第十話 ビリーの失言/コーザの弱点
カレンとは、マコトや、ほかの仲間と同じく、養護施設で出会った。
コーザ―――
カレンは、その名が表すような愛らしさや可憐さなどとは無縁な、激しい性情の少女だった。
小学生の頃、線が細く、いじめられがちだったコーザは、彼女によく助けられた。そして同時に、泣いてばかりで無抵抗な義兄弟を叱り飛ばし、殴りつけ、報復に向かわせた。
「舐められたら終わりなんだよ。どんなにやられても、絶対に泣いちゃダメ。かといって、笑ってもダメ。どっちも負けなんだから」
そういうカレン自身も、万事に妥協を許さない攻撃的な性格ゆえ、同学年の女子からは疎まれ、からかいやいじめの対象になっていた。その度に、彼女は本気で怒り狂い、時には流血沙汰になるほどの喧嘩をやらかした。
マコトやケンジが、その後、裏で相手や相手の保護者に謝罪していたのも知ったときには、流石にカレンも行動を改めようとした。
が、当時から思慮深く聡明だったマコトは、首を横に振った。
「
目に涙を浮かべたマコトの後を継いで、ケンジが言う。
「僕や
「誰がバーサーカーだ!」
「ぐ、ぐるじい……! コーちゃん! 止めて……っ!」
カレンが、怒りながら、でも少し喜びながらケンジの首を絞めるのを止めるのは、自分の役目。
そういえば、いつだったか、花恋が風邪で臥せったことがあった。
そのとき、ケンジとマコトが、看病していた自分に、こんなことを言った。
「こーちゃんがいないと、花恋はどこまでも暴走しちゃいそうなんだよね。僕らは一つ歳が上で、目が届かないときもあるから、こーちゃんが傍にいて、上手くブレーキかけてあげてよ。今はなんか親分と子分みたいだけどね」
と、ケンジが言えば、
「私たち、来年から中学生じゃない? だから、ちょっと不安だったの。でも今日の康介の姿を見て、安心した。
ねぇ、いつか、康介が花恋を守ってあげなくちゃいけなくなる日が来ると思う。そのときは、よろしくね」
と、マコト。
一つ年上の“兄”と“姉”に託されたはずの少女は、今はもう亡い。
ほんの一ヶ月前、カレンがパーティを離脱した。この転生した異世界でも変わらず家族であったのに、突然のことだった。
そして今日、賞金稼ぎの罠にかかり、命を落とした。
誰よりも激しく、美しかった少女の顔を思い出す。
胸の底が抉られるような、激しい痛みが走る。
自分が、守ってやるはずだったのに。
そこにきて、マコトが、その家族の
許せることではなかった。
殺してやる。
おとなしくマコトに付き従っていたのも、そのためだ。
カレンを“狩った”賞金稼ぎは百人は下らない人数だったようだが、それであのふざけたガンマン野郎の罪が希釈されることなどない。あってはならない。
回想を終えたコーザの目に、彼の怒りの如く燃え盛る馬小屋が映った。
そこから、マコトが馬を
わずかだが、非難するような表情。
構わない。知ったことか。
コーザの心は、復讐の念以外、宿っていなかった。
このまま蒸し焼きになるつもりか。
それなら、死体を切り刻んで、魔物の餌にでもしてやる。
いや、この牧場の家畜に喰わせてもいい。
残酷な想像は、獲物がノコノコと顔を出したことで霧散した。
それらの情報も、今のコーザにはどうでもよかった。
「お前の負けだァ!! 賞金稼ぎ!!!!」
奇妙に裏返り、歓喜に打ち震えた叫びを牧場に木霊させる。
相手はフラフラだ。一発で心臓を突き刺して―――いや、まずは手だ。その手にぶら下げた銃を使えなくしてから、全身をゆっくりと切り刻んでやる。再び頭をもたげた酷薄な想像と共に、その一歩を踏み出す。
そこへ、ビリーが銃を撃つ。
コーザの足元が爆ぜる。
―――馬鹿め。どこを撃っている。熱のこもった場所に長く居たせいでさしもの精密射撃もぶれているのか。
コーザが、自らの勝ちを確信する。
―――俺の勝ちだ。やったぞ、花恋。
「ゴホッ……いや、お前の負けだぜ、鎧くん」
―――え?
