第三十八話 ジュンヤVSメニア
一見、その攻防は一方的だった。
少年勇者の俊敏なナイフ攻撃を、緑のチュニック姿の女性勇者が、風のように回避し続けている。
そして、その間隙を突き、『完全回避』能力者の剣が振るわれ、配下兵士が弓を射る。それは確実に少年の身体を
が。
「馬鹿者!! 殺すんじゃないッ!!」
敵に致命傷を与えたことに、円卓の十勇者メニアが怒号を上げる。
完全に生命活動を停止したジュンヤが、一瞬仰向けに倒れかかるが、即座に踏みとどまる。
「あざっす、弓兵さん。自殺する手間が省けました」
「……ッ!!」
メニアが、激しい歯ぎしり音を立てる。服装も背格好も顔立ちも間違いなく女性だが、切れ長の目や鋭角な雰囲気は男装の麗人としても映えそうな勇者が美しい顔を醜く歪める。
これでもう、五回目だった。
死から蘇る異能を授かったジュンヤを倒すには、殺してはいけない。
かつて腕利きの賞金稼ぎがそうしたように、死なない程度に傷つけた上で、さらに自殺できない状態に追い込む必要がある。
メニアも、その“解答”に至ってはいたが、辿り着くことができずにいた。
―――こいつは、死を恐れていない。
彼女は、眼前の敵をそう分析していた。
転生勇者には、異能と共に、恵まれた身体能力と魔法力が与えられる。
しかし、それにも個人差はあり、ここ王都には魔法封じの結界が張られ、規格外の力を持つシリズや、その妹マコト以外に魔法は使えない。故に、勇者同士の街中での戦闘は、与えられた異能の強さに依存するところが大きい。
その中で、このジュンヤ・サトウの異能は弱い。まったく攻撃には使えず、重傷を回避する手立てもない。さらに、彼はどういう訳か、『不死者』の誰もが持っている痛覚遮断がない。内臓を傷つけられる痛み、首の骨が折れる痛み。すべて引き受けている。
死ぬ一歩手前の攻撃を加えてやれば、即刻片がつくはずだった。
だが、こいつはその直前で、自らの心臓にナイフを突き立て、
おかげで、王都内でつかず離れずのゲリラ戦を展開する賞金稼ぎたちを相手に、自分も含め二十名以上の戦力が、この弱い勇者一人にかかずらう羽目になってしまっている。
そうなると、王宮の防衛が疎かになる。我らが王シリズ・バーゼの身に危険が及ぶ可能性が、ほんの僅かだが出てくる。
こいつを、たった一人で、我らの足止めを成功させている敵を、早く排除しなくては。
と、メニアはそのような大間違いの分析をしていた。
※※
「―――ロホ?」
「おお、ボニー、目ぇ覚めたか、全身痛くて熱いだろうが我慢しろよ。ようやく応急処置が終わったところだからよ」
「……あいつは?」
「円卓の十勇者のことなら、ジュンヤの坊主が相手してる。大したもんだぜ。最初に見たときは、ただのいきり上がったクソガキだったのによ」
「そう……」
ボニーは短く返事をすると、再び目を閉じた。そしてこう口を動かす。
「私のことはもういいわ。ジュンヤに加勢して。あいつの指示に従って」
その口調と表情には、絶大な安堵が浮かんでいた。
※※
痛くないわけがない。
怖くないわけがない。
死を恐れていない? そんなわけがない。
ジュンヤは、再び溜まったダメージをリセットすべく、ボニーのナイフをまた胸に突き立てる。
灼熱の痛みの後、全身にせり上がる絶対零度の寒気。
自らの意識がぷっつりと途切れる、決定的な感覚。
この世のすべての動物が忌避する死の痛み。
身体がどれほど癒えようと、頭と心が忘れないそれを、彼は発狂寸前で受け止めているだけに過ぎなかった。
そして、少しずつ分かってきた。
壁際に追い込んでみたり、ボニーから教わった体術を駆使してフェイントを仕掛けたりしたが、その度に人間離れした動きで回避される。
ピリスの『必中の矢』や、回避の手立てが少ない範囲の広い攻撃の手段を持たないジュンヤには、大変荷が重い相手だった。
が、一つだけ、思いついた。この『完全回避』の弱点と、その突破口。
しかし、最低でも一対一にならないと実行できない。弓矢で援護してくる配下の兵士が邪魔だ。
どうしたものかと思っていると、ドス、という音と共に、一人の兵士が足を矢で射貫かれ、崩れ落ちた。人影はない。
(ロホさん……!)
