第七章 クリサリアの夜明け
第四十五話 魔弾の行方
「鎧くん、生きてるか」
「……ああ」
控えめにいって瀕死の身体で、どうにか動く頭と口を動かすコーザ。鈍痛をこらえてゆっくり
「こちらの青い少年のとどめは?」
「いらないだろう。やりたかったら、アンタが脳幹に撃ち込んでやってくれ」
「いや、弾が無駄だ。三億に生死は問わないからな」
渾身の頭突きで失神したガドウは、コーザの言葉通り、この戦いが終わるまでは起きないだろう。
「……トゥーコの時も思ったけど、こんな連中が、勇者の長を名乗ってたなんてな」
『円卓の十勇者』なる大層な看板に警戒を深めていたものの、蓋を開けてみれば、拍子抜けであった。
コーザは、完全なる一対一でガドウに勝利。
ジュンヤも、ほぼ尋常な決闘でメニアを撃破。
ビリーは、セイガが悪手を打ち続けたことを差し引いても、洗脳された配下の兵士を含めて十一対一という劣勢に打ち勝った。
フーに至っては、その異能でラドマとガイエを“二枚抜き”にした。
「鎧くんよ、そうは言うがな、俺たちが勝てたのは、円卓の勇者同士がほとんど連携を取らなかったからだ。それに、今頃、外では大勢の仲間が命を散らしてる。勇者一人狩るのに、賞金稼ぎの棺桶が十個いるって計算式は、まだ成り立つ」
コーザの短慮を戒めるような、しかし幾分か優しさを含んだビリーの言葉に、神妙に聞き入る。
「ここ一年は、それが少しは減った。
コーザが「痛たたた」と苦悶の声を上げたのは、驚嘆に表情を歪めてしまったからだった。
「おい、あまり塩らしいこと言うんじゃない。こちとら、重傷者だぞ」
「それは失礼。これでも正直なのが取り柄と自負しているんだがな」
戦闘に安い挑発と口八丁を交えるスタイルのどこに正直さがあるというのだというコーザの反論は、苦笑によって償却された。
「たまには皮肉と冗談以外も話したらどうだ」
「……あー、それなんだがな、鎧くん。こんな時にこんなことを言うのは大変に心苦しいんだがな」
ビリーはいつもの、淡々としていながら冗談めかして、どこまでが本気なのか分からない口調でこう続けた。
「俺はこれから、この魔弾で、勇者殿を撃たなきゃあいけないんだ。悪いな」
コルトの弾倉に悪魔の弾を装填しながら、ビリーは確かにそう言った。
※※
長兄の悲哀。
長男としての苦悩。
およそすべてにおいて完璧だった兄・
そう、マコトは推察していた。
両親を亡くしたのは、マコトが四歳、翔が六歳の時。
入った養護施設では、彼が一番の年長者だった。経営が思わしくない上、慢性的な職員不足に悩まされているそこで、翔は自然、子供たち全員の兄、否、親ですらあった。さらには、施設で最年少の“大人”として振る舞うことも求められた。
わずか六歳の幼児と言っていい男の子に、それがどれほど負担だったか、マコトは、想像することしかできない。
肉体的には子供である内から、精神的には大人であることを求められた。
大人に守られる子供である前に、大人から子供を守ることを頼まれた。
親に愛され切る前に、親として愛することを強いられた。
そんな彼が、異世界で再び赤子から生を始められる権利を与えられた。
シリズ・バーゼ。ありふれた名と共に、最強の異能をその身に宿して。
前世の『満足に子供でいられなかった大人』としての心はそのままに。
マコトは、「ああ、そうか」と思った。
兄さんはきっと、転生したことで子供に戻ってしまったんだな。年齢的にも、肉体的にも、精神的にも、わがままで、自分勝手で、他人のことなど省みない、赤ちゃんに還ってしまったんだ。
赤ん坊は、誰も愛さない。愛されるだけだ。自分の思い通りにならなければ泣き喚いて、周りに迷惑を際限なくかけ続ける。誰が死のうと傷つこうとお構いなしに、自分の欲望だけを叶えようとする。
それが許されるのは、しょせん赤ん坊には力が無く、迷惑もわがままも、たかが知れているからだ。
―――兄さん、ごめんなさい。
あなた一人に、兄と、父親と、母親と、それ以外にも色んな役割を預けてしまって。力になれなくて。これは、あなたの復讐なんでしょう。何もかも理不尽な、世界や、人生というものへの。
あなたは絶対に自分の思い通りにならない世界を許さないし、おためごかしと綺麗ごとばかりで、結局弱い者にしわ寄せがくる自己中心的な社会を憎み続ける。それらの一番の被害者は自分だと思い続ける。
「もう一度申し上げます。シリズ・バーゼ」
「貴方を、許します」
言葉と共に、
魔王には勝ちましたがクリサリアも滅びました、では話にならない。
それでも、やるしかない。
『最強の魔法使い』の異能にかけられた、天使による
「ピリス!!」
その少女は、常に彼女の傍にいたが、誰の目にも留まらなかった。
眼球・網膜を残さない限り、視界が真っ暗になってしまう『透明化』の異能。完全に透過した彼女が、何故マコトと共にいたのか。簡単な話だ。暗闇の中を、健常者と同じように歩く術を身につけたのだ。一年で。
彼女がつがえた矢尻には、ビリー
ピリスは、その『必中の矢』を、さらに、全開の魔法使用でがら空きとなっているシリズの急所に向け、放った。
―――勝った。
と、誰もが、シリズも含めたその場の全員が思った。
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