第15話 主人公、いじられる

「お姉様、早速昨夜使ってみました!」


 お茶会のガゼボに着くと、私は早々言いました。すごいです、お姉様がくれた香油。まだ良い匂いがします。ここに来るまでに三回ほどターンをしました。今度は知り合いには出くわしませんでした。


「嬉しいわ」


 お姉様はそう言って、私に顔を近づけました。


「よかった。イメージした通り、ココに似合っていて。安心したわ」


 間近での微笑みは、破壊力がすご過ぎました。思わず唇を噛みました。ぐわふぃふぃ(訳:可愛い)

 頭が揺れたせいか、私の髪の毛先が、お姉様の頬を掠めました。

 お姉様がしばらく私の髪を眺めると、ふと呟きました。


「ねえ、ココ。ココの髪に触れてもいいかしら」


 私は驚いて、さらに唇を噛みました。痛いです。痛いですが、驚きの方が大きいです。

 お姉様が? 私の髪を? 触りたい? あの綺麗な手が? 私の髪に触るの? えどうしよう驚きすぎて声がどこか行っちゃった

 固まってしまった私に、お姉様が申し訳なさそうに眉を下げました。


「やっぱり、嫌よね。急にごめんなさい」


 違います違います違います。謝らないでください。

 私は唇を開き、思いっきりお腹に空気を入れ、唾を音を立てて飲み込みました。勢いが良すぎて少々咽ました。

 

「い……、いえ、いえ! ちょっと驚いただけで! 嫌じゃ、ないです……」


 思いがけず大きな声が出たため、最後のあたりは小さな声になりました。

 お姉様が目をぱちくりして私を見ています。ライさんは変わらず絵を描いています。我関せずといった具合に、お姉様の好きなようにさせています。

 私だって、そうしたい。お姉様の好きなようにしてもらいたい。お姉様に喜んでもらいたい。

 私は両手でお姉様の両手を掴むと、まっすぐにピンクの草原にご招待しました。


「存分に、触ってください」


 私はお姉様の両手を放し、にっこりとお姉様に微笑みました。

 お姉様は私をしばらく見つめた後、ゆっくりと顔を綻ばせました。


「ありがとう、ココ」


 頭にお姉様の手が動くのを感じます。優しく、慈愛に満ちた動きです。時折り、指に絡ませているのか、髪が引っ張られている感じがしました。痛くないです。くすぐったいくらいの感触です。

 

「思った通り、ココの髪、柔らかいわね」

「癖っ毛なんです。朝とか寝癖付くとなかなか直らなくて」


 そんな話をしながら、私は髪を撫でられます。愛犬の、ミシェラになった気分です。気持ちいいです。


「……」


 私は、お姉様に髪を触らせられる(むしろお願いしました)ほど、お姉様に気を許しています。これが元悪役令嬢ではなかったら、私は毒殺か刺殺かされているでしょう。その辺りは安心しています。

 ですが、お姉様の指先が私の耳に当たる度、こそばゆくて、肩が震えそうになりました。

 

 気持ち良いーけどなんか恥ずかしくなってきたああああでもお姉様が幸せそうだから嬉しいいいい


 私はお姉様に気づかれないように、膝の上で結んだ両手に力を込めました。

 しばらくして、お姉様の手が離れました。寂しさを感じました。


「ありがとう、ココ。とっても素敵な髪だったわ。……顔が赤く思うのだけど、大丈夫かしら」

「だ、大丈夫です!」


 ただ恥ずかしかっただけです。

 

「……」


 私は息を整え、お姉様に言いました。


「あの---」

 

 恥ずかしいのなら、いっそのとことんまで。

 

――


 この状況は由々しきことだ。


「お姉様の髪、すっっっごくさらさらです。綺麗です」

「ふふ、ありがとう」


 ピンクがマリアンナの髪に触れている。ピンクに背を向けたマリアンナの後ろ髪をピンクの指が絡んでいる。

 三つ編みだ。すでに一本が出来ており、マリアンナの後ろ髪の半分を使っている。艶やかな黒髪が編まれていく様は、まるで上質な絹が編まれていく様に似ている。


「……ん゛ん゛!」


 ピンクが時折咳ばらいをしている。挙動不審で仕方ない。

 けれどそんなことは、どうでもいい。


 マリアンナ、三つ編みも、可愛い。


 呆けた顔にならないように、僕は顔に力を入れ、話しかける。


「やあ、楽しそうだね」

「あ! お義兄様!」


 マリアンナが視線だけ、僕に向けた。ピンクが髪を編んでいるから動かなかったのだろう。今日も優しいね、マリアンナ。

 

「はい! 出来ました!」


 ピンクが声を上げた。

 マリアンナの普段は下ろしている髪が、二つの三つ編みに変わっていた。マリアンナが首を振る度に振り子のように可愛らしく揺れた。


「三つ編みなんて、あまりしないから……似合う、かしら?」


 似合うよ。

 僕は即答しそうになるのを堪え、状況を窺った。

 マリアンナがピンクに振り返り、ピンクに問いかけた。


「……」


 ピンクは無言だった。かと思えば、片手を口に当て、大きく頷いた。


「よく……似合っています」


 くぐもった声で、そう言った。挙動不審だ。油断できない。


「よかった。……お義兄様は、どう思いますか?」


 似合うよ可愛いよ。

 再度、即答しそうになるのを堪え、僕はゆっくり微笑んだ。


「うん。よく、似合っているよ」


 そう言えば、マリアンナは笑った。その髪型で笑うと、相乗効果でとても可愛らしかった。

 僕は、ピンクを見やる。ピンクはマリアンナを見つめている。きつく、ではないまでも、強い眼差しだった。


「……」


 ピンクが僕の視線に気づいた。ピンクはなぜかニコっと笑うと、マリアンナに言った。


「喜んでもらえてよかったです。私もお姉様みたいにさらさらだったら良かったなぁ」

「そんなことないわ。ココの髪、すごく柔らかくて気持ちよかったもの」


 なんだ今の会話は。

 ピンクがマリアンナの髪に触ったのは見た。ついさっき見た。けれど、マリアンナがピンクの髪に触ったことは知らない。

 僕が来るまでに、そんなことがあったのか。


「……」


 ピンクめ。

 勝ち誇った気になるんじゃない。僕だって、マリアンナの髪に触ったことがあるし、触ってもらったことがある。お前がマリアンナに会うよりもずっと前だ。僕の方が早いんだ。

 良い気になるなよ。マリアンナは僕が守る。


「……」


 その意を込めて、僕はピンクに微笑んだ。

 ピンクは見ていなかった。

 

――


 マリアンナの、普段見ない髪型に、スケッチブックを消費する速度が上がった。


「……」


 描いては次のページへ。描いては次のページへ。

 まったく飽きが来ない。


「……俺も、触りたい」


 出来れば、二人きりの時に。

 そう思いながら、ライは三つ編み姿のマリアンナと微笑み続ける二人を描き続けた。

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