第四話 勇者カレンと超速の魔剣
カレンは、ふと思い返していた。
この世界に来て、半年が経とうとしている。
不運な事故により命を落とした自分が、よもや勇者として転生し、魔剣所有者として魔物との戦いに身を投じるなど、思いもしなかった。
だが、この腰に下げた魔剣に付与されし異能“超速”に追いつける者など、人間はおろか、元魔王直属の配下にすら存在しなかった。
だから、こうして今、ジュンヤが戻ってこないことに気を揉んで踏み込んだサルーンで、連れてきた配下の兵士と分断され、非破壊の魔法陣が描かれた椅子と机で見事に作られた障壁に閉じ込められても、困惑と焦りの波は数刻で消え去った。
「罠、か」
勇者による“絶対的統治”に反抗する組織が、我々に賞金を懸けているという話は聞いていたし、実際に消息不明になった同胞もいた。
しかし、まさか、勇者一人を誘い込むためだけに街を一つ作るほどとは思わなかった。
兵士たちは、外で町人に扮した賞金稼ぎ共と戦闘中だろう。無差別に魔法を封じる術式が仕掛けられているため、剣やこん棒を使った原始的かつ血みどろの戦いのはずだ。
不潔。精々自分がここを出る前に終わらせてくれと思う。磨き上げられた甲冑と、研ぎ澄まされた魔剣が血に汚れることは絶対に避けたかった。
そして、このサルーンへと、勇者二人を誘い込んだ者たちに意識を向ける。
一糸乱れぬ連携で、自分を閉じ込めた。うず高く積み上げられたバリケードは、彼らの執念。いや、
付け焼き刃の非破壊術式などが、この魔剣に通じると思っているのが滑稽だ。軽く腕を三、四回振ってやれば、外で押さえている愚かな賞金稼ぎごとあの世行きだ。
剣を抜こうとしたそのとき、バリケードの先、二階へ続く階段から勢いよく降りてくる影があった。
「貴様……!!」
「粗末な我が家へようこそ、お嬢さん」
軽薄な、しかし自信に満ち溢れた低音の声が
「私を、この世界の正義の体現者たる勇者と知っての呼びかけか」
カレンは、自身を年端もいかぬ娘と呼び捨てた髭面の男にすごむ。民族刺繍の
武器は銃か。カレンは、警戒にやや身を固くする。
超速の異能ゆえの回避力と、下品であるという理由で無骨な甲冑を嫌う彼女にとって、銃は唯一の天敵ともいえる。
しかし、あくまでもほかと比べれば、だ。銃声が聞こえてからでも、十分に対処できるスピードが、カレンにはある。
それに、男は手ぶらだった。
両手はだらんと下げられ、正対する目にはまったく力が無い。
「侮られたものだな、賞金稼ぎ」
愛刀を抜き放ち、その白く光る剣先を突き付けて高らかに告げる。
「我らクリサリアの法と大地を守護せし勇者の執り行う、神聖かつ厳正な裁きを妨害した罪。この勇者カレンの名の下に極刑をもって臨むべくは疑いの余地なし。
しかしながら、これほどの準備を経て私に挑んだ貴様らに、このはりぼての町に吹く砂塵程度の敬意を払うとしよう。怪しげな組織に身をやつした下郎の名を我が耳に届けることを許す。名乗れ! 賞金稼ぎ!」
カレンが狂騒に近しい長口上を述べ終る。
「……」
しかし、男は、静かなままだった。
中折帽から覗く光無き眼を動かさない。
直立しながら寝入っているかのようだった。
「きさま―――」
「一発、先に撃たせてもらおうか」
突如だった。
その動作は、まるで、食卓に置かれたパンを手に取るような、なみなみとコーヒーの注がれたカップに口を付けるような、あまりに造作もない日常的な仕草だった。男は、そうやって腰から銃を抜き、引き金を引いた。
そのため、カレンは、ドォン! という、耳をつんざく爆発音を聞いても、咄嗟に反応できなかった。
だが、そんなことは問題にもならない。
魔剣の能力。“超速”の異能を発現させる。
カレンは、常人の数倍に圧縮された時間の中で、男を見る。
いつの間にか、その左手には銃身の長いリボルバーが握られていた。恐ろしいまでの早撃ち。しかも、その銃弾は、真っ直ぐカレンの額へと向かっている。
異能がなければ即死だった。そう思いながら、カレンは勇者に付与された超人的な身体能力で跳躍し、悠然と銃弾を避けた。
はずだった。
床に着地するその一瞬、カレンは気付いてしまった。
銃弾が、もう一発あることに。
バカな―――銃声は一回だったはず。それに、あんな一秒にも満たない時間に、二発も撃てるわけがない。
「いっっ!!?」
だが、銃弾は、着地の瞬間、カレンがどうあっても不可避な状況に合わせて放たれており、彼女に、この世界に転生して初めての負傷を、右の肩口にもたらした。
「――――ッ!!」
肩を押さえてうずくまる。
全身に火が回った様な痛みが走る。
そして、異能が解けていることに気付く。
愛剣は、ない。肩を撃たれた拍子に落としたのか。
―――ヤバい!
