エピローグ

 クリサリア西部の荒野を、一頭の馬に跨った隻腕の男と、徒歩かちの少年が行く。


「兄貴~、水飲みます?」

「ああ、貰おう―――ジュン坊、なかなかキツいジョークを覚えたな。俺の左側から物を寄越すか」

「だぁ!? 違う違う誤解ッス! 馬から落っこちる危険性を考慮して―――」

「冗談だ。種ナシ腕ナシの障害者ジョークだよ」

「ボニーさんもそうでしたけど、ブラック過ぎて笑えませんってば。お前もそう思うよな、エド」


 ジュンヤの問いかけに、ディナが連れてきた馬たちの中で唯一ビリーと背にすることを許した牡馬が、ぶるる、と低くいななく。


「ほら」

「そのようだな」


 間の抜けた会話を繰り広げながら、何とも気ままな様子で歩む二人。そもそも、行くあての無い旅である。どこに辿り着くのかは、二人とも知らない。


「しっかしまた、急な出立しゅったつでしたねぇ。何かあったんスか?」

「何もないさ。仕事が終わり、身体も動くようになった。長居する理由はない。カネもたんまり入ったことだしな」

「そッスね。通帳の数字が見たことない桁になってますよ。でも、あのバーゼの町もちょっと惜しかったかなぁ。知ってますか兄貴、俺、結構な英雄として扱われてたんスよ? モテ期到来でしたよ。世界を救った勇者としてハーレム生活なんてのも、夢じゃなかったかも」

「それは結構なことだな。わざわざ俺に付いてくる必要もなかったんだぞ。今すぐ戻って酒池肉林のぜいをつくした生活でも送ったらどうだ」

「アホくせぇッス」


 だが、そんな提案を少年はからりと笑い飛ばし、一蹴した。


「身の丈に合わない称賛なんて、所詮、身につかねぇあぶくッスよ。ほんの一瞬ちやほやされても、早晩、自分の身の程ってのはバレちまう。

 むしろ、勘違いする前に抜け出せてよかったッス。まだまだ、この世界で学ばなきゃあいけないことが、たくさんありますからね」


 それに、と、もう髭面ではない兄貴分の目を見てジュンヤは付け加える。


「左腕も銃も失った賞金稼ぎなんて、ただヒョロっと背が高いだけの人間パンピーでしょ。護衛が必要っスよ」

「なるほど、つまり、俺から搾れるだけ搾り取ろうということか。悪徳勇者が」

「へへっ。そッスよ。そうだ、丁度いいからギルドに行きましょうよ。ボニーさんはジョーの町にいるみたいですけど、ロホさんやクリーフのおやっさんに会いに行きましょう」

「そこで、ジュン坊に賞金を懸けてもらうのか」

「いいえ、兄貴がカッコつけて飛びだしてきたことをみんなで笑いものにするんス。今頃マコトさんも言ってるんじゃないかな『ビリー! カムバーック!』って」


 本当にいい性格になったジュンヤが叫ぶ。


「なんだそのカムバックってのは」

「『シェーン』って映画ッスよ。俺、結構詳しいから、道中教えてあげます」

「それはありがたい。ではジュンヤ君、競争と行こうか。先に付いた方が互いの望みを叶える。俺はお前に二億の賞金を懸け、お前は俺から護衛料をふんだくる―――よろしくて?」

「舐めないでくださいよ。馬に乗ってるからって、こっちは腐っても転生勇者なんスからね」


 はっ! という掛け声とともに、ビリーを背にしたエドが荒野を走り出した。ジュンヤもそれに続いた。


 クリサリア西部は今日も、力強い赤茶けた大地と魔石を湛え、東からの開拓民を受け入れると同時に跳ね付ける。


 少しずつだが、魔物もまた復活しつつあった。勇者の庇護はない。代わりに、気まぐれな圧政もない。


 この世界は、正しい厳しさの中で、確かに歩き出そうとしていた。


 それはまるで、戦う術を失った一人の賞金稼ぎを許すかのように、雄大に、そこにあった。


  完

























「はぁ、はぁ……馬とかけっこは―――ちょっと―――無理過ぎたかなぁ」


 ビリーとエドに大きく引き離され、情けない声が漏れ始めたジュンヤは、ふと、疲れとは別の理由で立ち止まった。


「……あれ?」


 それは、本当に素朴な疑問。


「スルーしてたけど、兄貴、“映画”って何のことか知ってたのかな」


 そして、この世界のに迫る気付きだった。


※※


 ビリーがいた部屋は、マコトに頼まれ、ディナが片付けた。


 とはいえ、彼は荷物と呼べるものは持たない主義だったし、ベッドのシーツを換える程度で終わってしまう。


「おや?」


 部屋の隅に置かれた机の上。見覚えのない物体が置かれている。興味が湧く。犬耳がピン、と立つ。尻尾が忙しなく揺れる。


「これはなんでしょう。なんて読むんでしょう」


 小型獣人ケットシーの少女は、それが銃のグリップ部分だということには気付かなかった。それでも捨てることはせず、また、そこに書いてあった文字を誰かに訊くこともなく、ビリーが戻ってきたときに返せばいいかと思い、自分の懐にしまった。


 もし、これがマコトの目に触れ、その銃底にある文字列を見ることがあれば、すぐさま彼への捜索隊が派遣されていただろう。


 が、どちらも、決して為されることがなかった。





≪William・A・ Santamaria≫





 Williamウィリアム―――英語圏での愛称は、Billieビリー


 彼が生まれた地域アメリカでは、慣習的に、子は親の名前を受け継ぐことがあった。


 故に。


 


 それが、ビリー自身も半ば忘れかけていた、彼の本名であった。



第五十一話『ビリーの真実』



 第二部へ続く

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