第四十一話 ケンジの役割

 円卓の十勇者が三人堕ち、『千里眼』による支援が戻ったことで、再び、賞金稼ぎたちが戦況を押し返しつつあった。


「よし、フー、東側の方にバーゼの騎士たちが行ったから、広場の方にいる部隊に支援要請だ」

「はーい。トゥーコさん」

「はいよ。“鳥”を増やすぜ」


 トゥーコの異能により生み出された動物たちがフーと交信し、飛び立っていく。


 ケンジは、戦況を俯瞰しながら思いをはせる。


 親を亡くし、入所した養護施設。その逼迫ひっぱくした経営状況を、雑賀さいがかけるという十五歳の少年―――今はシリズと呼ばれているクリサリアの王が立て直したときに、ケンジは、自らの分をわきまえるようになった。


 本当の天才というのはああいう人間のことだ。多少は勉強ができる程度の自分では、到底敵わない地平にいる存在だと。


 それ以前から、ずっと恋していたマコトという少女に対しても、同じように感じた。どちらがより優秀かは甲乙つけがたいが、少々、世界や社会を見る目に憎悪が宿り、思想的に苛烈さを秘めたシリズよりも、彼女は、親に捨てられた不幸や、苦労の多い人生のままならなさも、柔軟に、あるがまま、受け入れていたように思う。


 そんな想い人に、せめて付いていきたいと思ったケンジの思いは、受験の失敗という結果により呆気なく潰えた。


 浪人が許される余裕もなく、鬱屈としたまま、とある法律事務所の事務員として働く日々が始まった。


 それぞれに新たな生活を見つけて暮らし始めてしばらく経ったある日、真琴まこと陽菜ひなから旅行の誘いがあった。


 その、養護施設の元仲間と現入所児童である福を伴って行った先で、事故に遭い全員死亡。クリサリアに転生した。魔王を倒した伝説の勇者として祀り上げられ、王として君臨していたシリズ―――翔の差配だった。


 ケンジにとっては、これ以上ない僥倖ぎょうこうだった。


 また、マコトの傍にいられる。得た『千里眼』という異能も、彼女の支援をするうえで最適な能力だと思った。


 シリズと名を変えた皆の兄貴分は、やはりというか、相当に歪んでしまっていた。勇者という特権階級がすべてを牛耳る、典型的な専制主義、人治主義国家を本気で作ろうとしていた。マコトは対話を重ねたが、決裂。


 今、彼女は兄と対峙している頃だろうか。ケンジには、それが分からない。


『千里眼』の弱点は、が見えてしまうこと。能力にある程度の指向性を持たせなければ、絶え間なく入ってくる洪水のような情報量に、使用者の処理能力がパンクしてしまう。


 ガイエが、黒竜に乗ったケンジとフーを捉えられなかったのは、トゥーコが張った罠という可能性を考慮に入れず、二人が偽物かどうかを確かめる間もなくラドマに命じて即死亡させてしまったことと、『千里眼』の“視界”を、空に向けていなかったことにある。


 かように、『千里眼』は、能力者の使い方に依存する異能だった。『天使の贈物』によって、脳が過負荷状態に陥ることこそ避けられているが、本当の意味で、“すべてを見通せる”わけではない。


 ―――ってことは、ビリーのおじさんやボニー姐さんから散々聞かされてきたからね。


 ケンジは、彼本来の気弱さを隠す軽口を、内心で吐いた。今のケンジに、王宮内のマコトとシリズの様子を伺う余裕はない。城下町で奮戦する、ジュンヤ率いる賞金稼ぎたちの動きをサポートするだけで精一杯だった。


 自分は、何もしていない。ケンジは、自らをそう評価していた。


 ラドマとガイエは、フーの『洗脳』によって、あっさりと倒された。心優しいフーにとって、他者の意思を完全に奪い廃人同然にしてしまうことには忸怩じくじたる思いがあっただろうが、文句ひとつ言わず、現在もトゥーコの出した分身たちとの交信を続け、ケンジが能力で得た状況を伝え続けてくれている。


