第五話 円卓の十勇者

 クリサリア西部を濡らしていた雨は、上がった。


 カレン一人を狩るためだけに、賞金稼ぎギルドや彼女の被害者たちを挙げて作られたモンコの町は、撤収作業に入っていた。


 勇者一人を殺すのに、棺桶が最低十個は必要だと言われる。首級を討ち、首都バーゼから派遣された配下の兵士たちも残らず倒した損害は、軽微ではない。


 脛に傷持つ者や、肉親を奪われた者ばかりの集まりだ。今さら悲しみに暮れて見せる人間こそいないが、それでも、仕事を達成した歓喜とは程遠い。


「これ、ちゃんと賞金もらえるんでしょうね」


 勇者歴半年にして、三千万の賞金首となった大型新人カレンのバラバラ死体を集め終わったボニーが、再度ビリーに詰め寄る。


「大丈夫だ。ちょいとばかし、人相と、あン……背格好も、性別も、人間ヒュームだったのかどうかすら分からなくなっちゃあいるが、俺たちも含めて百人の賞金稼ぎが見ていた。ギルドだって、それくらい融通は利くさ」

「だといいんだけど」


 女賞金稼ぎは、流石に全裸ではないものの、上は白い前開きシャツの裾を結んだだけ、下はそのものずばり下着だけという出で立ちでぼやきつつ、地面に転がったあるのところへ行く。


「で、この坊やはどうすんの?」


 不死身の少年勇者が、両手両足の腱と喉を潰された挙句、縄で縛りあげられていた。文字通り死ぬほどの苦しみを味わい続けている目が、恐怖に剥かれている。


「賞金は?」

「なかった。雑魚中の雑魚ね。あとこの子、本当に死なないと回復しないみたい。“天使の贈物おくりもの”がなくなっちゃったら、使い物にならないんじゃない」

「そうでもないさ。痛みを知れば、それを避ける知恵がつけられる」


 ビリーは穏やかに言うと、またもカレンのときと同じく、自然な所作で銃を抜き、ジュンヤの眉間を撃ち抜いた。


「あら、優しいじゃない」


 ようやく死ねた少年の、四肢と喉の裂傷が癒えていく。


「ビリー、アンタやっぱり子供好きなんじゃない?」

「どうだかな」


 ビリーは、ボニーの冷やかしを受け流すと、目深にかぶった中折のテンガロンハットを取り、頭二つ分低い彼女の金髪に被せた。


「雨に濡れると風邪をひきますよ、ご婦人」

「もう上がったわ。これからどうするの?」

「……少し南で養生するか。帽子は、次の仕事までに返してくれれば―――」


 そこで、ビリーが言葉を切った。


「ボニー、店じまいだ。行け」


 賞金稼ぎ、否、クリサリア一の精密な射撃を支える双眸が、こちらへ向かってくる馬車、さらにそこに乗った“化け物”を捉えていた。


「……分かった」


 ボニーは、急いで仲間たちに撤退を知らせる。


 ビリーは、コルトの撃鉄を半分だけ起こし、六発入りの弾倉に弾を込め始めた。


 賞金稼ぎの寿命は短い。この道八年のビリーですら、ベテランの領域だ。


 転生勇者むこうが人の領分を越えた“天使”仕込みの異能を駆使するのに対して、賞金稼ぎこちらの武器は“悪魔”との契約で得た、相手の異能の一部を封じる銃弾や刃物だけだ。


