第11話 主人公、練る

 さて、この状況をどう打破したら良いのでしょう。


「やあ! 今日の授業ってもう終わり?」


 この人です。脳内お花畑ナルシストマゾストーカー攻略キャラ男子生徒です。誰も攻略したくないような方です。このような方を攻略したい奇特な方、いらっしゃるのでしたら、是非変わっていただきたいです。


「……」


 私は無視して、男子生徒の横を通り過ぎようとしました。


「ねえ、これから町に行こうよ」


 男子生徒が私の前に立ち塞がりました。足を横に動かして、いわゆるカニ歩きをしました。

 私は、反対側から通り過ぎようとしました。


「美味しいケーキのお店、知ってるよ」


 またしても、男子生徒が私の前に立ち塞がりました。足を横に動かして、いわゆるカニ歩きをしました。

 何なんでしょう、これは。前世の知識の、カバディという遊びでしょうか。


「あの……私、忙しいので」

「今日もお茶会あるの? 俺も行っていい?」


 今日は残念ながらお茶会はありません。ようやく会えたお姉様に会えません。つらい。


「あるとしても、あなたは来ちゃだめです」

「えー」


 不満そうな声を男子生徒は出しましたが、嬉しそうな顔をしています。正直言って怖いです。


「いいのかなー。あの黒髪美人ちゃんが喜ぶこと、教えてあげようと思ったのになあ」


 私は目を見開きました。お姉様が喜ぶこと? 気になります。とても気になります。

 ですが、私はこの男子生徒と関わりたくありません。表情を元に戻し、私は言いました。


「遠慮します。名前も知らないのに、あなたのことを信用できません」

「じゃあ名前言えばいい? 俺はフウロ。フウロ・サモ。気軽にフウロって呼んで」


 マゾの方改め、フウロさんがそう言いました。出来れば敬称を付けたくありませんが、性分なので仕方ないです。


「君の名前は?」

「言いたくありません」


 私がそう言えば、フウロさんが何故か頬を押さえました。

 昨日、私が叩いた側でした。


「いたたたた。急に昨日の痛みが。痛いよー、こんな酷いことするなんてー、生徒指導の教師に言いつけてやるー」

「……」


 白々しい。

 声がまったく痛がっていません。痛がるふりをしながら、私の方をちらちら見るのはやめてください。むちゃくちゃ腹が立ちます。

 私は思いっきり、本当に思いっきりため息を吐いてから、自分の名前を言いました。言わないと延々痛がるふりをしそうでしたので。それは酷く、鬱陶しいです。


「ココちゃん! 可愛い名前だね! 君にぴったりだよ!」

「あはいそれはどうもありがとうございます」


 私は一切の感情を込めずに言いました。もう嫌ですこの人。早く帰りたいです。


「よし。お互いの名前も知ったところで、俺から黒髪美人ちゃんが喜ぶことを教えよう」


 どうやらそれは本当のことだったようです。フウロさんはニコニコしながら続けようとしましたが、私が制しました。


「教えた代わりに、私と付き合ってと言うのでしたら、謹んで遠慮します」

「わーっ! いいねその警戒心! すごくそそる!」


 どうしましょう。攻略キャラにこんなこと思っていいのか分かりませんが、すごく気持ち悪いですこの人。性格というか性癖が歪んでいます。


「と、冗談はこれくらいにして」


 どこからどこまでが冗談だったのでしょう。懇切丁寧に教えてもらいたいです。


「俺、ココちゃんの怪我、治りかけだったのに痛めさせちゃったでしょ。そのお詫び」


 ごめんね、とフウロさんが謝ってきました。突然の真面目な内容に、私は困惑しました。

 ああ、こうやってチャラ男枠の方は唐突に真面目になって、そのギャップでプレイヤーを落とすのでしょう。残念ながら私には、気持ち悪い面が勝っていました。無理です。

 ですが、謝罪を素直に受け入れる教養はしっかり備わっています。


「……もう良くなったので、大丈夫です」

 

