第九話 勇者コーザと攻撃反射の鎧
クリサリア西部の少し外れ。
青々と草の茂る牧場に、二つある月のうち、一つが顔を出し始めた。
いい場所だ。
ビリーは馬小屋から出て率直にそう思った。冷たい風に、牧草がざわざわと揺れる。これから決闘が始まらなければ、のんびりと牛でも眺めていたいところだ。
「本当にやるのかい、
「我らの仲間を惨殺した罪、万死に値する!
本来ならば、問答無用で絞首台にその身がぶら下がるところだが、貴様には利用価値があると
コーザという青年の表情は、無骨な
どうやら、カレンが狩られたことがお気に召さないらしい。
面白い。
仲間の
そのマコトはというと、相変わらず澄ました顔で二人のやりとりを眺めている。
「どちらかが死に至ると判断したら止めます」とは言っていたが、果たして。
ビリーは、返却された愛銃を腰から抜いた。
弾倉に入った五発は、手持ちの“魔弾”だった。
その他、通常の45口径弾は、まだ十発ほど残っていた。
馬小屋の近く、柵に囲われた百メートル四方の場所に、ガンマンと甲冑の騎士が向かい合う。
コーザが、鉄剣を抜き放った。盾は無い。あの鎧姿、以前もああいう手合いとはやり合ったことがある。
と、なると。
「いざッ!!」
ビリーは、向かってくる騎士勇者に、初弾を発射する。狙いは
だが。
「おっと!」
真っ直ぐに跳ね返ってきた銃弾を、何とか頬を掠る程度の怪我に留められたのは、ひとえに経験のなせる業だった。
目出し部分も防御しているのに、しっかりと前は見えているらしい。口も同様だろう。息が苦しくなるはずだが、そういった不都合は“天使の
ビリーは、苦手な接近戦に持ち込まれる前に逃げ出す。
≪炎よ!≫
コーザの詠唱が聞こえ、火の玉が飛んできた。魔法も苦手。勇者には、異能だけではなく、基本的な身体能力と魔法力の向上がある。マコトほど出鱈目な威力ではないが、並みの魔物ならば一撃で倒せる程度には強力だ。人間であればその半分の威力で足りる。
だからこそ、賞金稼ぎは、できるだけ自分たちの領域で戦おうとする。
仲間を募り、
このだだっ広い牧場には、仲間もいなければ勇者の能力を封じる手立てもない。
が、思わぬ加勢があった。
「コーザ! ディナの牧場を火の海にするつもりですか!」
強い口調の後、水の魔法で、燃えた牧草をすぐさま鎮火させる。
なるほど、その手があったか。
ビリーは、全速力でマコトが立っている馬小屋の前に走った。
白ローブの女勇者は、怪訝な顔を向ける。
「何か御用ですか」
「アンタの傍にいれば、あいつは範囲の広い魔法を使えない」
「別に使えます。私には身を守る防御魔法がある」
「使わない。奴にそこまでの覚悟は無い」
確信を持ったビリーの言葉は事実だった。
コーザは、マコトにぴったりと寄り添った敵の姿に動きを止めた。
ビリーはついでにと、銃をマコトの頭に向ける。
「貴様!」
「大丈夫ですコーザ。撃ったら反撃します」
コーザが怒気を込めて叫び、マコトが淡々とそれに返した。
膠着状態が訪れる。
と、思っていたのはコーザだけだった。
ビリーは、口の中でずっと唱え続けてきた詠唱を終えた。無論、マコトの耳には低い声がずっと届いていたが、それを仲間に伝えることはしなかった。
≪火よ!≫
コーザが放ったものよりだいぶ威力の低い火球が、馬小屋に放り込まれる。
乾燥した干草が大量にある小屋が、燃え上がる。
その中に、ビリーは飛び込んでいった。
※※
―――自ら火をつけた小屋の中に飛び込んだだと!?
コーザは、予想外の事態に一瞬立ち尽くしてしまった。
「馬が!」
我に返れたのは、マコトの悲鳴のような声と、火に巻かれた馬のいななきが聞こえてきたからだった。
「すぐに鎮火―――いいえ、まずは馬を外に出します」
マコトの魔法は出力調整が難しい。馬の焼死が溺死に変わってしまっては元も子もないと判断したのか、自らへ耐火の魔法を施して小屋に飛び込んでいった。コーザも、一寸遅れて入る。
ほとんどは放牧していたので、残った馬は三頭。
火の手は届いていないが、煙に巻かれて騒ぎ出していた。
「大丈夫。落ち着いてね」
マコトが、優しく声をかけながら馬を落ち着けている。
鎧の異能で、熱さは無い。自分も、と歩き出した瞬間、火の粉が鎧にかかった。
―――まずい。
と、思ったときには遅かった。
『攻撃を検知。反射します』
頭の中で、事務的な声が響き、火の粉が反射される。
それらが、まだ燃えていない干草にかかり延焼させてしまう。
「……ちっ。
コーザは舌打ちと共にそう言って、能力を一部解除した。
「コーザ、こちらの馬を二頭、お願いできますか」
「分かりました」
応じた瞬間、バコン! という音が足元からした。
さらにもう一発。
見ると、装甲の薄い足先が凹んでいる。
―――まずい。
この男、正確に、寸分違わず同じ場所を―――この鎧の弱点を撃ってきている。
もし、生身に賞金稼ぎの弾を食らったら―――掠っただけで、能力が封じられてしまう。マコトから、そう教えられた。
―――それはまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
恐慌状態になりかけた頭で、必死に考える。
奴はどこだ? 兜の目出し部分からは、外から推測される以上の視野が確保されているが、煙たいこの馬小屋の中では分からない。
バコン! という音がして、また装甲の薄い足先が凹んだ。
どうする、どうしたらいい。
撃たれた場所から弾道を計算?
そんなの、どうやってやるんだ!?
「何をしているのですコーザ! 早く!」
「え!? だ、だって―――」
兜越しの声に、狼狽と焦りを読み取ったのか、マコトが顔をしかめ、滅多に出さない怒声を発する。
「撃たれるのが嫌なら、さっさと負けを認めてください! ディナの馬たちを見殺しにするつもりですか!」
つい数日前から、ここに住まわせてくれている牧場主の名を出され、コーザは気持ちが揺らぐ。そうだ。参ったと、そう言えば、もう撃たれることはない。
「そうだ! 負けを認めな、鎧くん!」
どこからか、あの賞金稼ぎの声。
口にタオルでも巻いているのか、くぐもった声量だが、はっきりと聞こえた。
「言っておくがな! あのカレンとかいう女は、大した罪でもない人間を三十人以上処刑した、筋金入りの悪徳勇者だ! あんな奴に義理立てして死ぬなんて、決して利口とは言えないぞ!」
「……お前に、何が分かる」
小さく呟いた。
ビリーがかけた降参を促す言葉は、萎えかけたコーザの炎に、新たな酸素と火種がくべられることとなった。
「マコト様―――いや、マコト、ごめん」
「コーザ……」
哀しげな表情の仲間に、謝罪の後、こう続けた。
「絶対に殺す。賞金稼ぎ……!」
コーザは、馬小屋を飛び出した。再び、鎧の反射を全自動に切り替え、馬小屋の前に陣取る。
これで、もう姑息な不意打ちも、精密な射撃を食らうこともない。とっとと馬小屋から出てこい。コーザの身体能力なら、一刀のもと、切り伏せられるはずだ。
絶対に許さない。カレンのことを、好き勝手に言いやがって。殺す。
「賞金稼ぎ! 炎に巻かれて死ぬか、俺に斬られて死ぬか選べぇ!」
勝利を確信したコーザが高らかに宣言した。
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