第二話 勇者ジュンヤ
時間は、前日の深夜に遡る。
都から移り住んだ荒くれ者たちが、町の
その中の一人が羽目を外し、エルフの女性給仕を執拗に寝床に誘うが、やんわりと断られる。
彼女は森を追われたエルフだった。この世界では一段低く見られる傾向がある。
そんな町娘にも劣る存在と思っていた者から袖にされた男は逆上し、耳を塞ぎたくなる悪罵を始めた。
男の仲間たちは笑い、カウンターで酒を作っていた店主をはじめとするほかの者たちは何も言えなかった。
「なぁオヤジさん、そろそろやめにしようぜ?」
少年だった。
華奢な、小奇麗だが特段珍しくもない衣服を身に包んでいる。
顔立ちは地味だが、黒髪で片眼が隠れているのが特徴か。
男は、彼の言葉を鼻で笑う。
「おいおい、兄ちゃんよ、あんまりカッコつけるもんじゃないぜ。俺たちゃ、今日も魔物だらけの鉱山で、魔石採掘に命を懸けてきたんだ。
知ってるか?かつてここは、クリサリアの女神マリアン様のご加護すら届かない魔王ので、当然、出てくる魔物も強力だ。そんなところを、俺たちはこの腕っぷし一つで―――」
「あ、そう」
「聞けよ!」
「話なら後で聞いてやるよ。とにかく、そのエルフの子を離せ」
「けっ、小僧が。怪我しねえうちにママんとこ帰りな」
少年は、はぁ、と、わざとらしく溜息を吐いてから、こう言った。
「殴り合いは趣味じゃないんだよね。よし、穏便にゲームと行こう。あっちでやってる投げナイフ。あれをお互いに刺し合うってのはどう?」
「は?」
「アンタが先でいいよ。ほら、来なよ」
周囲がざわざわとし出す。
一体、何を言っているのだこの若造は、という雰囲気。
少年は、まったく意に介さず、ナイフ投げの的の前に立つ。
「は! 度胸だけは立派なガキだ」
「おいおいロホ、あんまりいじめてやるんじゃねぇぞ」
「なぁに、殺しやしねえよ」
野次馬の声に、男は笑って返す。
「殺すつもりで投げなよ。殺せるんなら、だけど」
向き合う少年も、笑っていた。
「ちっ。おら、ちゃんと避けろよ!」
男がナイフを投げた。真っ直ぐ少年の額へと飛んで行った。
「おい、避けろ!」
しかし、少年は避けなかった。ダン、と、ナイフの突き刺さる音。首が思い切りのけ反る。
「……!!」
騒然とする酒場。
が、少年は、天井を見上げた格好で、無造作に刺さったナイフを抜く。
「やるじゃん」
そして、顔を戻すと、不敵な笑みを零した。
ナイフの刺さっていたはずの額からは、血が一滴も流れていない。
それどころか、傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「じゃ、次は俺の番だ、ね!」
呆気にとられた男に向けて、少年がナイフを投げる。その腹に、刃が突き刺さる。
「ぎゃあああああ!!!!」
「ロホ!?」
「おい、なにしてやがる、医者だ!」
血が滴り落ちる。痛みに蹲り、仲間からの介抱を受けるロホに、少年が半笑いの表情で言う。
「あれ? ひょっとして、痛覚遮断もできなかった?」
「てンめェ……!」
「いや、この辺のクソ強い魔物とやり合ってるんだから、それぐらいできると思ってさ。ごめん」
血走った眼で少年を睨みつけるロホと、復讐に燃える仲間たち。一触即発の空気。
「あれ、あいつ確か、鉱山にいたぞ」
酒場にいた客の一人が、声を上げた。注目が、その客に集まる。
「本当かよ、チコ」
「ああ。あの格好で、剣だけ持ってウロウロしてやがったから、気になってたんだ。どんどん奥に行って、何をするつもりなのかと思ってな」