 あとはひたすら己を鍛える―――だけでは足りない。

 最も大切なのは、獲物以外の勇者とは常に距離を置くことだ。


 ギルド全体に周知された鉄則でもある。


 今日のようにジュンヤザコがくっついてくる分にはいい。

 だが、大物同士が連れ立っているような場合には決して手を出さない。


 ビリーは、一人、町の入り口に立つ。

 既に仲間たちは風のように姿を消した。

 逃げ足の早さも、良い賞金稼ぎの条件だ。


「さて」


 コルトにそっと口づける。


 ビリーが残ったのは、。突発的な出来事が起きたときの殿しんがり。それがたまたま、自分だったというだけだ。


※※


 二頭立ての馬車が、モンコの町に到着した。

 年端もいかぬ少年が「誰もいないね」とあどけない声を出す。


「フーは、ここで待っていて。私が行きます」


 清流の如き声が、ほろより少年フーの耳に届く。


 女性が、西の荒野に作られた仮初かりそめの町に降り立った。

 全身をすっぽりと覆う、白いフード付きローブ。手には錫杖しゃくじょう

 この世界の者ならば、誰もが魔法使いと呼ぶ姿。


「コーザとピリスも待機。ケンジは、一緒に来てください」

「はいはい、マコト様。コーくん、ちょっとどいて」


 無骨な銀色の甲冑を着た男を押しのけて、こげ茶のベストにベレー帽を被った茶髪の青年ケンジが、マコトに続いていく。


「ゴーストタウンじゃん。マコちゃん、ホントにここなの?」

「探知魔術を使っていますから、間違いはありません。


 魔法封じの術はまだ有効だったはずだが、彼女には問題にもならないらしい。


 とはいえ、そこまで正確な探知はできないようで、隣の微笑をたたえた青年―――ケンジに助力を願う。


「あなたの能力で、視られますか」

「この千里眼、ちょっと見え過ぎるんだよね。女の子を透視したら、裸どころか内臓まで見え―――って、冗談冗談」


 ケンジはさっと身を翻す。マコトが、その右手に持った錫杖を振り上げる気配を感じたか。


「早くしてください」

「はいはい」


 ケンジが目を閉じ、自身の異能―――“千里眼せんりがん”を発動させる。


「……」


 ほんの数秒の沈黙の後、声が上がる。


「はい、捉えましたー。砂埃に紛れて、建物の屋上から屋上をぴょんぴょん跳んでる。俺たちの世界に呼んだらパルクールのプロになれそう。へぇ、どうやら、向こうからは見えてるみたいだね。目が良いのか、動き方が良いのか、両方かな」


「彼はどこですか」


「ん~とね、あ、止まった。あの宿屋の上から、狙撃してくるっぽい。―――あはは! これから人殺そうってのに、心拍数普通過ぎ。見えるはずの緊張も興奮も殺意さえないよ。植物かっての。

 それに、あんな動き回ったあとなのに、射線が完璧にマコちゃんのヘッドショットコースだよ。しかもあれ、コルトSAAシングルアクションアーミーじゃん。それにあんな博物館に飾ってそうな骨董品で……はぁ~」


 ケンジが興奮気味にまくし立て、最後は関心の吐息を漏らす。銃器に疎いマコトはいまいち要領を得ない様子だったが、躊躇ためらいなく首級を取らんとする相手の覚悟は伝わってきた。


 不足はない。


「あ! マコちゃん。三秒後に飛んでくる」

「はい」


 マコトは返事をすると、ケンジの言葉通り、きっかり三秒後に飛んできた弾を、魔法による物理防御障壁で容易く防いだ。


 そして、錫杖を軽く振るい、先ほどカレンが死んだときと同等の突風を起こす。木造りの宿屋がバラバラに吹き飛び、銃を手にした男が枯葉のように舞い、地面に落ちた。


 土の上に叩きつけられピクリとも動かない様子を見たケンジは、「あー……」と声にならない呻きを漏らした。


「……あれ、死んでない?」

「死んでません。それに、瀕死までならすぐに治りますし。では行きましょう」

「マコちゃん、また出力間違えたんでしょ」

「間違えてません」

「はい嘘。そういう意地張らない。千里眼を舐めて貰っちゃあ困るよ」

「……以後、気を付けます」


 クリサリアの“勇者王”直属、『円卓の十勇者』が一人、マコト。世界に数多あるすべての魔法を使いこなす最強の能力者。


 ―――でも、この子のこういうところは変わらないな。


 ケンジは苦笑しつつ、どこかで安心していた。

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