第四十三話 ビリーVSセイガ

 王宮地下牢。


 迷宮の如く入り組む道々にかけられた燭台が、円卓の十勇者セイガの赤い甲冑を一定の間隔で照らし出す。歩みは遅いが、確実に一歩一歩、賊を追い詰めている。


 その彼女の確信を支え、行く先を指し示すのは、これもまた一定に点々と落ちた血痕。逃げの一手を打った銃使いの賞金稼ぎに、それなりの手傷を負わせた初撃がもたらした道しるべだ。


「止まれ」


 その一言で、彼女の後を付いてくる部下の兵士たちがぴたりと立ち止まる。彼らの表情は一様に虚ろで、自らの意思というものが見られなかった。


 ―――『洗脳』の異能。早撃ちの賞金稼ぎが正確無比な射撃で一人を撃ち殺したせいで、完全に臆してしまった兵士を操っている間に、ここまで逃げられてしまったが、焦ることはない。


「賞金稼ぎを探せ」


 動物的な生理現象すらいちいち令達れいたつせねばならないほどには意志を奪掠だつりゃくせず、探せ、とだけ命じれば、あとは各々が自らの裁量によって行動を決める程度に、能力を弱めてある。


 王城内の出入りが激しくなる記念式典の日を狙われたことで、侵入した賊に捌ける兵士は少なかった。故に、士気が下がった彼らを『洗脳』し、操った。


 遠くで銃声が聞こえた。どうやら発見したようだ。


「ふん」


 甲冑の奥の顔が、獲物を玩弄がんろうする愉悦に歪む。地下の幽暗ゆうあんに乗じて、とでも考えているのだろうが、どこに隠れようと、無駄なことだ。


 ―――『千里眼』。


 魔王繁栄の時代から使われていたという地下牢全体を鳥瞰ちょうかんするように、視界を拡大する。


 セイガの異能は『異能の完全模倣』―――つまり『コピー能力』である。


 他の勇者の異能を一度でも見れば、それを完璧に学び、扱うことができる。さらに、彼女自身の勤勉さで、異能の特性をよく把握し、本来の使い手よりも柔軟な用法で繰り出すことが可能となっている。


 ―――この異能の肝は、学ぶこと。自分にはぴったりの能力だ。


 セイガという名に生まれ変わる以前の“前世”から、勉学に励み、それ以外のすべて―――運動、遊行、交友、睡眠すら投げ打つほどに没頭してきた。そこにしか、他者より秀でるものはない、と。そして、そうしたものがなければ、自分は誰にも認められないと、固く思い続けていた。


 その道は途上で、人として不可避の事故死によって途絶えたが、神は不断の努力を惜しまなかった自分に、褒美を与えてくれた。いわば、志半ばにたおれた人生の延長戦。


 人知を超えた異能を携えやってきたクリサリアという世界は、一人の勇者王が統べていた。その王が、自分に第二の人生を与えてくれたのだと知り、さらに、洗練された知能とそれに違わぬ絶対的な力を持った本物の天才であることも分かり、セイガはすっかりシリズ・バーゼに魅了された。


 自分の知識と能力は、すべて彼に捧げよう。そう決め、ついには転生勇者たちの長たる円卓の十勇者の名を得、シリズの最側近として仕えることになった。


 報われた、と思った。


 彼と、その偉勲いくんはべる栄誉をたまわったのは、ひとえに、自分の前世から積み重ねてきた努力が結実したのだと信じていた。


 だからこそ、許せなかった。


 あの、シリズの妹だという若い魔法使いの勇者マコト。


 ただ血縁的にそうであるという理由だけで、シリズと同じ強大な異能を持って転生し、何もしていないうちから自動的に円卓の十勇者の末席に加えられた。あまつさえ、そんな濡れ手にあわで得た称号を、あっさりと放棄するような反逆に打って出た。


 セイガにとって、自らの努力に否定の剣を突き立てるが如き蛮行だった。


 そして、あのビリーと名乗る賞金稼ぎもだ。


 マコト以外は適当な数合わせだ、などとのたまった。


 とんでもない。序列こそないが、円卓の名を冠された勇者の異能は、どれもシリズに次ぐ強大さだ。彼への崇拝と畏敬の念も段違いだ。この世界の治安を守るために処した“罪人”の数も、他の怠け者たちとは比べるべくもない。


