第17話 チャラ男、画策する

前世で言う夏休みがこの世界にもあります。学生は、授業がなく、終日自由な日が何日も続きます。

 学園に入学する前の私は、その時期になると家の近くの牧場のお手伝いをしたり、アークと魔法と剣の修練をしたりしました。

 早馬の手紙が来たのは、そんな休みが始まる少し前のことでした。


「明日、故郷に帰ります」


 手紙が来た次の日に、私はお茶会でお姉様に言いました。


「何か、大変なことがあったの?」


 お姉様の整った眉が下がります。そんな顔をさせたくはなかったのですが、話さなくてはいけません。


「実は、故郷の牧場で働いてくれるはずだった人たちが、馬車の事故で来れなくなってしまったらしいんです」


 手紙の差出人は私のパパンで、素っ気ない字で書かれていました。私のパパンはシャイです。変わっていませんでした。

 『牧場、多忙、早急、帰郷』(意訳です)でした。


「人手不足なんで、私も助けにいかないと」


 休みいっぱい、手伝わなくてはならないそうです。

 本当だったら、三日ほど早く学園に戻り、お姉様と一緒に楽しい楽しいクッキングレクチャー会(命名:私)を催すはずでした。

 ですが、故郷の危機に黙ってはいられません。もし黙ってお姉様と一緒にいることを選んだのなら、私は私を許せません。

 お姉様の隣に立つべき人らしからないですから。


「……」


 ああああああああああああああああああああああいやだあああああああああああああああああああああああああお姉様ともっと仲良くなりたかったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!


 未練はたらたらですが。上手くいかないのが人生ですが、こんなところで起こらなくてもいいでしょう。

 断腸の思いを抱えたたま、私は笑顔で言いました。


「また、休暇明けに、お会いしましょう」


――


 ピンクが故郷に帰った。お茶会は静かだ。


「ココ、今頃何しているのかしら」


 マリアンナが呟く。


「きっと、頑張っているよ。彼女は、頑張り屋だから」


 僕は笑顔で言った。頑張り屋は、裏を返せば頑固だ。そう、あいつは頑固だ。まったく。


「無理をしてないといいのだけれど」


 マリアンナが顔が曇る。

 ピンクが手首を怪我した時と違い、ピンクが来ない理由ははっきりしている、マリアンナのせいじゃない。断じて。

 それでもマリアンナの表情が芳しくないのは、それほどまでに、あのピンクのことが気に入っているのだろうか。

 心を許すくらい。いて当然と思うくらい。


「……」


 僅かに、唇を噛んだ。


「やあ! こんにちは!」


 その声に驚いた拍子に、僕はさらに唇を噛んだ。ゆっくり腫れ始めた肉を離す。

 声のした方を向けば、生垣の中から、深緑の彼が飛び出していた。髪の色と相まって、木の葉と同化しつつある。


「フウロさん……」


 マリアンナが驚いた顔をしながら、彼の名前を呟いた。どんなに破天荒な人物でも、きちんと敬意を払う、マリアンナ。良い女性だ。


「やあ、マリーちゃん! 今日も可愛いね!」


 彼がそんなことを口にしたから、僕は無言で彼を見つめた。よく見ればライも見つめていた。

 じっと。見据えていた。


「……まあ、俺は今ココちゃん一筋だけどね」


 彼は肩を竦めると、僕たちの方に近づいてきた。

 ある程度距離を詰めてきた彼が、片手を上げ、人差し指を立てた。


「ここで相談です」


 彼が言う。


「ココちゃんと一緒に長期休暇過ごす代わりに、俺たちがほとんどしたことがない肉体労働するの、どう思う」


 なぜ今ここでピンクの名前が出てくるのだろう。

 嫌な予感がした。


「……何を、考えているんだ?」

「センセにも協力してもらわなきゃなんだけどさ」


 そう言って、彼は内容をつぶさに語る。

 語り終えた頃には、マリアンナの顔が晴れ上がっていた。綺麗だ。


「とても良い考えです!」


 その顔に、そしてその後の説得に、僕はついに折れてしまった。

 まあ、その、これは違うんだ。そう、マリアンナが素敵なレディーになるためのある種の経験なんだ。間違っては、いない、はずだ。

 だ、大丈夫だ。何があっても僕が守る!

 そう心に誓い、僕は書類を提出するためにお茶会を後にした。


――


 フウロよりも近く、ライはマリアンナのそばにいる。牽制している。


「……」


 牽制しながら絵を描き続ける。


「……綺麗な、ところだといいな」


 そう未来予想図を描きながら、マリアンナのころころ変わる表情を描き続けた。


「ライ君! 俺の絵も描いてよ!」

「……」


 無言で首を振りつつも。

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