第16話 主人公、ぶち当たる
ぶち当たりました。
人生、前世を含めなければ、今世初のことです。
お姉様に嫌われたいいえ違います。断じて違います。そうだったらば、私は何も考えられていません。泣いています。本気で泣いています。
「・・・・・・あちゃー」
私は溜め息をこぼしました。手に持った順位表は瞬きをしても変わりません。事実だけを突きつけてきます。
「やっぱりだめだったー・・・・・・」
私の名前は、下から探した方が早いところにありました。書いた解答に自信はありませんでしたから、当然と言えば当然です。
というか、私もできないことがあるんだと思いました。私は主人公補正のせいか、私は勉強はできる方です。それがどうでしょう。今回ばかりはそうは言えない結果です。
できることばかりではなくて、できないことがある。思い通りにならないこと、良い結果が起こらないこと、様々なことが起こるのが人生と言うものです。
改めて、この世界で私は生きていると実感しました。
と、実感もいいですが、さすがにこれはまずいです。
「おや、君。一体どうしたんだい? 優秀なはずの君がそんな点数を取るなんて。気が抜けたのかい?」
お義兄様の嫌味ったらしい言葉が頭に浮かび、自然と口の中が渋くなりました。うるさいですお義兄様黙ってください。
「ちょっと貴女!」
その声と共に、ばちん、と机の上に誰かの両の掌が叩きつけられました。音が痛そうです。
おや、この感じは既視感があります。前世ではなく、今世で。割と最近に。
見上げれば、少女が私を見下ろしていました。気の強そうな目で、私を睨むように見つめています。
以前、私の順位が自分よりも高いからと因縁をつけてきたテンプレ少女です。後ろの二人も今日も一緒です。仲がいいですね。
「なによこの順位! まさか手を抜いたのではないでしょうね!」
順位表を見て、少女の名前を探せば、上位に名前が載っていました。やはり、少女は優秀でした。
「ちょっと、苦手で」
私が正直にそう言えば、少女はふんと鼻を鳴らしました。
それから少女は、ぽそぽそと言葉を紡ぎました。
「なら……、私が教えてあげてもよくってよ……」
私は驚いて目を見開きました。少女から、こんな申し出をしてもらえるとは思っていませんでしたから。どういった心境の変化でしょう。
少女が顔を赤らめました。
「か、勘違いしないでくださる! その、私はあなたに教えてもらった借りを返すだけなんですからね!」
ツンデレさんです。これもまたテンプレな。後ろの二人がしょうがないなあといった具合に笑っています。仲良しさんですね。
私は少女にばれないように小さく笑ってから、少女にお願いしました。
「お願い、できる?」
――
「――ということがありました」
「またその子と話せたのね」
「……」
ピンクの話がやっと終わった。嫌味の一つでも言おうと思ったが、なんということだろう、生徒の友好関係の美談になってしまった。水を差そうにもさせない。僕は教養ある大人だからね。手当たり次第上げ足を取ったりはしない。取捨選択は出来る。
選択をしたときの、容赦はするつもりはないけれど。
マリアンナがピンクに微笑む。
「よかったわ。その子と仲良くなれそうで」
「仲良く、なれたのかなあ、って思います」
ピンクが曖昧に言えば、マリアンナが首を振った。
「きっと、その子はココと仲良くなりたいのよ。そうでなかったら、自分からココに話しかけたりしないわ」
「でも、ちょっと、威圧的なんですよ? 『こんなことが分からないんですの?! 仕方ありませんわね! 教えて差し上げますわ!』って」
「恥ずかしがり屋なのね」
ああ、マリアンナ。人を邪推しないその清らかな心が、僕には涙が出そうなほど眩しいよ。
「で、でも!」
ピンクは何を思ったか、マリアンナの手を両手で掴んだ。
僕は腰をわずかに浮かし、すぐにでも引き剥がせる体勢を取った。
何をする気だ、ピンク。マリアンナに害を及ぼす気なら、容赦しないぞ。
「私が一番仲良くなりたいのは、お姉様ですから!」
ピンクが顔を赤くして言った。言ったというより、ほぼ叫んでいた。
恥ずかしい奴め。けれど、マリアンナに害はなさそうだ。僕は腰を下ろす。
ライの腕が動いた。伸びて、マリアンナの肩を抱いて、そのまま自分の方へと引き寄せた。
「……一番は、俺だから」
ピンクを見ながら、ライはそう呟いた。
僕は心の中で拍手をした。よくやったライ。最近はよくマリアンナに物理的に構ってきたな。いい傾向だと思うぞ。
「……しょ、承知しています」
ピンクが顔を酷く歪めながら、そう言った。今日も変わらず挙動不審だ。油断ならない。
油断ならない。けれど、ほんの少し、本当にほんの少しだけは、気を許してもいいのだろうか。
ピンクが僕の視線に気づいた。
「……なんですか、先生。私にとって先生は一番尊敬に値するくらいの人ですよー。恐れ多いくらいー」
意訳:日常生活で絡みたいと思わない
よーし、そっちがその気なら容赦しないぞ。
――
今日も今日とて、お茶会は賑やかだ。
腕に感じる愛おしい熱が心地よい。
「ら、ライ様……」
マリアンナの恥じらう声が耳に入る。
「マリー」
呼びかければ、マリアンナがライを見上げる。赤みを帯びた顔が、紫の目に映る。
「……あの二人、今日も話してる」
「……ええ、そうですね」
「……兄貴、人間してる?」
「……はい!」
嬉しそうな顔をしたマリアンナを、ライはほんの僅かに口端を上げた。
描き途中の絵は、その笑顔に決めた。
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