第20話 主人公、とめられない

 男性女性分かれる前に、アークが飼育小屋に皆さんを連れていきます。

 大中小の大人豚、子豚が柵の中で思い思いに過ごしています。餌を食べていたり、昼寝をしたり、追いかけっこをしていたり、様々です。

 

「えー、これも飼育の一つだから、見てほしい。……です」


 アークは、相変わらず、敬語が下手です。


「アーク、これからなにするの?」


 私自身も、なにをするのか聞かされていませんでしたから、訊ねます。

 アークは柵の中から一匹の子豚を捕まえると、置いてあった木箱に座りました。

 そしてしれっと、言いました。


「子豚の去勢」

「それ初日からやるものかな?!」


 私は思わず抗議しました。

 去勢。動物の繁殖を防ぐなどの目的で、雄の生殖腺を取り去ること。(辞書より引用)


「最初に、刺激のデカいことやれば、そのあと楽だろ?」

「リスクが高いから!」


 トラウマになったらどう責任を取るつもりなのでしょう。

 私がアークの胸ぐらを掴んでぶんぶんと揺すりますが、アークはしれっとしています。しかも、舌の先まで出してきました。

 噛めばいいのに!


「ココ」


 私がアークに頭突きをしようとした直前、お姉様がおずおずと手を挙げました。

 顔は少々、強ばっていました。

 無理もないでしょう。去勢なんて、必要な行為とはいえ、見てるだけでも痛いものです。しかも、おそらくお姉様は見たことがないでしょう。想像力は、実際の恐怖をより恐ろしいものに変えます。

 私がまだ、お姉様が悪役令嬢だと思っていた時のように。


「こ、これも勉強の内だから。少し怖いけれど……」


 お姉様はきゅっと、胸の前で両手を結ぶと、言いました。


「が、がんばるわ!」


 私は思いました。 

 け な げ !!!

 なんて健気なんでしょう。アークのとんでも要求に応じてくださるなんて。お姉様は、本当にお姉様ですね。最高です。


「ほらココ、えーっと、この人もこう言ってることだし、いいだろ?」


 まるで、前世の言葉で言う、鬼の首を取ったかのようにアークが言います。

 私はしぶしぶ、アークの胸ぐらから手を離します。


「お姉様、気持ち悪くなったらすぐに言ってください。休めるベット、ちゃんとありますので」

「ありがとう、ココ」


 いいえこちらこそありがとうございます幼なじみを立ててくれて。

 その意味を込めて、私は微笑みました。


―――


 マリアンナは優しい子だ。とてもいい子に育ってくれた。僕が心配になるくらい。

 結局、ほかの二人の拒否がなかったため、子豚の去勢が決行することになった。


「……」


 本当に、マリアンナは大丈夫だろうか。倒れたりはしないだろうか。教師の権限を使って、やめさせた方がよかっただろうか。

 ああ、どこまでが、甘やかしではないのだろう。

 未来が、見えないと、正しい選択が分からない。


「はいお前なーじっとしてろよー」


 ぴぎーぴぎーと子豚が悲鳴をあげている。


「……」


 耳を刺すような鳴き声だ。本当に嫌がっているような鳴き声だ。

 かわい、そうだ。


「よーしよし」


 幼なじみが、太股の間に子豚を逆さにして挟んだ。子豚がじたばたと暴れるも、全く効き目がない。

 子豚は、無力だった。


「いいかー、ここを、ねらって」


 幼なじみが、子豚の丸出しになった尻に爪切りを向けた。


「まっ……!」


 僕は思わず声を上げてしまった。


「? どうした、センセ?」

 

 僕は一拍後に咳払いをすると、いつもの表情を作って訊ねた。


「いや、麻酔はしないのかと思ってね」

「しねえよ」


 なに言っているんだこいつは? という風に言われた。


「問題ねえよ。子豚でも、こいつら頑丈だから」


 そう言って、気を取り直してというように、子豚の尻に爪切りを近づけた。

 皮膚に、刃が当たった。幼なじみの爪切りを持った手が動く。


「アークま――」


 パチン


 誰かの声と、金属の鳴る音がした、気がした。


―――


「アーク待って!」


 その言葉と、爪切りが音を立てたのが同時だった。


「……!」


 唐突に降りかかってきた重さに、ライは体を踏ん張らせた。

 肩を見れば、自分の兄がもたれ掛かっている。目を閉じた状態の顔は、お世辞にも健康的とは言い難い。


「おいどうした?!」

「お義兄様?!」


 呼びかけられるも、兄が目を開ける素振りを見せない。

 息は、している。おそらく、これは――


「……貧血、か」


 ライがそう言えば、アークが申し訳なさそうな顔をした。


「耐性なかったんだな」

「アークが爪切り近づけていくごとに、顔色悪なってた」

「だからココちゃん、止めようとしたんだね」

「……重い」

「ぴぎー! ぴぎー! ぴぎー!」


 しばらくの間、収集がつかなくなった。

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