第六章 バーゼの戦い

第三十七話 ジュンヤ・サトウ

 今じゃないいつかになれば。

 ここじゃないどこかに行けば。

 自分じゃない誰かになれるかもしれない。

 なんて、都合の良いことは起こらなかった。


 一度死んで転生したくらいで、人間の性根は変わらない。

 変えようと努力すらしなかったのだから、当然だ。


 そもそも、与えられた能力が外れだった。


 死んでも生き返る、ただそれだけでは、恵まれた身体能力と魔法力があるだけの木偶でくだ。ほかの勇者には太刀打ちできないし、ビリーやボニーのような、文字通り死ぬほどの鍛錬と実戦を積んだ本物の“神業”には敵わない。


 “前世”の佐藤淳也さとうじゅんやは、間違い続けていた。


 自分のような真面目な人間が惨めな思いをして、気楽そうに、適当に生きているだけの周りが楽しそうなのは何故なんだと、勝手に怒りを溜め込んでいた。クラスのは、ズルをしている。そう、思い込んでいた。


 クラスメイトのカンニングを発見したとき、心の内にあったのは、間違いを正そうとする正義の意思などではなかった。


 気に入らない誰かの間違いを糾弾できる、暗い情念。


 真実が分からないうちから、自分が間違っているなどとは露ほども疑わず、独善的に他者の罪を言いふらし、手痛いしっぺ返しを食らっても、「俺は正しい。あいつらは間違い」と思い続けた。


 転生勇者になっても、それは変わらなかった。


 罪を裁く快感と、人の上に立てる快楽に酔って、まんまと罠に嵌り、あっさり鼻柱をへし折られた。


 そして、絶対に敵わないと思った『超速の魔剣』が、これまたあっさりと破られ、自分が井の中の蛙―――どころか、コップの中のオタマジャクシに等しかったことを、まざまざと見せつけられた。


 自分の無知さ、単純さにも、マコトたちに出会って気付かされた。


 でも、彼女たちは、そんな狭隘きょうあいな物の考え方も「素直で好ましい」と言ってくれた。特に、マコトとケンジは、とても親身にジュンヤの話を聞いてくれた。


 ―――死ぬ前に、あの人たちに出会っていたら、自分も少しはマシな人生だったのかな。いや、どこまで行っても俺は俺でしかないのだろう。


「ジュン坊の能力は確かに外れだし、頭も悪い。はっきり言って、勇者の中じゃあ、最弱だ。―――だからこそ、努力の余地がある」


 ビリーの声が、頭の内に響く。


 最初は、ただボニーおっかない人から逃げる口実としての師弟関係だったが、いつの間にか、その生き様と、決して諦めない戦い様に、素直な憧憬どうけいを抱くようになった人物の言葉。


「簡単な話だ。見え見えの弱点があるなら、それを補うよう工夫すればいい」

「何一つ簡単じゃないッスよ。何すればいいんスか」

「考えろ。俺たちは弱い。弱さを知ったからって強くなるなんて道理もないからこそ、常に思考を止めるな。それだけだ。

 ……まぁ、せいぜい死にまくれよチェリーボーイ。その先にある、お前だけの戦い方を見つけるんだ。―――よろしくて?」


 ―――よろしい、です……!


「ほう、まだ立つか。不死とはいえ、身体が頑丈になったわけでもなかろうに」


 挑発的な女性の声。どこか、カレンと似ている気がする。

 顔や体型はまったく違うが、甲冑で身を守っていないところや、自信に満ち溢れた口調や仕草。


 ジュンヤは、彼女の声に何か返そうとするが、果たせず、とりあえずは、と、操り人形のように手足の関節を動かし、を立ち上がらせる。


 矢を射られ、剣で身体を切り刻まれ、骨も何本か折れている。口から垂れた血には、歯が混じっているようにも見える。痛みの無い箇所がない。


 対して、こちらの攻撃は一発も当たっていない。


『完全回避の加護』を持った、円卓の十勇者、メニア。


(ピリスさんの『必中の矢』とやり合ったらどうなるんかな)


 そんな、詮無き考えが浮かぶが、すぐに打ち消す。


 自分はピリスじゃない。


 この、出来損ないの異能で、守らなければならない命がある。


「ボ、ニー、さん……」


 なんとか、潰れた喉で呼びかけるが、背後から聞こえるのは、大柄な賞金稼ぎロホの「ダメだ、意識がねぇ」という絶望的な報告だけ。


 勇者を超える体術を駆使する接近戦タイプのボニーにとって、最も遭ってはならない敵だった。


『ボニーを頼むぞ、我が弟子よ』


 ―――すみません兄貴。思いっきり力不足でした。


 ビリーと組んでやっていれば、これほど早く瀕死の重傷を負うことも無かっただろう。自分が盾になるべきだったのに、間に合わなかった。ケンジの能力による索敵通信が途絶えた途端に、このありさまだ。


「何を笑っている? 小僧」


 高圧的な、この世界に来てから一度も手傷を負ったことのない女勇者の声。


 ―――そうか、俺は、笑えているのか。


「……なら、大丈夫」


 カレン身の程を知った。

 ボニー身の程を知った。

 ビリー身の程を知った。

 マコト身の程を知った。


 そしてまた、自分の情けなさを突き付けられ、メニア身の程を知らされた。


 でも、そんな最弱じぶんを笑えるなら、立つ瀬は、まだ、ある。


「そうッスよね、兄貴」


 ジュンヤはその手に、ボニーのナイフを持っていた。それを、自らの胸に、ザクリと突き立てた。


 眼前のメニアの目が、驚愕に見開かれる。


「……ッ!」


 全身に死の寒気が立ち上る。死の気配。と、同時に、全身に負った傷が癒えていく。新たな命が、鼓動を始める。


「……貴様、正気か」


 メニアが言う。若干、上ずった声色。


「自殺すんのは、初めてッス。意外と、人って死なないもんスね。文字通り死ぬほどの痛みでしたよ。メニアさん、アンタの死因は、何だったんスか?」


 どうやら、訊かれたくない質問だったようだ。

 ボブカットの黒髪が、怒りに逆立ったように見えた。

 どこか、男性的な鋭角さをもった顔が紅潮し、こちらを睨む。


 その顔に、再度、ジュンヤは笑って見せる。


「覚悟は、できた……!」

「ふん、死に続ける覚悟か? そんなものが、何になる」

「違う。ッスよ」


 与えられた務めは、円卓の十勇者の足止め。

 マコトとビリーたちがシリズを討つまでの時間稼ぎ。

 命をいとわず、捨て石になること。


「けど、自分にできることは、それだけじゃあない」


 ナイフを敵に突き付け、ジュンヤは宣言した。


「悪いが、勝たせてもらいますよ。メニアさん」

「……この、新参者がァ……!」


 攻撃を受けない勇者と、受けても死なない勇者。


「当たると思うのかこの私に、ただ死ねば蘇るだけの、の勇者なんかにッ!!」


 傷を負わない者と、傷を負い続けた者。


根競こんくらべッス」


 決闘が、始まった。

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