 それを『寄せ集め』と呼んだ。あの髭を深く生やした男も、万死に値する。


 怒れるセイガは、わざとマコトたちの仲間が使っていた異能を使って、ビリーを倒そうとしていた。マコトら勇者パーティの異能は、彼女らがクリサリアに渡ってきた当初、シリズの前で披露しており、それをセイガも見ていた。


 彼の身体に血を滴らせたのは、マコトと共に転生してきた勇者カレンが持っていた『超速』の異能による斬撃だった。一撃で仕留められなかった事実には驚嘆したものの、すぐに気持ちを切り替えた。


 大丈夫だ。この甲冑には、コーザの『攻撃反射の鎧』の異能もかかっている。反撃されることはあっても、返り討ちだ。


 しかし。


「え?」


 そんなセイガの余裕に反し、事態は予断を許さないものとなっていた。


「……減ってる?」


 思わず口の端に漏れた言葉通り、十を数えた操り人形が、半分になっている。


、アンタは、少し欲張り過ぎだ」


 一瞬、背後から声がしたと勘違いした。地下の反響を十全に利用した発声。『千里眼』で補足していなければ、位置を攪乱かくらんさせられていただろう。


「妙な『千里眼めがね』をかけたせいで、『洗脳おにんぎょうあそび』に注意が回ってないな。そんな木偶でくを何人増やしたって、俺の首には届きやしない」


 自分の力が異能のコピーであることを看破されただけでなく、弱点までも指摘されたセイガは、続く賞金稼ぎの、

「これは老婆心だが、あんた、そんなに頭が切れる方じゃあなさそうだから、ごちゃごちゃしないよう、『一回の戦いに使う能力は一つまで』と決めた方がいい。よろしくて?」

 と、言う声に逆上した。


「……黙れ」


 煮え沸つ頭でようやくそれだけを口にしてから、背に携えていた弓矢をつがえた。


 『千里眼』による全方位射程と、『必中の矢』の組み合わせコンボ


 無敵かつ不可避の攻撃で、確実に息の根を止めてやる。


「下賤な賞金稼ぎの分際で、円卓の十勇者に説教だと、その恥、自らの死によってそそげ!!」


 ―――この時点で、セイガは四つのミスを犯していた。


 一つ目は、ビリーからの指摘通り、異能の同時使用。

『洗脳』『千里眼』『必中の矢』『攻撃反射』と、四つの能力を並列で展開したために、集中力が散漫になっていた。


 二つ目は、挑発に乗り、大声を出したこと。

 洗脳された兵士たちの襲ってきた方向から、大体の位置を割り出していたビリーに、決定的な情報を与えてしまった。


 三つ目は、能力の把握不足。

『超速』の身体防御、『洗脳』の無敵性、『千里眼』の万能さ、『攻撃反射』が自動で発動することなど、これら、『天使の贈物』によって庇護された性質が、コピーには備わっていないこと。『必中の矢』が必殺ではないこと。そういった細かな異能への理解が、及んでいなかった。


 故に、『必中の矢』が飛んでいる最中に銃で叩き落されることなど想定外であったし、動揺のさなか、目の前に現れたビリーに対して発動した『洗脳』が、彼本人の強すぎる意志の力によって一瞬で破られてしまったことも、理解の外だった。


 そして、セイガが犯した失策の、四つ目。


賞金稼ぎおれたちに、二度も同じ手は通用しないってことだ。よろしくて?」


 決して軽傷ではない裂傷を負い、単純な動きとはいえ武装兵十人を相手取った賞金稼ぎは、それでもなお余裕の笑みを崩さず、愛銃の魔弾を放った。


 コピーした『攻撃反射』は、手動リモートでしか発動しない。それはセイガも十分に分かっていた。


 だから、間違いなく発動したはずだったそれが、あっさり鎧を抜けて自分を撃ち抜いたとき、一瞬訳が分からず、その直後、解答を得た。


「何で能力が発動しなかったのかは、あの世への宿題だな、鎧のお嬢さん」


 馬鹿を言うな。セイガの甲冑には、コーザの物とは違い、『千里眼』を使うための大きな目出し部分があった。それでも、銃弾が通り抜けるには絶望的なほどギリギリの隙間を、難なく抜けたということだろう。


 欲張り過ぎ。確かに、その通りだった。今度から気を付けよう。間違えた問題は、ちゃんと復習して、次に生かすのだ。


 私は、


 そんなプライドを守り抜いたことが、彼女の、冥途めいどの土産となった。

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