第四十二話 王の側近、セイガとガドウ

 一羽の鳥が、王宮内へ侵入していくマコトたちに、三人の『円卓の十勇者』が倒れたことを告げに来た。


「これはこれは、もう、ジュン坊と呼ぶのは失礼かな、勇者殿」


 ビリーがマコトにお伺いを立てる。


「あなたの意思で決めてくださいビリーさん。しかし、彼はとても成長しました。素晴らしいです」


「男子三日会わざれば~っていうけど、三時間もいらなかったね」


 ピリスが喜色をにじませて言う。


「ジュンヤとロホたちの部隊が、『完全回避』の勇者メニアを撃破。さらに、フーが『洗脳』の異能で『毒』の勇者ラドマと『千里眼』の勇者ガイエを無力化。フーの能力を使えば、シリズも簡単に倒せるのでは?」


「分かっていないな、鎧くん」


「なんだと?」


 ビリーの挑発的な言葉に分かりやすく反応する仲間こーざへ、マコトが柔らかな声で言う。


「コーザ、フーの『洗脳』は、一時的な無力化にしか使えません。何故なら、洗脳状態の人間はを奪われてしまうからです」


「それは……」


 まだ飲み込み切れていないコーザに、ビリーが補足する。


「つまり、ご主人様からの指示がなければ飯も食わないし小便にも行かない。それでいて『飯を食え』とだけ命令すれば腹がはちきれても食い続けるし、時間や期限を切らなきゃあトイレから戻って来なくなる。下手をすれば眠りもしないぞ。ってやつだ」


 そして、自らの実体験も開陳する。


「俺たちがやった仕事で傑作だったのは、『洗脳』の異能を持った勇者が村一つを自分の支配下に置いたまではいいが、飢えて痩せ細った上、糞尿をその場に垂れ流す生きた屍みたいな連中だらけの地獄絵図になって、管理し切れずに発狂していたってやつだ。楽な仕事だった」


「面倒くさいにも程があるな。なんだその過酷過ぎる介護の現場みたいな能力は」


 魔弾を撃ち込むと『天使の贈物』が消え、日常生活は自分の意思で行える程度に能力を弱められるようにはなったが、代わりに洗脳が解けやすくなったという。


「だから、際限なく使える異能なんてものは、使用者が自分である程度の制限を設けなきゃあ使い物にならないってことだ。その辺りのことを、フーはよく知ってた。天然でな」


「仮に、フーに負担を押し付ける形で、シリズを『洗脳』したとしても、どこかで解かない限り、確実に衰弱死させてしまいます。そしてその瞬間にフーは殺されてしまうでしょう」


 そして、マコトはできる限りシリズを生け捕りにしたい。コーザは、よく理解した。だから、こう言った。


「露払いは任せてくれ」


 辿り着いた王宮の一階にある広間。シリズの待つ謁見室まではまだ遠いが、コーザとビリーは立ち止まる。


「お。随分と自信が出てきたじゃあないか鎧くん。教師として鼻が高い」

「誰がお前の生徒になった?」


 そんな言葉も、賞金稼ぎには簡単に受け流される。


「それに、いい顔になったじゃあないか。たるんだ二重顎もすっきりだ」

「黙れ」

「その提案には賛成だな」


 マコトが隠遁の術式を解いた。ビリーとコーザの姿が露わになる。彼らの目の前には、赤と青、二人の勇者の姿があった。


「それでは、私は先に行きます。二人とも、ご無事で」


 マコトがセイガとガドウの傍らを悠々と通り過ぎて行く。無論、マコト自身も隠遁は解いている。


「女性を先に通すとは結構な騎士道精神だが、王を守る側近としてはどうかな」


 長身痩躯ちょうしんそうくな賞金稼ぎの口調もまた、敵陣の真っ只中で悠然としている。


「シリズ様のご意思だ。勇者マコトは通せ。その他有象無象は殺して構わぬ、と」

「大層なおもてなしぶりで痛み入るな、セイガ殿」


 ビリーが言う。弛緩し切った身体に、隙は無い。


「勝てると思っているのか、我ら円卓の十勇者に」


 と、こちらはガドウが言い募る。


「そのことなんだが、どうも十勇者アンタらは、ほかの勇者と比べて、特に強いわけじゃあないことが分かってきた。どうせ、シリズが妹君以外は適当に寄せ集めて、それっぽい名前を与えたんだろう」


 甲冑に覆われた表情はうかがえず、しかし、その奥に燃える確かな憤激ふんげきを、ビリーは百戦錬磨の戦闘経験で嗅ぎとった。


「ならばお見せしよう。我ら二人と貴様らと、尋常に一対一で―――」

「妙な駆け引きはやめるんだな。敵の目の前で、わざわざ“二人がかり”を強調するのは、仲間が潜んでると相場が決まってる」


 今度は、明らかな動揺。ビリーは中折帽に手をやり、少し頭に押し込んだ。帽子のつばから覗く双眸そうぼうが、獲物を狙う捕食者のそれとなり、冥闇めいあんの中に、光を増す。


「鎧くんは、青い鎧の方を頼む。赤いお嬢さんとお仲間は俺がやろう」

「できるのか、お前に―――」


 その言葉が終わる前に、ビリーの腰から銃が抜かれ、陰に潜んでいた衛兵が一人、頭から血を流してこと切れていた。


 いつ手が銃に伸びたのか。いつ引鉄が引かれたのか。何故敵の潜んでいる場所が分かったのか。その額にどうやって狙いを定めたのか。誰にも、コーザにも分からなかった。


 当の“一穴”は、飄然ひょうぜんとした構えを崩さず、大きく右手を広げてこう言った。


「兵士諸君! から、かかって来い。死にたくなければ、そこにいろ」


 出てくる者はいなかった。たった一発の銃弾で、形成を五分にしてしまったビリーに、味方ですら驚愕を隠せない。


 ビリーは、赤の鎧の勇者に恭しく脱帽し頭を下げると、その右手を差し出した。


「それでは麗しき鎧の姫騎士殿、このような襤褸ぼろを纏って恐れ多くはございますが、私めと踊っていただけますか?」


 返答はない。甲冑から目を逸らさぬまま、賞金稼ぎは煙草を口に咥えた。


「なぁに、そう緊張することはない。ご婦人との同衾どうきんには恵まれないが、の実戦は数をこなしてる。せいぜい、愉しませてやれるさ」


 紫煙を吐き出しながら、そう言ってやる。どうやら怒ったと見えるセイガが、全速力で突っ込んできた。

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