『攻撃を察知しました。反射します』
―――なんで? どこから?
そう思ったとき、既に、鎧の異能は発動していた。
コーザの、右足の裏から。
その足の踏みしめる先には、銃弾が撃ち込まれていた。
「お足元に、ご注意を」
長身の賞金稼ぎが、低く呟いた。
先ほど、ビリーの撃った銃弾は、コーザの踏み出した足が着地する、その地面を狙ったものだった。
まさに神業的な早撃ちと精密さと連射速度で放たれた二発の銃弾を、コーザの鎧は“攻撃”であると感知した。
「わっ!? な、なんだ、これ?」
『攻撃を感知。反射します。反射します。反射します』
だが、反射すべき場所がなかった。
いわば、鎧の足の裏と、このクリサリアの大地が喧嘩をしたようなものである。
互いに反発し合い、負けたのは、コーザの方だった。
―――ドン!!
「う、うわあああああああ!!!!」
高い身体能力で踏みしめた大地に反発され、反動で身体が吹き飛んだ。
悲鳴が牧場に轟き、ぐるんと一回転しながら三メートルほど飛んで、背中から落ちる。
その落下地点に、再びビリーの銃弾が撃たれる。四発分の銃弾に穿たれた地面の上に落ちた瞬間、頭の中に事務的な声が響く。
『攻撃です。反射します』
「いや! 違う! ダメだ!! それは攻撃じゃない! 反射しちゃダメ―――」
コーザの切なる願いは、
落下したダメージまでも“反射”させようと、再び
―――ドォン!!
「うわああああああああああああああああああああ!!!!」
コーザは、絶叫マシンに乗ったかのような大声を上げて空高く吹き飛んでいく。今度は十メートル。
だが、真の絶望はここからだった。
『攻撃を予知しました。反射します』
「ちがあああああああう!!!! バカ野郎おおおおおおお!!!!」
融通の利かない異能は、落下し、地面に激突することさえも、“攻撃”だとみなした。コーザは、無体な罵倒を鎧に浴びせる。
―――あ、もしかして、これってヤバいパターン? こうなったら、もうどうしようもなくないか? このまま倍々ゲームで空に吹き飛び続けたらどうなる? 成層圏とか突破しちゃう? そんなことになっても、生きていられるの? むしろ、生きていたくないんですけど。
―――そうだ!
抜け出す方法を、一つだけ見つけた。
死にたくない。否、死ねない状況に陥りたくないという一心で見つけた解決策はしかし、パニックに陥った彼の脳では考え及ばない悪手を含んでいた。
「解除! 反射をリモートに切り替え!!」
そうすれば、少なくとも無限に大地と喧嘩して吹き飛び続ける恐怖からは抜け出せる。この高さから落ちて無事で済むとは思えなかったが、なに、マコトの治癒魔法があれば命は助かる。それだけは確実だった。
だが。
「ビンゴだ。鎧くん」
“
正確無比な精密射撃で、射撃の訓練で撃った木の板に、全弾命中しながら穴が一つしかなかったことからついた異名。そんな彼の“魔弾”が、コーザの鎧の、薄い部分をついに撃ち抜いた。
「
足先を撃たれた焼けるような痛みの直後、背中から地面に激突した。コーザが、痛みに呻く。
「……痛ってぇよぉ」
「ゴホッ……、鎧くん、お前は、臆病だ」
ビリーが、ゆっくりと、足をふらつかせながら歩み寄る。
「自分がいつ攻撃されてもいいように、守りを異能にすべて任せて、何も自分で考えようとしなかった。まぁ、こうして痛みを知って、いい勉強になったろう」
コーザの目が、コルトの銃口とお見合いした。
「傷を負う覚悟もない奴に、
勝負は、決した。
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