ボニーが指揮していた賞金稼ぎ“後発組”たちの増援。それはつまり、ボニーがジュンヤに託してくれたということ。
「へへ……」
「何が可笑しい」
「いやね、人から頼って貰えるのって、嬉しいなって思って」
困惑するメニアに、ジュンヤは、師匠から教わった“口撃”を行う。
「死ぬのは、怖いッス―――でも」
身体能力でも、魔法力でも、異能力の差でもない。
“心”で相手の上に立て。
「ここで退いたら、これから何度生き返っても、もう二度と立ち上がれなくなるって分かるんです。だから俺は―――」
そう言いながら、ジュンヤは、左腕にナイフを刺した。
そして、渾身の力を込めて得物を引く。
「う……グォォォォォ……!!」
「な、なにをしているんだ、貴様」
「猫の手でも、借りたいで、しょう!?」
ぼとり。
鈍重な音。
己の腕を切り落とした凶行、否、狂行に、その顔面を蒼白に染めるメニア。
すかさずジュンヤは、ナイフで胸を抉る。
死ぬ。
蘇る。
「ふぅ……」
再生した手で、地面に落ちた自分の腕を拾う。
「メニアさん、どうぞ」
まるで、校庭に転がっていた野球のボールを放り渡すような気安さで、それは投げ寄越された。ざっくりと雑な手つきで切り落とされた、人の腕。
その切断面を目の当たりにしてしまったメニアは、思わずそれを自分の意思で避けようとした。
「どうしましたか。そんなもん、“攻撃”でもなんでもないッスよ?」
その先に、素早く回り込んでいたジュンヤが告げる。
「しまっ―――!」
策に嵌ったと思ったときには、既に手遅れだった。
気持ち悪い物から避けようとするメニア自身の判断と、あくまでも“攻撃”を避けるために
意思が右に避けようとするのを、能力が左に変更しようとする。
その矛盾に身体が耐えきれず、メニアは、硬直を余儀なくされた。
「アンタみたいなタイプの人は、基本的に“ビビり”と相場が決まってるんスよ」
屈辱的な言葉と共に突き出されたナイフを避けきることができない。
「いっ……!!」
メニアは、クリサリアに転生して初めての手傷を負った。『悪魔の契約』によって創られたナイフ。『天使の贈物』を剥ぎ取るナイフによって。
「くっ、き、さまァ……!!」
「痛いッスか? そろそろアンタにも、覚悟の時間が来たってことですよ。メニアさん」
「なんだと?」
「人間なら、生きていれば誰しもが通る“痛み”を、“回避”し続ける。そんな都合の良いことが、いつまでもできると思うな」
そのとき、物陰に潜みながら援護を続けていたロホら“後発組”賞金稼ぎは、ジュンヤの背中が大きくなり、その頭に黒い中折の帽子が被られているのを幻視した。
「アンタは、賞金稼ぎギルドが把握しているだけで、殺すほどの罪じゃない人間を、手足の指を足しても足りないくらい処刑してますよね」
その声には、かつてトゥーコや、“前世”で他者の不正に向けたものとは違う火が燃えていた。
彼の奥底にある、人の痛みと苦しみに共感し、それを与えた者を許さない、“正義”の炎。
自分のためではなく、誰かのために抱く怒り。
「理不尽に大切な人を奪われた
「あ……う……」
気品ある顔つきだったはずの女性勇者は、最早、凛々しさの欠片もない表情で、言葉にならぬ
「敵の矢は、俺が盾になりますッ! ロホさんたちはメニアを集中攻撃!!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
ジュンヤの号令一下。賞金稼ぎたちが矢を一斉に掃射する。
それを、メニアは避けた。否、避けたのは異能であって、彼女自身ではない。
だから、勇者の意に反して、メニアの身体能力や柔軟性の限界を無視して、『完全回避』は、発動し続けた。
「いや! ダメッ! そんな動きできな……あァッ!! 痛いィ!?」
無理な動きに骨がきしみ、折れても、避け続けた。
よじれた腰が背骨に、急激に回した首が
「止まってぇ!! 止まってよォ!!」
幼児が発狂したような声で泣き喚きながら、『天使の贈物』によって守られてきた身体の痛みを、食らい続けた。
「マコトさんから言われてますから、殺しはしませんよ。ただ、アンタには、すべてが終わった後に裁判を受けてもらいます。せいぜい、終身刑くらいで済むことを祈っていてください」
そのジュンヤの淡々とした声が、聞こえていたかは定かではない。
ただ、腕や足の関節があらぬ方向に折れ曲がった状態で倒れているメニアは、まだ死んではいなかった。それはまるで、彼女に課された罪のような生存だった。
円卓の十勇者メニア、敗北。
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