第四十四話 コーザVSガドウ

 ビリーが指摘していた通り、『円卓の十勇者』という肩書に、大した意味と価値はない。


 忠誠心が強く、シリズの“国づくり”に親和性が高ければ、異能の強さに重きはおかれない。


 あくまでも、統治に必要な駒の中で役職を持った人間が十人必要だった。


 それだけの話である。


 しかしそれは、転生勇者同士の実力に差が無いということとは直結しない。


「はぁ、はぁ……」


 被った甲冑の口部分を開け、苦悶の息を漏らし続けるコーザを前に、青の甲冑を身につけた円卓の十勇者ガドウは、表情こそ伺えないものの、腕組みをしたまま微動だにしない。


 式典の後には、クリサリア中から貴族や大商人、女神協会の幹部たちが集まった絢爛けんらんな舞踏会が催される予定だった広間は今、侵入者の鮮血で濡れている。


「考えなしに斬りかかってくるとか、バカだろ、お前」


 シリズの傍に仕えるときの硬質さを感じさせないガドウの呆れ声が、鎧の隙間から血を滴らせるコーザを射抜く。


「『攻撃反射』があるからってよ。どんな異能にも、“上位互換”ってのがあんだよ。セイガのおばさんが俺とお前にタイマン張らせたのもそういうこと」


 一年に及ぶ鍛錬を重ねたコーザの短剣は、確かに、ガドウの鎧に傷を付け、相応の衝撃を与える攻撃になったはずだった。


 しかし、青の甲冑が一本の筋を作ったと同時に、コーザの胸部から腹部にかけても大きな裂傷がもたらされた。


「もうやめとけよ。こんなこと、何の意味もねぇんだから。シリズ様には誰も勝てやしねぇし。そもそも、お前らはこの世界に、何の不満があるってんだよ。

 強い奴が支配するって、そんなの当たり前じゃねぇか。どこまで行っても、結局は弱肉強食なんだから。んで、俺たちは強い側にいる。何でも自由にできる。ただあの人に付いていきさえすれば、おこぼれを頂戴できんだ。良い人生じゃねぇか」


 ―――強さか。


 腹の立つ声が、コーザの内側で反響し、やがて、憎たらしい残響となる。


『鎧くん、君の強みはその豊満な肉体が持つ頑丈さだ。そういうのは生まれ持った要素が大きいようだから、親に感謝だな』


 その親に貰った肉体で、父親を撃ち殺した人間が言うのは間違いなく皮肉だったし、実子をサンドバッグ代わりに扱ってきたに感謝したことなど一秒たりともなかった。


 が、なぜだろう。ビリーの言葉は、一つ一つが決して忘れられない。


 ―――アンタに、一度、訊きたかったことがあるんだ。


 カレンが死んだのは、彼女に非があった。


 この一年、賞金稼ぎとして過ごして、それはもう、納得ができている。


 彼女は、肉親に愛されなかった孤独や飢餓きが感から、って立てる価値観が“腕力による強さ”しかなかったにもかかわらず、生まれた体つきや性別などの理由から、それが十分に得られなかったことで歪んでしまった。


