第五十八話 ジュンヤVSセツウ

 劣化版とはいえ、魔人と化したセツウに、真正面から打ち合ってジュンヤが勝てる道理など無かった。


 しかし、戦闘の場が狭い洞窟内部であったことが、彼特有の戦術と親和した。


「炎よ!」


 通常、通気性の悪い狭所での火魔法の使用は、威力の調整に慎重を期す。何故なら、大きすぎる火は、あっという間に内部の酸素を食いつくし、息もできない灼熱地獄に変えるからだ。


 だが、『不死者』のジュンヤにそうした逡巡は不必要だった。


「俺の戦い方は、汚いッスからね」


 魔物の口の中に敢えて飛び込み、胃液や粘液まみれになりながら倒したり、自ら腕を切り落として敵の動揺を誘ったり。ジュンヤの戦いに、派手な異能を見せ合い、競い合うような美しさは皆無だ。


 彼の戦場は、常に血みどろで、残酷な修羅場と化す。


 そしてそれは、勇無き者には決して取れない戦法でもある。


「恨みはないと言いましたが、恩と、義理はあるんスよ。すみませんがね、確実に勝たせてもらうために、クソほど地味な大我慢大会に付き合ってもらいますよ」


 いくら魔人とはいえ、向こうもまだ人間の道理までは捨てられていないはず。酸欠も蒸し焼きも、致命傷になり得る。外に出るためにこちらに向かって来たら、出入り口を塞いでいる自分に分がある。カウンターで確実に急所を斬る。来なければ、『癒し手』と『不死者』の“死に比べ”とも言うべき凄惨な我慢大会が開催される。


「殺す、殺す、殺す……!」


 燃え盛る洞窟の、出口を塞ぐように仁王立ちするジュンヤを、眼球が飛び出さんばかりに見開かれたセツウのまなこめつける。裸の肌を黒い紋様が蛇のようにのたうつ様は止まらないどころか、より勢いを増している。


「お言葉ですが、ヤクでもキメてます?」


 命を取り合う鉄火場にそぐわない軽い口調だったが、ジュンヤの疑問ももっともだった。まるでうわごとのように胸の内にある殺意をこぼし続ける口からは、同時に、止め処もなく涎が垂れている。それに、炎によって照らされてから分かったが、頭髪もあちこちが禿げあがっている。自然に脱毛したというより、自分から毛根を引きちぎったような有り様。


 さらに。


「ああ、大丈夫だよナギサ。苦しいだろうけれど、君がいれば安心だ。さぁ、死に塗れた僕を癒しておくれ……」


 と、やおら自分の右腕を左手でそっと撫でる。さらに、その指を丁寧に一本ずつ舐め始めた。


「申し訳ないけどそれは流石にキモいッス―――げほっ」


 魔法の火が、洞窟の温度を急激に上げ、全身から汗が噴き出してくる。脱水症状も時間の問題。息も苦しくなってきた。ジュンヤは朦朧とする意識を叩き起こして集中する。熱い。苦しい。辛い。喉が痛い。あと、かゆい。身体がぽつぽつと火傷をし始めているのか。


 この命の灯火がついえれば、また新たな生を受ける。


 そしてまた、今感じている苦しみも再開される。


「生きるって、辛いな、セツウさん」


 舌が奏でるままに、呟いていた。


「その右手に、ナギサさんの異能が宿ってるんスか? 気の毒でしたね。何もしてない―――かもしれないのに、賞金首にされて、狩られて、殺されて。……でもね、そういう世界にしちまった責任みたいなのは、勇者おれたちにあるんスよ。どうしようもなくね。あのシリズに従っちまった時点で、その罪は平等に、あがないようがないくらい、ある……!」


 セツウは動かない。ジュンヤの言うことを聞いているのか、最早、言葉すらも届かず、ひたすら眼前の敵を殺すことだけを考えているのかは、分からない。


「異能と最強の力を持った勇者が異世界にやってきて、魔王を倒して、世界を救う……物語の中では、あんなに簡単そうなのに、現実じゃあ、そうはいかない。むしろ、救ってからが本番だ。大いなる力には大いなる責任が―――ってやつ、セツウさんは、映画、好きですか? ―――っと!!」


 話の途中で、いきなり、セツウが突っ込んできた。フェイントも何もない、直線的な突進。伸びる左手。ジュンヤの首に、蛇の咬合を思わせる動きで、『死手』が絡みつく。


 だが。


「俺に死手そいつは効かない。悪手でしたね」


『死手』が命を奪うその場で、ジュンヤの命は復活を続ける。生と死が瞬間を行き来する。何も動かない。何も起こらない。


「殺す、殺す、こ―――」


 腰から抜いた剣の柄で、うわごとを続ける喉を殴打する。殺しはしていないことを冷静に確認しながら、崩れ落ちたセツウの身体の、左腕を切り落とす。


「片腕あれば生きていけます」


 セツウの左腕は、魔人化の能力なのか、まるで自切した爬虫類の尻尾のように動いた。気味が悪いが、特に害もないので放っておく。


「せいぜい、ナギサさんと一緒に生きてくださいな」


 言いながら、その右腕でセツウを癒してやる。その後、彼が目覚める前に縛り上げ、ようやく一つ落ち着けた。


 ―――簡単過ぎる。


 そして、腹の底から湧いた疑念が、無視できないほどに膨れ上がる。


 確かに、能力の相性はある。『死手』と『癒し手』の二重異能は強力だが、そもそも死ぬことのない『不死者』には決して勝てない。だが、それはあくまで能力の話だ。仮にも、魔人と化した人間なら、ほかにも強力な魔法や能力を備えていてもおかしくはない。事実、シリズを取り込んだマコトが魔人化したときは、近付いただけでトゥーコは死んでしまったのだ。


 セツウには、そんな反則的な強さもなく、奥の手を使う素振りも、否、使える思考力すらなくなっていたと見える。いわば、理性を無くすほど酔って暴れているだけの人間。危険であることは確かだが、考える頭もない獣も同然。


 道理が合わなくなってきたと感じる。


 恐らくだが、この男は魔人の失敗作だ。二重の異能と、強力な魔法力、強さを得ることには成功したが、それを使う脳がどこかへ飛んでしまった。


 そんな者に、賞金稼ぎの隠れ里を見つけ、急襲し、全滅させることなどできるだろうか。あまつさえ、一人をメッセンジャーとして残し、最寄りの悪魔教会に残党をおびき寄せる便りを預けるといった手が打てるものか。


「……逆、なのか」


 言った瞬間、最悪の想像が脳内で鎌首をもたげ、それに追い立てられるように駆け出した。


 一般人であるルーファスの耳に入ったギルドの話は、敵討ちの執念で居場所を割り出したセツウから流れたものとばかり思っていたが、そうではなく、セツウがジムの町周辺にを聞いた。つまり、誰かが意図的に、セツウが村を襲うよう、手引きをしたのだ。そして、この墓地にジュンヤたちを招き寄せた。


 誰が? 残念ながら、答えはほぼ決まっていた。単独犯ではあり得ない知能しか持たない敵をはっきりと単独だと言った者がいる。理性無き獣のような魔人もどきに襲われて、一人だけ、不自然に生き残った者がいる。


「どうして……!? どうしてですか!」


 叫びながら、ジュンヤは走った。しかし、洞窟から出た瞬間、無情なほどの残響を残す銃声が、耳に届いた。


 それは、ビリーが持つリボルバーより乾いた轟音。賞金稼ぎのギルド長が使う、マスケットのものだった。

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