第十一話 決闘の終わり、カレンの所業
目の先に会ったコルトの銃口が消え、暗黒が襲ってきた。
目出し部分すら覆ったコーザの兜は、本来であれば何も見えないところを、異能と共に付与される“天使の
その優位性が、“悪魔の契約”で作られた魔弾によって、剥ぎ取られたのだ。
次に、呼吸困難がやってきた。
たまらずコーザは兜を脱ぐ。通気性のほぼない兜で息が苦しくならなかったのも、火事の馬小屋で、まったく煙を吸いこまなかったのも、同じく“天使の贈物”であった。
「ぷはっ! はぁー、はぁー、はぁー、はぁー……」
荒い息を吐きながら仰向けになると、再び、銃口とご対面。
「随分ともっちりした顔だな。少し節制した方がいい」
栄養失調気味だった線の細かった身体が、養護施設に入って今度は肥満体になっていった。小学生の低学年と高学年で、いじめられる理由がまったく逆になる者は珍しい。と、自嘲したことを思い出した。
だが、こいつにコンプレックスを指摘されるのは、どうしても許せない。
「……ろす。殺す……殺してやる……!」
全身が痛みで魔法の詠唱すらままならない中、必死で呪詛の言葉を吐く。
「殺意に目が曇った奴から死ぬ。おデブな鎧くんは、その典型だな、勇者殿」
ビリーが馬を安全な場所に移動させたマコトに水を向ける。銃口は、ピタリとコーザの額を捉えたままだ。
「鎧くんに、カレン嬢―――勇者ってのは大体そうだが、異能って奴にかまけ過ぎだ。芸がない。だから、一旦弱点を突かれると、ボロを出す」
「はい。その通りだと思います」
マコトが素直に応じる。
「私たちは、良い意味でも悪い意味でも対等に敵と戦えません。常にこちらが有利な状況、優位な能力で一方的に蹂躙できてしまう」
「そんな都合の良い能力はこの世にない。必ず弱みはある。それを扱うのが、人間である限り、な」
「私にもですか」
「ああ」
「シリズにも?」
「あン……あるん、じゃないかなぁ、多分」
急に自信なさげになるビリー。また“依頼”の話を蒸し返されるのが嫌なのだ。
「で、こいつはどうする。まだ俺を殺る気でいるみたいだが」
ビリーが、わざとらしく撃鉄を一旦戻し、かちり、と音を立てて再び起こす。弾倉が回転し、45口径の弾が発射可能になったことを告げる。コーザは青ざめた顔、震える声でこう言った。
「なんで、カレンを殺した」
「仕事さ」
ビリーは即答する。
「なんだと……!」
「殺したんだ。殺されもするってことさ。この決闘も同じだ。お前が俺より強ければ、俺を殺せた。だがそうじゃあなかった。それだけの話さ」
賞金稼ぎは、あくまでも事務的に告げる。
「くそっ! くそがァ!!」
「コーザ、もう矛を収めてはいただけませんか」
マコトのたしなめにも、コーザは沈黙を以て返答した。
「ふん」
ビリーが鼻から息を吐いてから言った。
「勇者が賞金首になる条件を知っているか、鎧くん」
「え?」
「まず、そこにおわす円卓の十勇者様と、王様は問答無用で賞金が掛かる。手を出す奴はいないがな。
鎧くんや、あっちの家で夕食の支度をしているらしいお仲間ら“普通”の勇者は、そうじゃあない。賞金稼ぎのギルドに訴えと金が持ち込まれ、査定され、賞金首にするか、賞金をいくらにするか決める。
カレン嬢は、三十二人だ」
何の数字かとコーザが問う前に、ビリーは答えを口にした。
「それだけの人数を吊るした。アンタらの見てないところで、コッソリとな。そうだろ、勇者殿」
驚愕に身を震わせるコーザを飛び越えて、マコトに問いかけると、彼女はゆっくりと頷いた。
「嘘だ……!」
「嘘じゃないの。私も調べた。ケンジにも協力してもらった。だから、あの子をパーティから追放したの」
「で、でも、悪い奴を処刑してたんだろ? ただの逆恨みってことも」
「食い逃げした野郎の首を吊ってたのを見たぞ。一番強烈だったのは、ある村のいじめっ子を五人同時に処刑した。まだ、十四歳だったか」
「……ッ」
コーザは、ビリーの淡々とした“報告”に、言葉を詰まらせる。
マコトが、重々しく口を開く。
「あの子も、そういえばいじめられてたっけ。許せなかったのね。でも、近所の子をいじめたから死刑なんて、量刑不当」
そう言った直後に、ふふっ、と、乾いた自らを嘲るような笑みを零す。
「もっとも、
ビリーが、その後を継ぐように言う。
「ただの逆恨みで、百人の人間がギルドに訴えを出したりはしない。農村の貧乏人の金が集まりに集まって、三千万なんて大金も積み上がらない。
鎧くんにとって、カレン嬢がどんな女だったのかは知らないが、少なくとも、俺たちの間では、都合の良過ぎる、碌でもない能力を与えられて際限なく増長した、典型的な悪党だ」
「そんな……」
「コーザ。許せないのなら、それは私に言うべき言葉です。あの子は、きっと私の兄に取り込まれてしまった。そして、そのことにいつまでも気付けなかったのは、私の落ち度。ねぇ、ビリーさんも、私が憎いですか」
ビリーは、その光のほとんど宿らない底の無い瞳で、マコトの目を見た。眼鏡の奥、感情を排そうと努力する少女の、隠し切れない潤みをたたえた瞳を見る。
「どうでもいいね」
と、銃を持たない右手をパッと上げ、おどけたような口調で言った。
「俺たちにとっちゃあ、このお昼寝中の豚さんのようになっている鎧くんも、アンタの首も、金でしかない。アンタの三億は魅力的に過ぎるが、それだけに、手を出すとカブッと噛まれる。だから、アンタには興味ない」
「噛みませんよ」
相変わらず律義にそう答えてから、マコトは「コーザを、殺さないでいただけますか」と願った。
「賞金のかかってない首なんぞ、弾の無駄だ」
「ありがとうございます―――コーザ」
鎧の勇者は、いつしかその太った顔を手で覆い、嗚咽を漏らしていた。
「さぁて、決闘ごっこも終わりだ。そろそろ、飯にあり付きたいところだね」
「そうですね。食事の用意は仲間が―――ビリーさん!?」
マコトが驚愕の声を上げたとき、既にビリーはその長身を牧草の上に倒れ込ませていた。
賞金稼ぎが行う、勇者を殺す“悪魔の契約”。
それには、当然のことながら、リスクが存在する。
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