第12話 メインヒーロー、牽制する
時間は、少し戻ります。
あの先生を、あっと言わせたくない?
私は即答しました。
「やります」
というわけで始まりました。『ドキッ! 主人公と攻略キャラの3分 (ではありませんが)クッキング』。わーぱちぱち。
計画は、こうです。
1.フウロさんに美味しいクッキーの作り方を教わる。
2.クッキーを作る。
3.お姉様に喜んでもらう。
4.あのお義兄様にお店で買ったものだと勘違いさせて赤っ恥をかかせ、ぎゃふんと言わせる。
以上となります。なんという一石二鳥。いえ、美味しいクッキーを食べられるのですから、一石三鳥でしょうか。
「材料と器具は揃えてあるから、早速始めよう」
フウロさんに連れられて、私は食堂の厨房に入りました。ちなみに、三年生の寄宿舎の厨房です。フウロさんは私より二つも年上だったようです。
「私、一年生なんですけど、いいんですか?」
基本、他学年の寄宿舎に入ることは禁止されています。そうでなかったら、私はお姉様の寄宿舎に通い詰めています。
「いいのいいの。ちゃんと『一年生の可愛い女の子とお菓子作りしたいから厨房貸して』っておばちゃんには許可取ったし」
なんという準備の良さでしょう。私が断っていたらどうするつもりだったのでしょうか。
「ちなみにココちゃん、お菓子作りの経験は?」
「おそらく、人並みにはあると思います」
フウロさんが急に私のことをじっと見て、はっとした顔をしました。
「ココちゃん、もしかして貴族じゃない?」
「そうですけど」
「そっか! だから俺のことも殴れたんだね!」
殴ったことは、あまり大きな声で言わないでいただきたい。
「ほら、貴族って、自分で料理しないでしょ? 料理人雇って、夕食でもお菓子でも作ってもらっている。だから、料理もお菓子作りも経験ない子が多いんだよね」
「……フウロさんは、平民なんですか?」
「ううん。これでも貴族の端くれ」
自分でこれでもと言うあたり、貴族らしくないことに自覚があるようです。なぜ直さないのでしょう。
「なら、どうしてお菓子作りができるんですか?」
貴族には珍しい趣味なのでしょうか。
「決まってるじゃない。皆ができないことをできるって、ポイント高いでしょ?」
趣味なようです。尊敬の念が全く起きない不純な理由で始めた趣味なようです。
「あ! 今はココちゃんにしか興味ないよ!」
今は、の部分も全て聞き流して、私は材料の入ったバスケットの中身を見ました。
砂糖。卵。バター。小麦粉。バニラエッセンス。材料自体は見たことがあります。子供のお小遣いでも買えそうな物ばかりです。
ですがーー
「……あの、これ、絶対材料費高いですよね」
「そのあたりは気にしないで。俺持ちだから」
ようやく彼が、貴族であることが分かりました。
私は高級材料のプレッシャーを感じながら、エプロンを身につけました。小麦粉をボールに移すときも、砂糖を量るときも、卵を割るときも、若干手が震えました。
「流石、慣れてるね」
フウロさんが言いました。彼は見ているだけです。私一人の手で作らないと計画が成功しないので当然ですが。
「……話しかけないでください。材料を無駄にしたくありません」
「だからそんなに真剣なんだ。大丈夫だよ、ちょっとくらい。前に一緒に作りたいって言ってきた女の子は、小麦粉ひっくり返してたから」
そんなあっけらかんと言われても困ります。この学園に入学はしましたが、私が平民であることは変わりません。金銭感覚も変わりません。高額食材に免疫などありません。
なんとか、無駄にせずに、材料を一つのボールに入れることに成功しました。第一関門を突破です。
「これだけいい材料揃ってれば、絶対美味しくなりますよ」
私がそう呟けば、フウロさんがちちち、と舌を鳴らして指を振りました。
「そう言ってケーキのスポンジ黒炭にした女の子いたよ」
なんてもったいない。それに何をどうしたら黒炭になるのでしょう。少々気になります。
「材料が良くっても、それを活かしきれなきゃ、ね。それともう一つ」
フウロさんがもったいぶるように言葉を切り、続けました。
「食べてもらう人の笑顔を思いながら作らなきゃ、美味しいものも、美味しくならなくない?」
そう投げかけられました。
私は故郷のママンのことを思い出しました。いつも笑顔を絶やさず、時に怒るママン。そんなママンの作るホワイトシチューが私は大好きです。私が美味しいと言うたびに、ママンも笑顔になりました。
そういうこと、なのでしょう。フウロさんが言いたいことは。
「……分かります」
「でしょ。だからね、そんな固くならずに、食べてもらう人、ほら黒髪美人ちゃんの笑顔、思お?」
