勇者狩り

祖父江直人

第一章 賞金稼ぎと魔法使いの勇者

第一話 罪と罰と銃弾

 辺境の荒野に栄える町モンコは、朝から小雨が降り続いていた。


 おかげで、普段は鬱陶しいばかりの砂埃が止んだものの、木造と煉瓦れんがの家々が立ち並ぶ町の空気は沈んでいた。


 人々は、大通りの中央広場に集まっていた。そこには、即席の絞首刑台が建てられ、今まさに、小太りの中年男が一人、処刑の時を待っていた。


 鮮やかな青い丈長の陣羽織サーコートと、豪奢な刺繍が施された外套がいとうを着た女が、高らかに宣言する。


「この者は今朝、この町の食堂で店員に不埒な狼藉ろうぜきを働いた卑劣漢である。その証拠は―――」


 絞首台で震えている男。その周囲に配置した“陪審員”たちを順にねめつけて、長い黒髪を雨に濡らす女が続ける。


「―――私がこの目で見ていたことだ。異議はあるか」


 “被害者”たる耳長の女性店員が何事か言いたそうに目配せしたが、聞こえるのは雨の音だけ。集まってきた野次馬さえも、一言すら発せずにいた。


「ん?」


 否、一つだけ、動く影があった。女の隣にはべる、こちらも高価な装いを身に着けた男が、目敏めざとくそれを見つけた。


「カレンさん、あれ」

「ふん」


 カレン、と呼ばれた女が、腰に下げた豪華な装飾の剣を抜き放つ。


 と、次の一瞬には、絞首台裏の町役場の屋上から罪人に近づこうと画策していた子供の首元に、その両刃の剣を突き立てていた。


「ひっ……」

「なんだ貴様は。我ら勇者の神聖かつ公正な裁判を汚す不届き者が」

「と、父さんを、助けてください……! お願い、します……」


 成り行きを見る野次馬から、囁き合う声がする。


「あれが、勇者カレンの“超速の魔剣”か」

「まったく見えなかった。なんという早さ」

「それに、あの跳躍力」

「あれが“転移者”の持つ勇者のわざか」

「あの子供には悪いが、とても逆らえん」

「隣の男も、勇者なのか」

「こんな辺境の町に、勇者が二人も」

「少しでも機嫌を損ねてみろ、お前もあそこで首を括ることになるぞ」

「分かってる。だが魔物を狩れるのもあの人らだけだ。いなくなるまでの辛抱だ」


 当然、その声の一部は、カレンと、もう一人の勇者にも届いていた。外套を風雨にはためかせた彼女は、抜き放った魔剣を高々と突き上げ、叫ぶ。


「判決を下す! この男と、この子供を絞首刑に処す。異議はないな、ジュンヤ特別検事」


「異議なし!」


 検事、と名指しされたのは、もう一人の勇者だった。ジュンヤと呼ばれた、まだ少年と呼べる年齢の勇者は幸喜に染まった声で応えた。


 裁判長はカレン。

 検事はジュンヤ。

 弁護士と陪審員は、近くにいた町民たち。


 かように、この裁判のすべては茶番であった。


「我ら、クリサリアの勇者なり!」

「クリサリアに永遠の平和を!」



 カレンの言葉に続き、ジュンヤが高らかに叫んだ。




※※





「おーおー。酔っ払いの軟派なんぱ一つに、御大層なこって」


 広場を見渡せる宿屋の二階。煙草を咥えていて少々くぐもった声。飄々とした口調。


 仰々しい、しかし茶番でしかない“処刑ごっこ”に興じる勇者たちとの距離は、約百メートル。


「さぁて……と」


 たっぷりと口髭を蓄えた男が、その左手に握られた、45口径の回転弾倉式拳銃リボルバーの撃鉄を起こす。

 やや長めな銃身の先が狙うは、開いた窓の外、絞首台。


 ―――すぅ……。

 ―――ふぅ……。


 緊張を緩和すべく、咥えた煙草をゆっくりと吸い、紫煙をまたゆっくりと吐き続ける。


 異世界からもたらされた物は多くある。

 

 法律。

 経済。

 土木。

 文化。

 言語。

 風俗。

 化学。

 科学。

 技術。

 先ほど距離を測ったときにも使った、単位。


 勇者。


 そして、銃。


 確か、この銃の元となったものには、変わった名前があったはずだ。


 男がその名前を思い出したのは、引鉄ひきがねを引いたのと同時だった。


 放たれた銃弾は、雨粒を突っ切って走り、絞首台に架けられた縄を正確無比に撃ち抜いた。


 ―――コルト。愛称は、“ピースメーカー”。


 勇者たちの世界の言葉で、『調停者』『平和をもたらす者』


「平和の使者ってより、処刑人だな。勇者様よ」


 広場が大騒ぎになっていた。


「“超速”の勇者、カレン―――」


 男は、吸っていた煙草を無造作に窓の外へ吐き出す。


「賞金、三千万Ðダラー


 精密な射撃で、罪に合わぬ罰から人を救った男は、標的を改めて確認した。




※※



 いつからだろう。


 魔王を倒したクリサリアの英雄が、自分の元いた世界から仲間を転生・召喚させ出したのは。


 いつからだろう。


 勇者が法の番人となり、同時に“法”そのものとなったのは。


 いつからだろう。


 勇者の逆鱗に触れた者が、容赦なく処刑されるようになったのは。


 いつからだろう。


 “天使”と契約し、人智を超えた力を振るう勇者を恐れ、顔色を窺うようになったのは。


 いつからだろう。


 そんな悪徳勇者に、賞金をつけて狩る者が現れたのは。


 いつからだろう。


 “悪魔”と契約した賞金稼ぎたちが、こう、呼ばれ出したのは。



 ―――勇者狩り、と。




「さぁて―――お仕事の始まりだ」


 賞金稼ぎビリーは、銃弾を放つ前と変わらぬ飄々ひょうひょうとした口調で言った。

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