第六話 賞金稼ぎのまどろみ
赤茶けた荒野が広がる、クリサリア大陸西部。
かつては魔物―――その名の通り魔法を使う化け物―――の王が支配していた忌むべき土地は現在、強力な魔石の採掘場、開拓地となっている。一人の勇者がもたらした、平和を享受する人々の新天地。
農作には適さない土地に、見つかった資源。
すると途端に、ひねこびた大地に事業の種が落ち、雇用が芽生え、人々の営みが育ち、町と文明と経済が花開く。
空前の魔石景気に沸き立つこの西部もまた、そうだった。
魔石採掘は危険な仕事である。魔王が滅びたとはいえ、魔物は未だあちこちに
豊かな東部よりやってきた、屈強さだけが取り柄の愛すべき馬鹿者共が、一攫千金を夢見て、乏しい装備と魔法力で挑む
とはいえ、運が良ければ救援が期待できるのが、魔王が健在だった暗黒の時代から見れば改善したところである。
開拓者たちを見守り、助ける、人を超えた御業を持つ勇者たち。
またの名を、異世界転生者。
本人も異世界からのまれびとであった現在のクリサリア王は、魔王討伐後、自らの世界から、幾人もの“勇者”を、この世界に転移させた。
彼ら彼女らは、元いた世界の広範な知識で、クリサリアに技術革新を起こし、魔物の残党を退治し、人々の生活と平穏を守っていった。
同時に“歪み”も発生した。
あまりにも強大な勇者の力には、誰も逆らえなかった。
勇者に見咎められたものは、誰であれ処刑された。
いつしか、勇者が法となった。
※※
馬車の
賞金稼ぎ総出の芝居ではあったが、先ほどのように、ちょっとした
痩せ細った者が、食い詰めた挙句にパンを一斤盗んだという疑いだけで殺されるのを見た。
魔物が巣食う森から無事に帰ってきた子供が「傷一つないのは魔物と通じているからだ」と、あらぬ言いがかりの果てに首を
それを半狂乱になって許しを乞うていた母親も殺された。彼女が死んだ理由は、今もって分からない。恐らく、泣き声があの勇者の気に障ったのだろう。
かように、勇者には、絶対的な力と、権力が与えられていた。
ビリーの思索は、勇者という単語に引っ張られ、彼らの特異な能力に及ぶ。
奴らがクリサリアに召喚される過程で得る異能には、本来あるはずの明確な弱点が、不自然に覆い隠されている。
それを、ビリーら賞金稼ぎギルドでは“天使の
不死者には痛覚の遮断を。
超速の魔剣所有者には神秘の守りを。
最強の魔法使いには涸れることのない魔力を。
至れり尽くせり。
かくして、勇者は無敵の存在となる。
しかしビリーは、その先にある、連中の“怯え”を鋭く感じていた。
過ぎた力を際限なく与えられた者は、おなじように際限なく増長する。
先ほどのカレンもそうだ。
自分は手傷など負わないという慢心で、甲冑を着なかった。
だが、いざ敵を目の前にすると、興奮し、ペラペラと喋り始める。
喋ることは緊張の緩和にもなるが、口呼吸にもなり、心身が落ち着かない。
さらに、奴は武器を突き付けていた。無駄な所作だ。あの狭い中で突きを選択するのは正しいが、ならば腕はしっかりと引くべきだ。相手に対して臆しているから、あのような隙の多い構えになる。能力の発動と関係しているのだろうが、常に片手を剣の柄から離さないのも、身体に余計な強張りを与えるし、身体のバランスが悪くなる。
一目見て、鍛錬不足は明らかだった。相手を一方的に蹂躙できる能力を与えられながら、それを扱う技量も、工夫もない。
ただ、強いだけの間抜け。
そう、一言で切って捨てられる使い手。
その、無能な勇者に対して、百人が協力せねば倒せなかった。
本来ならば、人を殺めることすら躊躇う臆病者が、三千万の首になる。
その額に至る道には、数えきれない死体が転がっている。
酷い話だ。
ビリーは、決して勇者を恐れない。
連中は、こちらに“怯え”を悟らせる悪手を、自ら選び取る。
賞金稼ぎとして、勇者を仕留める度、その予断は確信へと変わった。
しかし。
あっさりと彼を吹き飛ばした、あの魔法使いの女勇者には、それが無かった。
だから、あのときは年貢の納め時を感じた。
ところが、ビリーはまだ生きていた。
死ぬ気満々で動いて、結局死に損なう。
こういうことは前にもあった。
大抵、碌なことにならない。
悪い予想ほど当たるものだ。
馬車が止まり、荒野の外れの牧場へと下ろされ、女勇者―――マコトから、こんな言葉を頂戴した。
「賞金稼ぎのビリーさん。あなたに、狩って欲しい勇者がいます」
な? そうなったろう。
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