私はお姉様の笑顔を思い浮かべました。
嬉しそうな笑顔。はにかんだ笑顔。恥じらった笑顔。いろんな、私の知りうる限りの笑顔を思い浮かべました。
……。
可愛いどれも可愛いお姉様本当に可愛い
「ココちゃんって、ホントに面白いね」
ボールに視線を落としたまま、必死でにやけるのを堪えている私に、フウロさんが呟いた声がしました。
--
「と、いうわけで作りました」
「ココが作ったの! すごいわ!」
翌日、私はお茶会にクッキーを持っていきました。
焼き上がったクッキーの粗熱を取った後、袋に入れて湿気ってしまうのを防いでいました。今は、さも買ってきたものをお皿に移し替えたかのように、お皿に持っています。
「味見したけど、美味しかったから、味は保証するよ」
フウロさんもいらっしゃいました。出来れば来てほしくはなかったのですが、教えてもらった手前、そのようなことは言えませんでした。
「いただきます」
お姉様が一枚、クッキーを摘まみました。その愛らしい口に入れ、サクリと音を立てて噛みました。お姉様が食べています。緊張の時間です。
お姉様が言いました。
「美味しいわ! 本当に美味しいわココ!」
はしゃぎながら、顔を綻ばせました。
「……」
私は無言で隣にいたフウロさんの手を両手で掴みました。
「……ありがとう、ございます……!」
声を絞り出すようにして、お礼を言いました。
はしゃぐお姉様。顔をほころばせたお姉様。そのことをちょっと恥じらうお姉様。
可愛いです。むちゃくちゃ可愛いです。こんなに可愛らしくて心配になるくらい可愛いです。
「どういたしまして―。可愛い女の子の喜ぶ顔は、俺の栄養源だからね。お安い御用」
フウロさんがニコニコと言います。ああ、一言目以降がなければ、私も心からフウロさんを尊敬できるのでしょうけれど、出来ません。これが彼の、攻略キャラとしての補正なのでしょうか。
「マリー」
ずっと絵を描いていたライさんが、お姉様を呼びました。
「俺にも」
「分かりました」
お姉様が、クッキーの乗ったお皿をライさんの近くへ移動させました。手を伸ばせば届く距離です。
ですが、ライさんは手を伸ばしません。
不思議そうな顔をしだしたお姉様をライさんが見つめます。
「……」
ゆっくりと、ライさんが口を開けました。薄く、丁度クッキーが一枚入るくらいの幅です。
「わぁ……」
フウロさんが小さく声を出しました。私も出したくなりましたが、堪えました。
「マリー」
ライさんがまた、お姉様を呼びました。お姉様の顔は赤いです。意図が分かっているのでしょう。
お姉様がクッキーを一枚、その白い指で摘まみました。ゆっくりと、僅かな震えも持って、ライさんの口元に近づけます。
ライさんの唇にクッキーが触れようとした、その瞬間でした。
「……」
流れるような仕草で、ライさんはお姉様の手首を掴むと、そのままクッキーを口の中へ招きました。
私は、見逃しませんでした。お姉様の指先が、ライさんの唇に食まれていたことを。
お姉様の手を自分から遠ざけ、ライさんがクッキーを噛みます。噛みます。噛みます。
「……美味しい」
私を見ながら言いました。
私は、思いました。
だからメインヒーローはああああああああああああああああああ! 本当嫌味なく様になるからああああああああああああああああああああ! それ絶対牽制ですよね! お姉様は自分のってフウロさんにアピールしてるよねええええええええええええええ! すげええええええええええええええええええええええええ! そしてびっくりして顔真っ赤にしてるお姉様可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
その意を込めて、私はなんとか叫ぶのを押さえながら、言いました。
「それは、よかったです……それから……ごちそう様、です……」
「右に同じ-」
お腹と胸が、いっぱいになりました。
――
ライはティーカップのお茶を飲んだ。パサついた口が潤う。
「絵は、描けましたか?」
隣のマリアンナが訊ねてきた。
ライは完成間近の絵を見せた。自分の兄の、普段見れない顔だ。
「素敵」
マリアンナが言った。クッキーの粉がほんの少し端についた口で。
素敵なレディ、とマリアンナは時折り口にする。今の姿は、ほんの少し遠いだろうか。
けれど、それでも――
「マリー」
ライはマリアンナの口端に唇を近づけ、クッキーの粉を舌先で舐め取った。
「ついてた」
顔を真っ赤にした愛らしい婚約者を、他の三人が思い思いの反応する姿を、ライは新たに描いていく。
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