってやつだ」


 数百体の遺体が埋葬された墓地との相性は抜群という訳か。ジュンヤは生きる屍の群れをかいくぐりながら、舌打ちをする。その背から、ビリーが声をかける。


「ジュン坊、俺を置いて行け」

「それはできません!」


 しかし、リビングデッドたちはノロノロとした動きながら、確実に増え、機敏な動きを制限されたジュンヤの前に立ちふさがる。腐りかけた腕が数十本伸びてくる。捕まったらおしまいだ。


「おぅい、てめぇら、墓場で何を騒いどるんだ」


 と、次の瞬間、連続した轟音が墓地に鳴り響き、ジュンヤの周囲にいたゾンビたちが倒れた。目をやると、木々の生い茂る山道の方に、一人の老人がいた。ジュンヤは渾身の力で地面を蹴ると、彼の元まで一気に飛んだ。


「エッガーさん!」


 彼は、いつも引きずっている棺桶の蓋を開け、その中に座っていた。


「俺の役目は金と死体運びだけだ。クリーフの阿呆が何をやっていようがどうでもええがな」


 それまではよかったが、棺の中身が異様だった。90㎝ほどの長く細い、黒光りする筒が九つ、環状に並んだ物体。

 

「“職場”を荒らすような奴には容赦しねぇ!」


 その末端には、筒を回転させるためのクランクが取り付けられている。その上部には弾丸が取り付けられており、クランクを回すことによって、弾が筒に落ちて行き、内部のボルトが自動的に弾丸を押し出し、発射させる。その数、毎分二百発。ただし、弾は五十発程度ずつとなっており、人の手による供給が必要になる。


「小僧! 生き残りてぇなら弾の補充を手伝いやがれ!」


 それなりに勉強熱心だったジュンヤは知っている。これは、元いた世界で二百年以上前に、アメリカという国のとある医師が発明した回転式機関銃。開発者の名を取って、今日までこの名前で呼ばれている兵器。


 ガトリング砲。


「死ねやクズ共!!」


 完全に切れてしまった様子のエッガーが勢いよくクランクを回すので、ジュンヤも急いで弾を供給する。彼にとっては、かつての仲間だったはずの歩く死体が、次々とその身体を欠損させ、倒れていく。


「ジュンヤ! あらかた片付けたら、川を下って逃げな!」

「エッガーさんは!?」

「いいから行け!」


 思わぬ援軍、思わぬ武器に状況が整理しきれなかったが、それでもジュンヤはビリーを連れ、再び駆け出した。


 話はよく分からないが、どうやらクリーフはビリーの命を狙っている。そうはさせない。


 と、彼は思っていたが、またしても、その予想は外れることになる。

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