 なまじ、精神的な強さは備えていたばかりに、彼女が見定めた“罪人”を処刑することに、良心の呵責かしゃくを失くしてしまえるほど、“勇者の正義”に没頭してしまった。


 もし、もしも俺が、彼女の強さの一端を肩代わりできていたなら。


 ―――俺がもっと強ければ、カレンは死なずに済んだのかな、


 答えは、返ってこない。答えて欲しいとも思わない。


 分かってる。


 どう過去を振り返っても、もうすべて遅い。俺が弱すぎたんだ。だから―――


 甲冑を脱ぎ捨てた。

 理由は、やはり息苦しいから。

 それと、視界を確保したかったから。

 そして、敵に笑顔を見せたかったから。


『死にかけてるときほど、余裕をブチかませ。具体的には―――笑え、ケモノのように』


 大きな体格や、でかい顔も、気の良さを演出するばかりだった。巨大だが大人しい草食獣を、誰も怖がらない。


 だが、隠し持った牙を剥き出しにして立ち向かう闘争心さえ持てば、その限りではない。


「へっ……冷笑家か。お前の方こそ、バカなんじゃないか?」


 ガドウが、腕組みをより固くした。臨戦態勢とは逆の、守りに入る仕草。


「寄らば大樹の陰、日和見ひよりみ風見鶏かざみどりで生きてるだけの現実派気取りが。潮目はとっくに変わってんだよ」


 思いつくままに喋る。トラッシュトーク。細かい理屈は関係ない。精神的な高地を取る。ビリーの教え。


「さっきの御託ごたくはほとんど聞き流してたけど、一つだけ言っておいてやる。上位互換がどうたらって、お前、?」


 言いながら、両手足以外の甲冑をすべて取り外す。


「お前の鎧は、『受けたダメージを相手に返す』異能だろ?」


 どうせ防御など無意味だ。なら、身軽な方がいい。


「痛みを引き受ける覚悟もなしに、斬りかかる馬鹿がいるかよ。能力の種は割れたぜ。……今から、お前を超えてやる」


 ガドウが、一歩後ずさる。


 分かりやすい。


 コーザは、『ダメージ反射の鎧』を着た男に、宣言する。


「本当の“強さ”ってやつを、見せてやるよ」


 シリズの強大さに怯えて、付き従うことしかしなかったガドウに、勇気はない。


 この男は、いや、円卓の十勇者などとうそぶく連中は、勇者などではない。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 雄叫び。何の意味もない。勇み、怒り、叫ぶ。それで強くなれれば世話はない。冷静な分析と、勝算がなければ、ビリーは俺との決闘に応じもしなかった。


 右の拳を固める。


 カレンを倒し、間接的に殺し、その怒りに曇ったまま立ち向かっていった自分を、完膚なきまでに負かした賞金稼ぎと重ねる。


 ガツン! ガドウの甲冑の顔面を殴った。鉄と鉄がぶつかり合う鈍く重い音。


「……ッ!!」


 当然、ガドウにダメージは無い。代わりに、コーザの腕に軋むような痛みが走った。


「な、なにやってんだ、てめぇ……?」


 が、さらにもう一発、鎧の上から大きく振りかぶったフックを見舞う。


「……まさか」


 ―――その鎧、ぶっ壊してやる……!


 コーザの意図に気付いたガドウが、「馬鹿か」と呟いた瞬間、その視界が殴打に大きく揺れる。


 鎧が肩代わりするダメージは自分に対してのものだけ。


 ガツン!


 鎧自体には、それが蓄積されていく。


 ガツン!


 が、一発ごとにダメージが返って行くのは変わりない。鎧を砕こうとするほどの拳を繰り出し続けることなど。


 ガン! と、背が何かにぶつかった。壁? 殴られているうちに、追い詰められたのか。


「―――『反射』」

「……なっ!? こいつ、自分の攻撃を!?」


 殴られた甲冑が、壁に挟まれた瞬間、手甲から『反射』が発動し、さらなるダメージを鎧に与える。


 それは、一発殴るごとに倍のダメージがコーザにもたらされるということ。


 薄い視界の中、ガドウの目がコーザを捉えた。


 笑っていた。ガドウは、全身から怖気が立ち上ってくるのを感じた。こいつは、痛みを恐れていない。傷を負うことに、躊躇ちょうちょが無い。


「うおりゃあ!!!!」


 殴る。ガドウの鎧がきしみ、微かな悲鳴を上げる。その一撃で、コーザの右腕の骨が折れた。なら、左だ。壁際に追い詰めたラッシュの手を止めない。


!!」


 早晩、左手も使い物にならなくなるだろう。なら、次は足だ。


「お、おい、やめろよ」


 そして、いよいよガドウにも、余裕がなくなる。


!!」


 かつての自分。弱すぎた自分。愛する人を、すべての意味で守れなかった自分。


「ひぃ!? やめてくれ! 鎧が!」


 壊れた。


「……あ」


 ガドウの、あどけなさの残る素顔が露わになった。ダメージ覚悟で甲冑を壊しにかかった敵の覚悟に恐れおののいたか、眼鼻からは汁が垂れ、情けない表情を晒していた。


 しかし、両手足以外にもあちこちの骨が折れ、立っていられるのが奇跡という状態のコーザに、それを気にしている余裕はなかった。


 腕は、上がらない。


 足もだ。というか、全身に痛み以外の感覚がない。あと一撃、どこか、どこか動く場所は。


『頭を使え、鎧くん』


「―――へっ」


 その笑みの理由を、ガドウが知ることはなかった。その鼻っ柱に加えられた頭突きによって、呆気なく昏倒し、動かなくなったからだ。


 そして、コーザ自身も、どさり、と大の字になる。


「……勝ったよ、カレン」


 勇者コーザは、静かに呟いた。


 円卓の十勇者ガドウ、敗北。


 

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