 お姉様の治癒魔法のおかげで、もう殆ど良くなりました。ありがとうございます、お姉様。


「ホント! 良かった! じゃあほら! 喜ぶことしにいこ!」

「ちょっとまだ良いって--」


 言っていないです。と言おうとしましたが、フウロさんの次に出てきた言葉に、私は即答しました。


「やります」



――



 昨日のピンクの顔は傑作だった。

 今日はお茶会がある日だ。昨日のことを思い返しながら、マリアンナの笑顔を見れば、僕は達成感に満たされるだろう。


「お義兄様!」


 ガゼボに近づけば、僕の姿を見止めたマリアンナが僕に笑顔を向けた。今日も変わらずに素敵だね。


「やあ、マリアンナ。今日の授業はどうだったかな?」

「はい。魔法史を学びました」

「それは良いね」


 ガゼボには、マリアンナとライがいた。あの忌々しいピンクの姿はない。

 僕が辺りを見回していると、察してくれたマリアンナが僕に言った。


「ココは、今日は図書室に行くと言っていました。宿題で調べ物をしなくてはいけなくなったらしくて」


 なんて。なんて昨日と今日は良い日なんだ!

 昨日はピンクに一泡吹かせられた。今日はあいつ抜きでお茶会が出来る。あいつが来る前みたいに。こんないいことが他にあるだろうか。あいつがいない理由を知っているためか、マリアンナは笑顔だ。完璧だ。素晴らしい。


「あ、お義兄様。今日は、お茶菓子はクッキーなんです」


 マリアンナがテーブルに置いてあったクッキーが並べられた皿を僕に近づけた。

 

「ありがとう。どこの店のだろう」


 お茶菓子は、僕やライが買ってくることもあるが、マリアンナが買ってくることもある。最近ではあのピンクも。あいつが買ってきたのは、僕は気づかれないように食べているふりをしている。

 クッキーは、綺麗な焦げ目がついている。厚さもそれぞれ違っていて、手作り感が満載だ。パティシエがあえてそうしたのだろうか。


「美味しいですよ」


 マリアンナは僕の質問に答えず、クッキーを薦めてきた。マリアンナが言うのなら、美味しいのだろう。

 僕はクッキーを一枚、手に取った。

 口に挟み、歯を立てた。

 サクッとクッキーの砕ける音が何故かよく響いた。

 僕はクッキーを味わった。バターの程よい滑らかさと砂糖の甘さを感じた。


「確かに、美味しいね」


 僕は飲み込んでからそう言った。マリアンナの言った通り、美味しかった。

 当たり前のことを言っただけだ。

 けれど――



「やったー!」



 突然の歓声に、僕は笑顔をそのままに固まってしまった。

 マリアンナが笑っている。口元に手を当てて、心底面白がっている。

 これは、一体。


「お義兄様」


 マリアンナが僕に言う。


「そのクッキー、この子が作ったんです」


 この子とマリアンナが告げた瞬間、マリアンナの背中から、ガゼボのベンチの向こう側から、色が出てきた。

 ピンクだ。

 

「美味しい。確かに、いただきました」


 ピンクが笑った。にっこり。にーっこりと。してやったりの笑顔だった。


「ちなみに。監修は俺ね。先生は知ってるもんね。俺がお菓子作って女の子にあげてたこと」


 ピンクの隣に、あの彼が出てきた。ピンクに付きまとっていた彼だ。

 結託しやがった、この二人。

 意図せず、汚い言葉が出た。反省。落ち着こう。


「そうだったのかい。驚いたよ。ちなみにいつの間に作ったんだい?」

「昨日の放課後だよー。食堂のおばちゃんに少し厨房借りてね。材料は俺持ちで、ちゃんと許可も取ったよ。怒られるようなことはしてないよ。今回は」


 なぜ今回だけ、外堀を固めているのか。これでは注意が出来ない。

 ……。

 最悪だ。折角いい日だと思っていたのに。


「お義兄様」


 マリアンナが僕に言う。


「遠慮せずに食べていいんですよ。私たち、沢山食べましたから」


 ああ、マリアンナ、申し訳ないが君の善意が今は痛いよ。

 でも、仕方ないね。僕は君の笑顔が大事だ。

 そのためなら、避けていたことも甘んじて受けよう。


「……美味しいよ」


 認めたくないが、本当に認めたくないが、クッキーは、美味しかった。

 いや、これは素材がいいのであって、決してピンクが作ったから美味しいわけじゃないんだ。

 そうだ。絶対そうだ。

 ピンクなんか、大っ嫌いだ。


――


「……」


 口の中が甘い。少し渇いている。そろそろお茶が飲みたい。


「……上手く、いったな」

 

 普段は見せない、複雑そうな顔をしている兄の顔を描きながら、ライはティーカップに手を伸ばした。 

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