チコの疑問を聞きつけた少年が、荒くれ者どもを牽制しつつ答える。
「ああ、アレね。魔物の討伐だよ。確か
「十体!?」
「え、なに? 俺、なんか変なこと言った?」
今日一番のどよめきが起こる。
少年は、キョトンした顔。
ロホたちが口をあんぐりと開け、我関せずで賭博に興じていたテーブルから、手札が零れ落ちた。
「あの堅い岩石の竜を、十匹同時に相手したってのか……」
「いや、そりゃあ、外は堅かったけどさ、口の中に入って魔法ぶっ放せば余裕でしょ」
「誰ができるってんだよ! 嘘吐くんじゃねぇ」
激昂するロホに、仲間の一人が呟いた。
「おい、ロホ、ひょっとして、こいつ……」
そのとき、両開きの
「あの甲冑、それに、腰に下げた剣、まさか」
「勇者、カレン……!」
女騎士は、ひそひそと話し合う者たちにチラリを目を配ったあと、少年に向かって
「勇者ジュンヤ。随分と大きな悲鳴が聞こえたが、何事だ」
「勇者……だと?」
「あれ、言わなかったっけ?」
ロホの間の抜けた顔に、悪戯っぽく笑った少年―――勇者ジュンヤは、ずっと不安気に身を竦ませていたエルフの少女に目配せした。
ホッとするか、それでなくても、ジュンヤに対して感謝の表情が浮かんでいる予定であった。
だが、少女は、青ざめた顔で目を逸らす。
「あれ?」
さらに、微かにこんな会話が賭博の席から聞こえてきた。
「それにしてもよ」
「ああ、岩石竜の腹の中に入ったって」
「自分から喰われにいったのかよ。頭がおかしいぜ」
「あれれ?」
※※
そして、明くる日の現在。
ジュンヤは、酷く苛立っていた。
―――なんで、こんなことになってるんだ!
彼はもともと、力は弱いが正義感の強い一人の学生だった。
不正を嫌って同級生のカンニングを指摘したところ、証拠がないとして教師が取り合わず、冤罪だと騒いだ
異世界転移・転生、どちらでもいい。力を得た。それが重要だった。彼は勇者となり、不正義を糾弾する正当な力を手にしたのだ。
なのに、これは何だ。
あの酒臭い中年男を、この世界の“法”に従い処刑してやるつもりが、邪魔が入った。銃で縄を切るだと? 漫画か。
昨晩は、ナンパ親父から助けたエルフとも
岩石竜の討伐の話も、何故か気味悪がられている。
クソッ! 絶対に処刑してやる。
理不尽な怒りを銃撃犯に向けながら、銃声のあった方面に歩いていく。
「勇者ジュンヤだ。クリサリアの法の下、宿を調べさせてもらう」
昨夜の騒動があったサルーンで、宿主に宣言する。
店員と、客が数人いたが、誰も逆らう者はいない。
ジュンヤは、満足気に微笑むと、足早に二階へと上がった。
銃か。
この世界に来る前だったら、見ただけで怯えて、足が
だが、今の自分にはこの世界に転生する際、異世界の天使より与えられた“異能”がある。
恐れる物など、ほとんどない
「クリサリアの法の番人、勇者ジュンヤだ! 開けろ!」
この部屋だろうと当たりをつけた扉を叩く。
「はいはい」
と、間の抜けた声がして、鍵が開く音。ジュンヤから見て、内側に開かれた。
「さっき、この宿の二階から銃撃があった」
扉から出てきたのは、一人の男。
190㎝に届く長身。歳の頃は、二〇代後半と見えた。
細面で口髭を蓄えた顔には、鋭い刃のような眼光が光っている。
「何か……知らない……か……」
そして、全裸だった。
痩身だが筋肉質で、全身には、様々な種類の傷。壮絶な過去が垣間見える。
「え……、なんで?」
だが、それ以前に、全裸だったのだ。
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