第10話 主人公、思い返す
夜です。お休みの時間です。月の光がカーテンを通して部屋に入ってきます。
「……」
私はベッドに横になっていましたが、眠れません。灯りを消しても、眠れません。ふかふかのベッドで寝心地は最高なのですが、眠れません。目を閉じては開け、目を閉じては開け、寝返りを何度も打ちました。
「……ああうわああ」
私は呻き声を上げながら上半身を起こしました。
今日のこと夢じゃないよね現実だよね私が禁断症状で生み出した妄想じゃないよねそうだったら泣くすっごく泣く
両手で顔を覆い、今日のことを振り返りました。
「ココ」
お姉様の優しい声と、抱擁の感触が甦ります。ついでに良い匂いも。
これで夢だったら本当にしんどい匂いまで鮮明とか私末期でしょああでも夢だとしても良い夢過ぎる私の妄想すご過ぎ
これをかれこれ1時間は繰り返しています。
夢ではないと仮定して、今日の出来事は私の中で一大イベントでした。お姉様に抱き締めてもらって、私がいないと寂しいと言ってもらえて、嬉しくてたまりません。
「……あ゛あ゛う゛あ゛あ゛!」
思い出して、あるいは妄想し直して、私は悶えました。ベッドの上を転がりました。ごろごろごろごろ。
「あいた!」
ベッドから落ちました。
落ちる瞬間掛け布団を掴んだため、床に落ちた私の上に掛け布団が降ってきました。ぽすりと頭に被った掛け布団を、私はそのまま両手で握り締め、ぐりぐりと頭を擦りつけました。
「……」
なんとか落ち着きました。頭を擦りつけるのを止めて、ベッドに寄りかかります。掛け布団を、前世の知識で言う、ほっかむりのように被り直します。
私は思い返します。お姉様の笑顔、ではなく厳しい表情を。
ああいう顔を、お姉様ができたのです。蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢にできないような表情です。
怪我が痛そうだからした顔ではありません。だったなら、悲しそうな顔をするはずです。したのは厳しい顔でした。私が怪我を隠したことでした顔でした。
それくらい、お姉様は私を気にかけてくれました。名誉も保身も関係なしに、私自身を気にかけてくれました。
「本当に……悪役令嬢じゃない」
改めて、そう思いました。
私をいじめることもありません。私を甘やかしすぎることもありません。
私を尊重し、時に諭してくれます。
素敵な、お姉様です。
「うわああああああ……」
好き本当に好きお姉様大好きしんどい好き過ぎてしんどい語彙力が足りない
そのままの姿勢でもだもだゆさゆさ体を揺らして悶えました。
それをかれこれ1時間過ごしました。
「流石に、寝ないと……」
意識を生理欲求に移行させ、寝よう寝ようと体をベッドに横にさせました。
「……夢じゃありませんように」
そう願いながら、目を閉じました。
「……」
眠れませんでした。天井と会話が出来そうなくらい眠れませんでした。
翌朝、私は昨日の出来事が夢じゃないことを教えられました。
できることなら、お姉様から『あれは本当に起こったことよ』と言ってほしかったです。そうであったら泣いてました。嬉し過ぎて泣いてました。
それくらい、教えられた相手が、接触を避けたい人物でした。
「やあ! 寝不足みたいだね! 俺の考えてくれてたから?」
昨日私にとっては初めて会った深緑色の髪をした攻略キャラが、にこにこと私に訊ねます。
流石はチャラ男枠です。脳内お花畑です。ナルシストです。
「いいえそれはまったくないです」
「わっ! 即答!」
ついでにマゾです。何故否定されたのにそんなに嬉しそうな顔ができるのでしょう。
私は彼と会った記憶があります。残念ながら。本当に残念ながら。関わりたい人種ではありませんから。
ですが、彼と会ったということは、昨日の出来事が本当にあったということに繋がります。
私がお姉様に抱き締めてもらって、お姉様に私がいないと寂しいと言ってもらえたことが、実際に起こったことなのだと、証明してくれています。
「……」
本当にそうかな私がこの人に会ったことで現実逃避と妄想が入り混じって生み出した産物とかじゃない私休んだ方がいいかなでもそれだとお姉様に会えない
寝不足のせいか、情緒がやや不安定です。瞼が重いです。
彼が言いました。
「いやでも、昨日はびっくりしたよ。女子同士で抱き合ったんだもん」
グッジョブ、マゾの方。今だけ貴方に感謝します。
「夢じゃ、なかった」
安心して呟きました。ぐっと手を握りました。顔に力が籠りました。
感動、しています。
「君って本当に面白いね」
今、昨日の出来事を遅く噛み締めているので、邪魔しないでください。
――
睡眠時間は短い方だ。欠伸もそうそうでないし、出たとしても周りには気づかせない。
「ふぅ……」
僕は息を吐いて、ため息を誤魔化した。夜遅くまで、考え事をしていたが、解決策が見つからなかったせいだ。
考えていたのはもちろん、あのピンクのことだ。昨日はマリアンナを笑顔にした功績を認め、僕から生徒指導の教師に伝えるのは免除しておいた。けれど、昨日は昨日、今日は今日だ。
あいつが、僕の敵であることに変わりはない。
「……あ」
歩いていた廊下の先に、考えていたピンクと昨日の彼が喋っていた。
なぜ、昨日も今日もあまり関わりたくない人物たちが目に入らなくてはならないのだろう。
僕は、仕方なく職務を全うする。
「そこの二人、もうすぐ授業が始まるから、授業があるのなら行きたまえ」
僕の声に、二人がこちらを向いてきた。ピンクが眠たそうな顔をしている。夜更かしだろうか。不健全め。
「おはよー先生。いいんだよー、俺たち愛を育んでるから」
「育んでいません育んでいません断じて違います」
ピンクが抱き着いてこようとしている彼を制している。利き手で顎を押しのけている。
「……」
ピンクが僕を見ている。何か言ってと言わんばかりに。
僕は教師で、昨日ピンクを助けた例がある。そのせいだろう。
でも、ピンクは忘れている。
お義兄様
僕がマリアンナを守りたいということ。僕がピンクが嫌いだということ。
このくらいしてやる。
だから、僕は言ってやった。
「そうなのかい。するなら他の生徒に迷惑にならないようにしたまえよ」
さも話の分かる教師として振る舞い、僕は二人の前を横切った。
「だってさ。先生の許可も取れたし、育もうよ!」
「嫌です本当に嫌です離れてください今日は利き手を使いますよ」
「いいよ使って!」
「ああもう嫌ですって!」
そんな声に、僕は誰にも見られないようにほくそ笑んだ。
――
「……マリー」
「……あ、あらライ様、どうなさったの?」
「……マリー、眠そう」
ライがそう指摘すれば、マリアンナの顔が次第に赤くなった。
「……そ、その、昨日のことを振り返ってたら、恥ずかしくなってしまって、眠れなくなってしまったの……」
「……抱き着いた、こと?」
「……」
弱々しくこくりと頷いたマリアンナに、ライは言う。
「……マリーも、あの子も嬉しそうだった。……良いことだから、恥ずかしいことじゃない」
「……」
マリアンナが目を見開き、やがて微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
「……うん」
ライは返事をして、マリアンナの眠たそうな横顔を描き続けた。
授業の開始の鐘が鳴り、教師が黒板に文字を書く、その瞬間まで、淡々と、黙々と、真剣に。
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