第八章 混迷

第五十二話 謎

 魔王隆盛の時代、および、シリズ・バーゼ王の時代と、歪な均衡の中で運営されてきた政権は、此度、民主的な手続きによる議会の発足という形で生まれ変わった。


 細かく分ければ百を超える民族、人種の中から、出来る限り二名以上を選出するよう慎重に割り振りながら、三百人の代議士たちが選ばれ、新たなクリサリアの法と秩序が定められていった。


 その中核を担っていたのが、“元”勇者ケンジ・シバタ議長であった。


 どのような議題にも公正を期し、且つ、巧みな弁舌と調整能力によって、事あるごとに紛糾する議会をまとめている。僅か半年にも満たない期間で立法・行政・司法の機能を真っ当なレベルにまで回復させたのは、間違いなく、彼の手腕によるものだった。


「難しいけど、でも、やりがいはあるね」


 午前の審議終了後、一息つくケンジの頼もしい言葉に、マコトは頷く。


「でも、本当に良かったの? 今さら戻ってくるものでもないけど」

「いいんだよ。僕には過ぎた力だったんだ『千里眼』なんて」


 マコトの魔力がやや回復した頃合いに、『異能消去の実験』の被験者として志願したケンジは晴れがましい顔で言った。


「もし異能が残ってたらと思うとぞっとするよ。300人分の“本心”だとか“本音”だとかが全部頭に入り込んできて、確実にパンクしてたね。おまけに『千里眼』でクリサリアにとって最良の選択をしてほしいとか頼まれるんだぜ。占い師じゃないっての。何のための議会だって話だよ」


「結局、何もかも見えてしまうと、何も決められなくなることが分かったのでしょう。それは、収穫なんじゃない?」


「そうかな。ま、そういうことにしておこうかな。裁判の方は? そっちじゃ『千里眼』、大活躍なんでしょ?」


「こっちもちょっと大変かも。ガイエさんたちも、頑張ってはくれてるんだけど……それこそ、精神的に辛そうで」


 それほど強く連帯していたわけではないが、同郷の転生勇者の嘘や欺瞞ぎまんを暴く役割は堪えるもののようだ。それをやっているガイエ自身もまた、マコトらへの協力と引き換えに減刑される司法取引に応じたまでの咎人とがびとである。


「嘘を吐いたらフーにばれるしね」

「……正直、最近はあの子がちょっと怖くなってきたかな」


 言葉とは裏腹に、口調は冗談ぽく、最年少勇者の胆力を褒め称えるマコト。


「最近といえば、姿が見えないんだけど、コーちゃんとピーちゃんは、相変わらず大陸中を駆けずり回ってるの?」

「そうよ。円卓の十勇者は全員捕らえたけど、まだまだ捕捉できていない悪徳勇者もいるし、それに―――」


 そこで、眼鏡の奥の目が慈愛に細められる。


「ビリーさんとジュンヤさんを見かけたら引きって帰ってくるんですって」


 クスクスと笑うマコトに、しかし、ケンジは苦い表情だ。


 ビリーとそれについていったジュンヤの行方は、ようとして知れない。


 行きがかり上の仕事仲間だと賞金稼ぎの彼は言うかもしれないが、そんな風には割り切れないほどの絆を、パーティの皆が感じているのだ。「まだまだだな」と、あのヘラヘラした口調で言われるだろうが、気持ちは変わらない。


 また自分たちと一緒に、この世界を良くしていく手伝いをしてほしいと思う。


 思うのだが。


 ここからは、ケンジ自身の複雑な心境だった。


 この幼馴染であり初恋の女性でもあるマコトとビリーの間に、何かがあったことは間違いない。それが、たまらなく歯がゆく、出来ることなら、もう二人には出会って欲しくない。そんな女々しいことをつい考えてしまう。


「マコちゃんは、何でいなくなったんだと思う? まぁ、サトウくんは、おじさんに付き添ったんだろうけど」

「さぁ、分かんない」


 ああ、これは駄目だな。ケンジは心の奥で嘆息した。顔に書いてあるよ、マコちゃん。分からないんじゃなくて、言いたくないんだって。そういうことなんだろう。


「さて、と。また良い国作ろうクリサリアと行きますかね」

「はい。頑張りましょう」


 成り行き上、政治の中枢に入ってしまったが、そもそもマコトもケンジも、前世の世界なら衆議院議員の被選挙権すら与えられていない年齢である。卒なくこなせることなど何一つない、すべてが手探りの状態。


 しかし、それでも進むのだ。クリサリアをあらゆる意味で壊してしまったシリズ―――雑賀さいがかけるの“家族”として、また、第二の生を授かった自分たちの役目として、これは、果たさなければいけない仕事クエストなのだ。


「といっても、やっぱり過去の記録が全部消えてるのは厄介だよね。マコちゃん、相変わらず見つかんないの? 王族の人たち」

「ええ。全員、シリズが粛清してしまったのか。……それにしても、ちょっと変なことが多いのだけれど」

「どゆこと?」

「シリズが消えたのに、彼が使っていたはずの世界改変術が解かれていない。一度消えた記憶は戻ってこないというのなら、理屈はどうあれ納得はできるのだけれど」


 そう言いつつ、マコトの表情に納得感がまるでない。ケンジも同意する。


「シリズが即位する以前は、まぁ、王政とはいえ、そこまで無茶苦茶な政治体制ではなかったはずだしね。翔くんが魔王を倒したのって、何年前?」

で、約二十年前だと思う。クリサリアの時間の流れは、地球よりも少し早いから、正確な日付を割り出すのは不可能なのだけど」

クリサリアこっちはあっという間に日が暮れるもんね。時間の感覚おかしくなるよ―――話を戻すと、そんなに昔じゃないよね。なのにみんな、法律とか行政手続き的なことをすっかり忘れちゃってる」

「あと、ビリーさんのことなんだけどね」

「……うん」


 顔が曇ったことを悟らせないようにケンジが返事をする。


「あの人の実年齢って、いくつだと思う?」

「あ~、想像以上にあの立派な口髭が外見年齢上げてたよねぇ。三十路は確実に超えてると思ったんだけど、あのツルっと爽やかなハリウッド系な素顔を見ちゃうと、下手したら俺らとそんなに変わんないかも―――あれ?」

「そうなの。シリズが世界改変を行ったとき、彼はまだ、物を全然知らない幼児だった可能性がある。なのになぜ、法や政治の、基本的な知識が備わっていたのか」

「謎が多いねぇ。世界にも、ビリーにも」


 何処かに消えた公文書と、シリズ以前の支配者階級の者たち。


 術者の死後も解けない世界改変術式。


 ビリーは何故、その術式の影響をあまり受けていないように見えたのか。もしくは、世界改変後に生まれた子供だったにもかかわらず、そういった知識を得ていたのか。


 


「意外と、いや、普通に適当な事ばっかり言うからなぁ翔くんは」


 やれやれと手を広げながら故人の悪口を言うケンジを諌めることなく、マコトが小さく呟いた。


「……まさか、?」


※※


 一方その頃、バーゼから遠くクリサリア西部。


 ビリーとジュンヤが、ひと月ほどの旅を経て、賞金稼ぎギルドの村に辿り着こうとしていた。

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