早く、手に取らないと、嫌だ、死ぬ、死ぬ、また死ぬ。
「銃声は一回しか聞こえなかったか。どれだけ速く動けようが、五感がぽんこつじゃあ、宝の持ち腐れだな、勇者殿」
男の声がした。
「なに、何事も勉強だ。今日のところはこの早撃ちビリーさんの勝ちってことで―――よろしくて?」
カレンの頭に血がのぼる。魔剣は床に落ちている。手に取れ。そうすればこんな連中皆殺しに―――
「これからアンタはしょっ引かれて、
「るっせぇンだよ!! この糞野郎がァ!!!!」
魔剣を手に取った。先ほどまでの尊大だが冷静な言葉遣いをかなぐり捨て、地である
「お、おい、止めとけ、死ぬぞ?」
「はぁ? 脅してるつもり? 死ぬのはテメェらだけだから!」
ビリーが、帽子を押さえながら急いで二階に逃げようとするのを、哄笑と共に見送る。血にまみれた右手で剣を握り、悪鬼の如き形相で異能を発動する。
「アヒャヒャヒャ!! おめえら全員死」
しかし、その言葉は途中までしか発せられず、同時に、カレンの生涯最期の言葉となった。
一瞬にして、音速をも超えた動きを獲得する異能。つまり、発動するたびに、音速の壁に向かって全力で激突するようなものである。
カレンは、否、人体は、そんな急加速に耐えられるようにできていないし、そこを中心に強烈な衝撃波とソニックブームが発生する。
魔剣は、それらの物理的な現象からカレンを自動で守ってくれるような都合の良い代物ではなかった。
かくして、カレンの身体は、一瞬にして全身ほぼすべての骨が折れ、筋肉がずたずたに引き裂かれ、かつばらばらに―――彼女の親が見ても見分けがつかないほどに散逸した肉片と化したのだった。
※※
「ちょっとビリー、アンタなにしたの?」
物理防御の術式が功を奏し、サルーンは倒壊を免れたが、中は酷い様相だった。ボニーがビリーに向かって言う。
「俺じゃあない。この……ええと、これか?」
言いながら、血だまりの中でひとかけらの肉片をつまみ上げる。恐らく、カレンだったモノ。
「この女勇者殿が、“天使の
「ちゃんと警告したんでしょうね」
「したさ! ……した、と思う。まぁ、一応な。うん」
両手を広げて抗議するも、次第に自信なさげに肩をすくめるビリーに、ボニーはため息を吐く。
「で、どうすんの、これ」
「どうするって―――おおい、お前ら、生きてるか。死んだ奴は返事しろ。取り分が減るぞ。腕が取れた、足が千切れたって奴は……あー、唾でもつけとけ。よろしくて?」
よろしくはない。と、その場の全員が思ったが、文句は出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます