第21話 メインヒーロー兄、見舞われる
雑音がする。砂嵐のような雑音が耳の中を駆け巡っている。
目の前が揺らいで見える。ぐらりぐらりとしていて、視界が安定しない。
ああ、でも、色が2つ--
――
ガチャリと扉を開ければ、気絶していた人が起きていました。
「先生、起きたんですね」
私は先生に声をかけました。顔色は、多少良くなってはいましたが、まだばっちりとは言い難い顔色です。
「覚えてないかもしれませんが、先生、去勢の途中、貧血で気絶したんですよ」
そんな先生を、ここ、休憩室に運んだのは、アークです。自業自得です。因果応報です。
「皆さんは、アークの監修のもと、牧場の草むしりをしてもらっています」
危険は、ありません。だからこそ、私は先生の見舞いに来たのです。
「情けないと、思うだろう」
先生がそんなことを言いました。掛け布団の下に隠された片膝をまげて、軽く抱えました。
見るからに、しょんぼり、しています。気にしているようです。
それが理由、というわけではありませんが、私は首を横に振りました。
「いいえ」
そう言って、続けます。
「誰しも、苦手なものはありますし、それを責めたり、バカにしたりはしませんよ」
「……」
「なんて顔、してるんですか」
私は思わず、口に出しました。
先生が変な顔をしていました。いつもの笑った顔ではなく、目を見張ったような、そんな顔です。やや、間抜けです。
「いや……、君がそんなことを言うとは思わなかった」
「べつに、私は、先生が嫌いな訳じゃないです」
好きでもありませんが。
ただ、弱っているところに、傷口に塩を塗るようなことはしたくないだけです。
「一番好きなのはお姉様ですけど」
正直なことを言うことも、外せません。
「私は、お姉様と仲良くなりたいだけです」
嘘偽りない言葉を、私は先生に言いました。
「じゃあ、しばらく寝ててください。今日は先生が監督しなくてはいけない実習はしませんから」
私が退出しようと背を向けた、そんなときでした。
ぱしっ、という音と共に、私の手首が掴まれました。
誰に? そう思ってしまうくらいの、意外な人物に。
「……」
「……」
私は、先生と見つめ合いました。
「……何か?」
私は先生に訊ねます。素直にお喋りは、なんとかできました。
私の声に、 先生がはっとしたような顔をしました。慌てた様子で私の手を解放してくれました。
「い、いや……す、すまない」
「……」
先生が、私に謝りました。いつものような、どこか棘のある謝り方ではありません。しおらしいです。しなしなしています。
んー、調子が狂います。私たちは、もっとこう、言いたいことを言い合う仲です。
お姉様との仲を邪魔されて、阻止するような、そんな仲です。
今の状況は、私にとってはむず痒いです。ですので、改善しようと思いました 。
「たぶん遠出して、疲れてたんですよ」
先生がきょとんとした顔をしました。ああ、やっぱり疲れているのでしょう。普段の先生なら、そんな顔はしません。いつもにこにこして、私に突っかかってきますから。
先生がそんな感じだから、
「ゆっくり、休んでください」
私だって、普段先生に言わないようなこと言うんです。
――
ピンクが、部屋から出ていった。マリアンナたちのところへ戻ったのだろう。
情けなくも、僕はいまだ本調子ではない。体は動かさないようにしていよう。
僕はベッドに身を委ねる。背中にあまり柔らかくない感触が生まれた。しばらくは、眠りにつけなさそうな、そんな固さだった。
その固さが、今の僕にはありがたかった。
「あれは┉┉、未来、か┉┉?」
あいつが来る直前、僕は夢を見た。
ピンクと赤が見えた。ピンクに赤が混じったように見えた。
ピンクから連想して出てくるのは、残念ながらあいつぐらいしかいない。僕の交遊関係に、ピンク色の髪の持ち主はあいつぐらいだ。
「┉┉」
先ほど見たのは、あいつの未来、なのだろうか。
だとしたら、あいつを警戒しなくてもいいのかもしれない。
マリアンナの未来においての、不確定要素が、確定要素に変わった。喜んでいいのだろう。
「……」
けれど、どうしてだろう。
夢として見たのが、初めてだからだろうか。
嫌な予感がする。
それは――
――
グエンが寝入り、ココがマリアンナたちのところへ向かっていたころ。
「……」
ライはしゃがんみつつ、雑草に登るテントウムシをメモ帳に描いていた。
「ほら、ミミズ。あっちぶん投げたぞ」
「ありがとう……」
ミミズに驚いたマリアンナをアークが対応していた。
「ココちゃん、まだかなー」
ココを待ちつつ、フウロがさぼっていた。
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