第二部
第25話 主人公、ホルスタインと共鳴する
なんやかんやで、私が前世の記憶を取り戻してから、時間にして一年が経ちました。私の髪の色によく似た花が満開になっています。
学年が上がり、私は二年生に、お姉様とライさんは三年生に。
三年生だったフウロさんは高等部を卒業しました。といっても、同じ敷地内にある大学部への進級ですが。
「ココちゃんにあんまり会えなくなるの嫌だったから、本当は留年したかったんだけどね。実家がうるさくて。ごめんね」
私を理由に人生を左右させるのやめてください。責任取れません。
アークはといえば、故郷でジョセフやミシェラと変わらずに過ごしているそうです。剣の腕はぐんぐん上がっているそうです。
学園生活の変化はありますが、進級組とその他はあまり変わりません。変わらずに、お茶会を楽しんでいます。
「ああ、今日もまた来たのだね」
ええ、残念ながら、本当に残念ながら、先生と私の攻防戦も変わりません。
けれど、なんと言えばいいのかわかりませんが、私の故郷に行った前と後では、先生の雰囲気が変わったような気がします。
……老化でしょうか?
さてさて、進級してから数日後の放課後のこと。私はお姉様とライさん、ついでに先生となかよーく談笑していました。
茂みからがさりと、顔が出るまでは。
人の顔でしたら、そこまで驚くことはなかったかもしれません。こんにちは、とでも言ったかもしれません。
牛の、顔でした。前世の知識で言う、ホルスタインでした。
ぎょっとした私たち(ライさんは無表情)を尻目に、ホルスタインはくぐもった声で、確かに言いました。
「マリココだ。いや……ココマリか……?」
何か聞き覚えのある単語でした。はてさて。これはいったい。
「主人公と悪役令嬢が仲良しとか、夢小説かよ……」
私は思いました。
あー、これはー。んー、私と同じ、なのでしょうか。
主人公、悪役令嬢。それに加えて”夢小説”という、前世で流行っていた既存の作品にオリジナル要素を加えた小説。
このことから、ホルスタインは、私と同じ、この世界に転生した人なのでしょう。召喚されるほど、この世界はひっ迫してはいません。
これも、物語ではよくあることです。いわゆる記憶持ちと呼ばれる人が複数人いるというのは。
私はホルスタインと情報共有するのが、いいのかもしれません。物語的に。
ですが、それは物語の中の話であって、私の人生ではありません。
取捨選択は、私が決めます。
「不審者―!!!!!!」
ですので、私は叫びました。
ホルスタインがぎょっとした様子でうろたえます。
「ち、ちがっ! 不審者じゃないであります!」
もぞり、と茂みからホルスタインが出てきました。
なんと、顔はホルスタインの被り物、胴体は人の形をしていました。
「じ、自分は! この前この学園に入学した一年であります!」
ぴしっ、と敬礼のポーズを決めるホルスタインです。とてもシュールです。
確かに、ホルスタインは学園の制服を着ていました。私のでも、お姉様やライさんのタイの色ではないタイをしています。
ここまでくれば、男性か女性か判断がつくはずですが、ところがどっこい、でした。
なぜか、下だけ、運動部が使うジャージを穿いています。全体的にとてもシュールです。二回目です。
「それで、一年生がこんなところで、何のようだい?」
先生が訊ねます。
「……うっわ、めっちゃくちゃ美形……。……こんな人いなかったよね……」
ホルスタインの、心の声が駄々洩れでした。
先生がいぶかしげな顔をしつつ、ホルスタインに近づきます。
「とりあえず、その被り物を、取ってもらえるかな? 落ち着かない」
「待ってくれ、兄貴」
唐突に、ライさんが声を出しました。すたすたとホルスタインに近づくとじぃっと、ホルスタインを見つめます。
「……やっべぇ、溶けそう。眼力ビームで溶けそう」
ホルスタインがふるふると肩を震わせています。出ませんよビームは。
「……」
ライさんが見つめます。
「……」
ホルスタインが震えています。
とてもシュールです。三回目です。
「ライ様」
ふと、お姉様がライさんの名前を呼びます。
「絵を、描きたいのでしたら、その方をこちらに来ていただいたらどうかしら?」
困ったように笑いつつ、手をガゼボの椅子に向けました。
「あなたも、迷惑じゃなければ」
そう言って、ホルスタインに笑いかけます。
「……性格いいかよ」
ホルスタインが言いました。
その気持ち、むちゃくちゃ分かります。
――――――
「名前は言いたくないので、適当に呼んでほしいであります。敬称もなしで」
というわけで、彼もしくは彼女は、ホルスタイン改め、ホルスと命名されました。命名者はもちろん私です。