 それに引き換え、己は何をしたというのだろう。


 兄妹が決裂したときも、何も物申せなかった。マコトに寄り添う、などと自分を言い繕って、実際は、彼女にすがっていただけだ。親がいなくなり、寄る辺を無くした自分が、もたれかかる場所。そんな風に体よく彼女を扱っていたに過ぎない。


 ある意味では、自分の意思でシリズ側に付いていたカレンや、こっそり彼と内通して、ビリーとボニーを始末し、仲間たちの助命を取り付けようとしていたピリズの方が、主体性はあったのかもしれないとさえ思う。


 今日までに、そんな自分の情けなさをまざまざと見せつけられた。


「ケンジよぉ」

「……どうした?」


 内省を断ち切る声が、トゥーコからもたらされた。フーやマコトとは違い、あまりこの男とは話をしたくない。最初は、この男のやってきた悪行への嫌悪感だと思っていたが、それと同時に、主体性なく為すことすべてを他人になすりつけようとする彼に、同族嫌悪を抱いていたことにも気付いた。


「そう警戒するんじゃねぇよ。大丈夫だ。俺はフーやあんたを裏切ったりはしねぇ。―――って言っても、無駄だよなぁ」

「話があるなら簡潔にして貰えると助かるんだけど」


 ケンジの冷たい声に、トゥーコは神妙に頷き、こう話を始めた。


「さっきよ、俺が出したアンタの偽物と会話をしてたんだけどよ」

「鏡に向かってご苦労なことだね。一人コントに近いんじゃない?」


 姿を似せただけで、あくまでも思考回路はトゥーコと同じだ。つまりこの男は、自分と問答をしていたことになる。


「違いねぇな。でよ、アンタのカッコしたが、こう言ったのよ。『恩赦が貰えるかは、アンタの態度次第だ』って」


 トゥーコはそう言うと、からからと笑った。


「馬鹿な話だぜ。クリーフのおやっさんが言ってたように、懲役200年が十年縮まったところで、何の意味があるってんだ―――でもよ、それを、ほかの誰でもなく、俺が俺の口で言ったってのは、ちょっと思うところがあるんだ」

「……うん」

「俺は、難しいことは分からねぇ。考えないように生きてきちまったから、こんな奴になっちまったわけだしな。罪滅ぼしなんて綺麗ごとを言うつもりもねぇ。だけどよ、せめて、態度で示そうって思うんだ。どうしようもねぇ、クソみてぇな奴が、最後の最後に、ちょっとだけ変われたんだってところをよ。そう、思うんだ」

「ふーん。悪くないんじゃない?」


 そっけないケンジの返答に、しかしトゥーコは「ありがとよ」と言った。


「さぁ、次の指示を寄越せよ大将。アンタの仕事は、これが終わった後も続くんだろ。せいぜい、良い国作れよ」

「うるさいよ。大量殺人鬼のくせに」


 ほんの少し、能力のリソースをトゥーコに振ってみた。確かに、裏切るなどとは微塵も思っていない。その上、ある種の自殺願望めいた苛烈な自己嫌悪が、深層心理のほとんどを占めていた。身を千々に引き裂かれる程の後悔。自業自得。今すぐにでも死んでしまいたいと思っている彼を動かしているのは、それと同等の巨大な贖罪しょくざいの意思だ。


 ―――そうか。


 ケンジは、この大罪人に、自らの役割を見出した。


 ―――僕の仕事は、この戦いが終わってから始まるんだな。


 裁判官になるのだ。シリズ体制を解体し、悪徳勇者たちを裁く上で、『千里眼』は役に立つはずだ。


 今度こそ、マコトの、誰よりも芯が強く美しい彼女の傍で、その役目を果たす。


 一人の勇者が覚悟を決めたのとほぼ同時刻に、マコトたちは城への潜入を果たしていた。

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