第三十四話 記録

 賞金稼ぎギルドは、人の寄り付かない北部へと移動していた。


 受付嬢、エルフ族のリーヤは、今日も淡々と業務を遂行する。それがたとえ三百億の賞金首であっても、持ち込まれれば承り、達成を待つ。特に期限は定められていないので、失敗したとしても、生き残ってさえいれば、何度でも挑戦できる。ほとんどは、依頼不達成が死に直結するので、しばらく姿を見ない賞金稼ぎがいると、長命な彼女の表情も、ほんの少し動く。


 あまり長く生きていると、感情が鈍化してしまうのだろうか。いや、これは個人の資質だろう。事実、勇者狩りの現場に出ている“後発組”の妹は、表情がコロコロと変わる。リーヤが真顔で彼女をからかうと、その度に新鮮な驚き顔と、ふくれっ面を見せてくれる。


 そんなことを考えていると、件の妹・ターヤが、仲間を伴ってやってきた。連れは細身な女性と、大柄な男性。


 リーヤは知っている。妹と共にやってきた二人が、ギルドの仇敵である転生勇者だということを。


「お姉さま、とっても疲れました~」

「……お疲れ様です」


 妹に、短いねぎらいの言葉をかけると、弓を携えた女性勇者ピリスが、甲冑を着た無骨な勇者コーザに言う。


「お、やっぱり妹さんとはちゃんと話すんだ。ほらコーザ、賭けは私らの勝ちだからね」

「無理やり分の悪い方を押し付けてきて、何でそんなに偉そうにしていられるんだこの“人質”は」


 どうやら、事務的な会話以外をするかどうか、賭けの対象にされていたらしい。特に不服というわけでもないが、そんなに自分は不愛想なのだろうかと少しだけ反省しないでもない。


「確かに、リーヤ嬢から労われたことは、俺もこの商売を始めてから一度もないな」


 音もなく現れた大柄な男。黒い中折帽と、民族柄の外套ポンチョ、それに左の腰に刺さったコルトSAAシングルアクションアーミー 。干渉し合わない他ギルドにも名の知れた賞金稼ぎ、“一穴ひとあな”のビリー。


、お帰りなさい。フーは?」


 と、ピリスが訊く。


「少々お疲れのようだったんでな、馬車で寝かせている―――リーヤ、こっちも上がりだ。処理を頼む」

「はい。何か言った方がよろしいですか」

「いや、言葉よりも行動で頂けると―――っと」


 受付の机に、明らかにビリーを狙ったと思われるナイフが突き刺さる。


「―――ボニー」

「あら、ギルドに大きな虫が湧いたと思ったら、命懸けで女を口説くだったわ」

「相変わらず怖いねボニーさん。でも、ビリーが童貞ってめちゃめちゃ意外だよね。まぁ、理由が理由だけど」


 ピリスの能天気な発言に、ビリーは大袈裟に溜息を吐く。


「悲しいね。どれほど素敵なご婦人お嬢さん方がいても、夜這いをかけてくるのはナイフを持っていたり、脱がすのが好きな痴女ばかりと来てる―――だっ!?」


 次の平手打ちは、避けきれなかった。


「リーヤ。私たちのところも上がったわ。忙しくさせてごめんなさいね」

「問題ありません。仕事ですから」


 露わにした肌には裂傷があるが、それすらもどこか官能的に艶めかしく見える。最低限の着衣をしただけの金髪女賞金稼ぎは、ふっと微笑むと、やや遅れてギルドに入ってきた同行者らを一瞥し「ジュンヤ、ケンジ、遅いわよ」と檄を飛ばす。


「流石に三徹で能力使い続けるのはしんどいですよ姐さん」


 と、千里眼の異能者で、こげ茶色のベストを着た勇者ケンジが弱音を吐くと、


「で、俺はその間に盾になり続けて命が三つは減りましたよ。まぁ、残機は無限っスけど」


 と、こちらも地味な色のベストを着たジュンヤが続ける。こうして並ぶと、気の強い姉に付き従う弟たちといった風情だ。「良いっぷりじゃあないか、ボニー」とのたまった命知らずビリーが二発目のビンタを食らったことはいうまでもない。


 リーヤは、賑やかなやり取りを続けるビリーたちを眺め、思う。


 このギルドの賞金稼ぎは、ざっと三百人強。他の二つも同規模なので、推定される転生勇者の三倍はいることになる。


 が、そのほとんどは、悪魔と契約していない“後発組”。つまり、本当の意味で普通の人間たちだ。


 それに比して、幼少期にしかできない悪魔の契約を果たした“先発組”は、全体の十分の一に満たない上、平均寿命は恐ろしく短い。


 故に、やってくる依頼に対して、勇者討伐の進みは遅い。


 それどころか、王シリズ・バーゼが、次々と新たな勇者を転生させるので、むしろ、人を気分で処刑する思い上がった者たちは、増える一方だった。


 その状況が、ここにいる勇者たちの存在で一変した。


 ギルドの記録係であるリーヤだが、ギルドの歴史自体には詳しくない。いつ頃、どういった経緯で成立した組織なのか、詳細は分からない。彼女の役目は、依頼を受け、斡旋し、成功したものを事務的に記録していくことだ。


 その速度は、この一年足らずで、確実に上がっていた。


「お姉さま、ピリス様たちなら、きっとやってくださると思います」


 数百年生きてもなお無邪気さを失わないターヤが、姉に耳打ちする。


 シリズは、人間と近しいハーフを含むエルフ族の保護を謳ったが、それは事実上、故郷の森に厄介な魔法力と弓の技術を持つエルフたちを縛り付けるものだった。野に出たエルフたちへの偏見は、より強化されている。彼女たちの両親は、その過程で勇者に奪われた。


「さぁ、次の依頼は?」


 ビリーの質問に、リーヤは、自分でも百年ぶりほどかと思う仄かな笑顔を見せ、言った。


「……今のところ、ありません」


 今日で、このギルドに賞金のかかっていた勇者すべてが倒された。その数は、五十人にも及ぶ。三百数十分の、五十人だ。シリズのみならず、他の転生勇者たち、さらには、勇者の威圧的な統治に甘んじている民衆にも、無視できない数字だ。


「そろそろ、王様の即位記念日だな」


 ビリーが呟く。


 実戦含みの修行の日々が、終わりを告げた。

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