ホルスはベンチに座って、ライさんの絵のモデルになっています。背筋がピーンとなっています。
「・・・・・・」
ライさんは黙々と絵を描いています。生き生き、とかは私には分かりません。なんたって無表情ですから。
「ライ様、楽しそうだわ」
お姉様が言うのなら、そうなのでしょう。ええ。
自己紹介もそこそこに、お姉様がホルスに訊ねます。
「ホルスは、私たちに会いに来たの?」
「そうであります!」
不動のまま、ホルスが元気よく答えました。絵のモデル中ですからね。仕方がないです。
「どうして?」
「・・・・・・や、それは・・・・・・えーっと・・・・・・」
ホルスが口ごもりました。見えない汗が被り物越しから吹き出しているが分かります。
私の勝手な想像ですが、ホルスは私を助けようと思っていたのではないでしょうか。私、つまり主人公が悪役令嬢にあれこれされないように。前世の記憶が甦った時の私のように戦々恐々として。
それが蓋を開けてみれば、なんということでしょう。悪役令嬢であるはずのお姉様は優しいではありませんか。これはもう落ちるしかありません。お姉様に悲しい顔をさせたくない、そう思うことでしょう。ええ、ええ。
失礼しました。やや話が逸れました。
とどのつまり、私はホルスを助けようと思いました。シンパシー、とでも言うのでしょうか。他人のようには、思えませんでしたので。
乙女ゲームの主人公としてではなく、ただのココとして。
「もしかして、私のファン?」
そんなことを言ってみせます。きょとんとした皆さん(ライさんは以下略)を無視して私は続けます。
「えーっと、実技演習の私の魔法がすごかったらしくて、『魔法教えて!』っていう人が一時期たくさんいたんです」
嘘は言っていません。事実です。一時期そんなことがありました。これも主人公補正なのでしょうか。
きょとんとしたままのホルスに私は微笑みます。察しなさいと。
ホルスがはっとした動作をします。
「そ、そうであります! 自分! ファンであります!」
わたわたと腕を動かしています。
「・・・・・・動くな」
ライさんのぼそりとした声にそれはピシっと固まりました。
「そうだったの。モテモテなのね、ココ」
ふふ、とお姉様が私に微笑みました。綺麗です。美しいです。微笑みダイナマイツです。
「ふぉお・・・・・・、マリココだぁ」
むちゃくちゃ聞こえているのですが、ホルス。
ーーーーーー
ホルスのことは、職員たちの間でも噂になっていた。
顔を見せない一年生が入学したとのこと。
「本人の意向だ。我々は、1生徒として見守る義務がある」
学年主任に理事長はそう仰ったらしい。
ホルスの本名は、聞かされている。だが、生徒が嫌っていることを教師の僕がするのは体罰に近いのではなかろうか。
それにーーー
「ところで、マリココとかココマリってなにかしら?」
「・・・・・・焼くと美味い魚」
「そう! そうなんですよ!」
「そうであります!」
彼らを見守るのは、そう悪いものじゃないだろう、と思う。
未来を見ようとするのはもうやめた。今を大事に生きよう、と思う。
上手くいくかは、分からないけれど。
「お義兄様?」
マリアンナが僕に声をかけてきた。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんだか悩んでいるように見えましたので」
ああ、マリアンナ。君は変わらず素敵だね。優しいよ。
「いや、なんでもないよ。心配してくれて、ありがとう」
「大丈夫ですよ、お姉様。先生なら、ご自身の力でどうにかしますよ。ね?」
意訳:お姉様悲しませたら絶対許さないからな
ピンクが言う。減らず口は、僕がピンクを敵対視していた頃と変わらずだ。
でも、それでいい。
「もちろんだとも」
お前もな。
その意味を含んだ笑みを、ピンクに送った。
ーーーーーー
「・・・・・・」
「ら、ライ殿、まだ動いちゃダメでありますか・・・・・・?」
「・・・・・・動くな」
「はいであります・・・・・・」
新たな出会い。何を自分にもたらすのかは、ライには分からない。
ただ思うのは、
「ライ様が楽しそうで、私、嬉しいです」
愛しい人が、そばで笑っていてくれますように。
「ところで先生」
「なんだい、君?」
「いつまでここにいるんですか? 職員室にいなくていいんですか」
「安心したまえ、置き手紙はしておいた。君こそ、優秀だと高を括っていると、足元掬われてしまうよ」
愛しい人と自分が、大事に思う人が、仲の良いままでいてくれますように。
乙女ゲームの主人公、綺麗な悪役令嬢に陥落される もおち @Sakaki_Akira
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