第三話 賞金稼ぎビリーとボニー

 今一度。


 男は、一糸纏わぬ姿。全裸で、ジュンヤに応対していた。


「なんで?」

「なにがだ、坊や」

「いや……それより、ええと、銃は……?」

「銃? それは、こいつのことかい、坊や」


 男が笑みを浮かべながら自らの下腹部を指差す。


「な!?」


 ジュンヤはうろたえてしまう。坊やと呼ばれたことに腹を立てる暇もない。


「おっと、今はこのとおり、多少萎びちゃあいるが、いざとなればグッと、どんな相手も撃ち抜くになる。よろしくて?」


 ―――何を言っているんだこいつは。


 状況に混乱するジュンヤが、あるものを見つける。


 男が寝ていたと思われるベッドに、動く影。女。


 生まれてこの方、一度も異性との性交渉が無い十六歳の少年勇者にとって、一瞬にして頭に血を上らせる光景だった。


「たとえば、アンタの上司の女勇者とか―――って、あれ? どうした坊主、顔が真っ赤だぞ」

「うるさい……!」

「ふむ。やっぱり、裸はまずかったか。これで、どうだ」

「テンガロンハット被っただけじゃねぇか! 何にも変わってねぇ!」

「俺たちのじゃ、これが最低限の“正装”なんだ。あ、申し遅れたが、俺はビリー。ビリーと呼んでくれ、童貞勇者殿」


 ジュンヤは、いよいよ激昂した。


「……お前を処刑する! 勇者の名において!!」

「ほう。穏やかじゃあないな。一応聞いておこう、罪状は」

「罪状? ……えっと、その……不純異性交遊だ!!」

「それはそれは―――っと」


 頭隠して尻隠さずな男は、何とも間の抜けた罪名に苦笑しつつ、勢いよく扉を閉めた。


※※


「開けろォ! ふざけやがって!!」


 扉の向こうから、“新米勇者”の喚く声がする。ビリーは、軽く口笛を吹く。


「随分と初心うぶな勇者様だな」


 背中越しに扉が殴りつけられる感触に、目をぱちくりとさせる。


「ビリー、うるさい」


 こちらも全裸で長い金髪の女が、ベッドから起き、気だるげに抗議する。


「どうやら何か地雷を踏んだらしい。なぁ、ボニー。ちょっとだけ代わってくれ」

「報酬、二割増しね」


 渋そうに唇を曲げて見せるビリーの返事を聞かず、ボニーは、にしては筋肉質な肢体にシーツをまとい、内開きの扉を押さえにかかる。


 その間に、と、ビリーはまず、ボタン付きの肌着シャツに袖を通す。家畜化された芋虫型魔物デス・ワームの糸を編んだ布地で仕立てられたものだ。同材質の下着を履く。


「早くしないと、三割増しになるよ」


 ボニーの言葉に、ビリーが採掘作業着ジーンズを履く速度を上げる。クリサリアで最もポピュラーなヨート麻の生地デニムで作られたもの。


「勇者にしては、あんまり力がないわね」

「そういう贈物おくりものじゃあないんだろう」


 竜皮りゅうひで作られた袖なしの胴着ベストを着け、さらにその上に、クリサリアの古代民族ケトの伝統模様で作られた外套ポンチョを羽織る。


「もういいぞ、ボニー」

「はい、とりあえず二割でいいわ」

「出てこい―――っておわああああ!!」


 女がさっと身を退くのと、ジュンヤが扉を蹴破ってきたのが同時だったのか、勢い余った少年勇者が部屋に転がり込んできた。


「いってぇ……」


 二回転して、仰向けになってビリーの目の前で止まる。


「よく来たなお客さん。こいつは、店の奢りだ」

「え?」


 ビリーは、凶暴な魔牛ゴウズを作られた帯革ベルトから、回転式銃リボルバーを抜き放つと、躊躇いなくジュンヤの眉間に風穴を開けた。


「―――なるほど、そういう仕組みか」


 ビリーが呟く。撃たれたジュンヤの額から、銃弾が虫のように摘出され、傷跡が回復していく。


「不死者?」


 ボニーが問う。彼女の方は、未だに全裸にシーツを巻いただけだ。


「らしいな。雑魚ざこだ」


 ビリーが吐き捨てる。


「いってえええええぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 ジュンヤが、断末魔の如き絶叫を上げながら、頭を押さえて転がり出した。


「なんで!? なんで痛いのぉ!? 痛覚は無くしてもらったはずなのにィ!!」

「痛覚遮断、ね。なんで不死者の勇者ってこう芸がないのかしら」


 ボニーが呆れ声で呟く。


「ひぃ、ひぃ……この……クソがァ……!!」


 ようやく痛みが引いたらしいジュンヤが、のっそりと立ち上がり、荒い息を吐きながら、何事かを唱え始めた。魔術の詠唱。つまり、魔法。


「―――あれ?」


 だが、何も起こらない。


「我が家に勇者おきゃくさんを迎え入れるんだ。魔法封じの結界くらい張る」


 ―――罠。


 ようやく気付いたジュンヤの足に、妙な感触が走った。再びの激痛。身体が、糸の切れた人形のように倒れる。足を見ると、両足のアキレス腱から血が流れ出していた。


「いってぇぇぇ!! ど、どうして、痛覚遮断は、魔法じゃないのに……」

「ああ、それはまた別口だ。とりあえず、即死の傷はすぐに回復するから、死なない程度に傷つけて、ふん縛る。ボニー、任せた」


 いつの間にか、その手に一本の黒いナイフを持ったボニーが血を拭いていた。


、賞金稼ぎか……!」


 痛みと恐怖に震えるジュンヤの声を聞き流したビリーは、行きずりの商売女ならぬ相棒のボニーに向かって、こう言った。


「こいつは雑魚だろうが、賞金が掛かってたら、全部お前持ちで構わない」

「あら、豪気なこと。じゃあ、こっちは、私からの


 言うと、ボニーの手がビリーの首に回る。


 唇が、ビリーの口に吸いつく。シーツが落ち、再び彼女の裸体が露わになる。性的な水音を立てた後、舌が入り込み、口腔をのたうち回り、互いの唾液を暫くかき回してから、出ていった。


「―――どう? 坊や」


 ボニーが、熱のこもった息を吐く。ビリーの顎鬚を撫でながら訊く。


は補充できた?」

「ああ。女騎士の勇者殿と、一戦交えてくる」


 ビリーは、さっと身を翻し、部屋から出ていく。


 軽く手を振って見送ったボニーは、血だまりの中で伏す新人勇者を見下ろす。


「魔物意外とり合うのはかしら。痛くするけど、我慢してね」

「あ……ああ……」


 ジュンヤは、初めて見る女の裸体に男としての反応も忘れ、ただ慄くばかりだ。筋肉質な美しい肢体だが、ビリーと同程度、否、それ以上の切傷・火傷・縫い痕がある。


「痛みって、度を超えるとそのうち快楽に変わるらしいわ。そうなるように祈ってて。はあげられないけど」


 ボニーはそう言うと、ケーキを切るような気安さでビリーの背、脊椎に当たる部分にナイフを差し入れた。


「ぎゃあああああ!!!!」


 不死者は雑魚。ビリーの言葉の意味が、ようやくジュンヤにも了解できた。


「カレンさん! 気を付け―――」


 仲間への警句は、しかし、ボニーのナイフが正確に喉の声帯部分を引き裂いたことで途切れた。


 とはいえ、あの“超速の魔剣”が破られることなど、そうそうないはず。


 ジュンヤの思いは、冷静な戦況分析などではなく、単純な祈りであった。

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