第二章 ディナ牧場の決斗

第八話 依頼

 こういうことは、以前にもあった。


 まだ駆け出しの頃だ。

 ボニーとも組んでいない。


 ビリーは、五百万のゆうしゃに、一人で手を出した。

 何件かの“狩り”をギルドの仲間とこなして、調子に乗っていた。


 どんな攻撃も防いで倍にして返してくる異能だった。

 能力のからくりが解けた時点で弾が切れ、返り討ちに遭った。

 首都バーゼまで連行されて、勇者の仲間共から拷問を受けた。

 素人丸出しで、あくびの出るような温い痛めつけ方。


 は賞金稼ぎギルドの情報を欲しがったが、ビリーは悲鳴一つ上げず、代わりに適当なことばかり話した。業を煮やした連中が、いよいよ“処刑”の準備に入った隙に逃げ出した。


 そのときの傷の多くは、この身体に残っている。


 あの時は、城の地下牢で、今回は馬小屋だ。田舎臭さは増している。

 

 柱に括りつけられ、座らされた。

 相変わらず、素人丸出しの縛り方だ。

 だが、勇者の能力は、これまでで最も強い。


 完敗だ。手も足も出なかった。一度逃げ出したら最後、楽には死なせてもらえないだろう。だから、いつでも抜け出せる縄におとなしく縛られている。


 しかし、ビリーをあっさり捕らえた女勇者は、透き通った声で、彼の想像をはるかに超えたことを言い放った。


「賞金稼ぎ、“一穴ひとあな”のビリーさん。私は、雑賀さいが真琴まこと。マコトとお呼びください。

 早速ですが、ビリーさん、あなたに依頼をしたく、ここに来ていただきました。このような手荒な真似をして申し訳ありません」


 言って、錫杖しゃくじょうを持っていない左手で、頭に被っていた白いローブのフードを取る。


 まだ少女と大人の中間地点といった眼鏡をかけた理知的な顔が見え、セミロングの黒髪が揺れた。


 干草の敷き詰められた馬小屋に、マコトは上品な仕草でそっと正座をした。ビリーと目線が合う。たっぷりと蓄えた口髭に仄かな微笑を蓄えたまま、“一穴”の二つ名を言い当てられた賞金稼ぎは、沈黙を守っていた。


「不躾なお願いでしたね。ですが、事は一刻を争います。あなたの力が、どうしても必要なのです」

「縄を解いても?」


 どうやら、嘘は言っていない。本当に、“依頼主”のようだ。ようやくその飄々とした低い声を発したビリーに、マコトが立ち上がる気配を察した。


「ああいや、お嬢さんに手間は取らせないさ」


 素早く関節を外し、縄からと抜け出したビリーを見ても、マコトの表情は変わらなかった。


 ビリーはコキ、とまた関節を鳴らすと、そのまま胡坐あぐらをかいて、マコトの澄まし顔に言う。


「流石は『円卓の十勇者様』。大したタマだ」

「なぜそれを?」


 ようやく動いた表情にはしかし、驚きはなく、単純な疑問だけがあった。


「アンタほどの魔法使いを見たのは、これまで二回だけだ。一回はアンタ、そして、もう一回は」

「シリズ・バーゼですか」


 今度は、ビリーの表情が動く番だった。


「ご名答」


 軽い口笛と共に賛辞を贈る。


「以前、拷問ヤボ用でバーゼに行ったついでに、我らが王様に御目通り願ってな。

 魔王軍の残党と戦っていたと見えるが、ありゃあ、戦いじゃあなかった。ただの蹂躙じゅうりんだ。そのときと同じ感覚を、アンタにも感じた。それほどの異能は、間違いなく王が側近にしたがるってな」


 円卓の十勇者。

 王を守る十人の精鋭。

 ビリーは、その一人であるマコトに情報を与えた。


「円卓の十勇者を狩ると、一人につき三億入る」

「そうですか」


 案の定、反応は薄い。

 だが、マコトはふと中空を見上げるような仕草の後、こう訊いてきた。


「ちなみに、シリズはいくらですか」

「知ってどうする」

「知りたいのです」

「―――三百億」


 ふざけた値付けだ。


 払えるものなら払ってみろとギルドに言いたい。無論、彼を倒そうとすればそれまでに十人の勇者を屠らなければならないのだが。


 だが、マコトは笑いも怒りもせず、顎に指を当て、真剣な表情で呟いた。


「払える、かなぁ……」


 ビリーは、彼にしては珍しく目を見開いて少女勇者の声を聞いた。


 どうやら、事は相当にヘンテコな状況らしい。


「なぁ、勇者殿。その狩って欲しい勇者ってのは―――」

「はい、そうです」

「いやいや、待て待て、喋るんじゃあない。喋ったら俺の耳に入るだろう」

「それがなにか?」


 真顔で首をかしげるマコトに、ビリーは大きな身振りで言う。


「この仕事は、危ない橋を渡ったら最後なんだ。渡り切るか、死ぬかだ。もう戻れない」


 「渡り切るか」のところで、右手の指で二本足を作って、地面と水平にした左腕をトコトコと歩かせる。肘のところまで歩かせたところで、「死ぬかだ」と言って、ガクンと肘から先を落とす。そして、「戻ることはできない」と言いながら、両方の掌を天井に向け、肩をすくめる仕草。大袈裟なジェスチャー。


「そういうこだ。よろしくて?」

「あ、はい」


 マコトは、分かったような分からないような、曖昧な首肯を返す。ビリーがふん、と鼻を鳴らし、言う。


「というか、この期に及んで俺に断る選択肢なんてあるのか? アンタ魔法使いだろう。いざとなったら、俺を洗脳して操ってでも―――って、おい、「その手があったか」みたいな顔するな。振り上げた錫杖をそのフカフカな干草の上に戻せ。今の発言は忘れろ、記憶から消すんだ、いいな」


 ビリーの焦り口調に、マコトが初めて眼鏡の奥の目を楽しそうに細め、その丸みのある輪郭の頬を持ち上げた。


「お断りするのであれば、無理強いはしません。私の依頼を聞いて、なおダメだとおっしゃるのであれば、ここでの記憶を丸ごと消してしまうこともできます」

「それはありがたいことで」

「ただ、私の魔法は強力過ぎて、出力の調整が上手くいきません。ひょっとしたら、生まれてから今日までの記憶がすべて消えてしまうかも」

「ますますありがたい」


 ビリーは、どうやら、断ることは不可能らしいことを確認し、大きな溜息と共に「標的は?」と訊く。


「シリズ・バーゼ。本名雑賀さいがかける。先ほどビリーさんのお話にもでてきた。このクリサリアという世界の英雄であり、王であり、破壊者。彼には、王座を退いていただきます」

「サイガ?」

「彼は、私の兄です」

「それはそれは」


 おどけてみせるビリーと、真剣な表情を崩さないマコト。二人のいる馬小屋に、闖入者ちんにゅうしゃがあったのはそのときだった。


「賞金稼ぎ、俺と決闘しろ!!」


 木製の扉を蹴破った全身甲冑姿の男を見て、ビリーはマコトに訊いた。


「あれも、狩る対象かい?」

「いいえ。私の仲間です」


 冗談の通じない勇者の生真面目な返答に、ビリーは今日何度目か分からない苦笑を返した。

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