第3話 主人公、世界を語る
さて、今更ではありますが、私の自己紹介をしようと思います。前世の名前は言いません。今の私は、この世界の私なので。
名前はココ・イグト。15歳です。
癖のあるピンク色の髪に、アーモンド色の瞳をしています。
可愛いです。ええ、とても。流石は乙女ゲームの主人公です。攻略キャラから、そしてプレイヤーから愛される理由がよく分かります。
自分自身じゃなきゃどんなによかったことでしょう。
「子豚言われるの、納得だわー」
昔、幼なじみに言われた言葉を思い出しました。髪の色が、家の近くの牧場にいる子豚を彷彿とさせます。
前世を思い出した私にとって、この髪の色は違和感の固まりでした。あまりにもファンタジー色をしているので。どこのパリピかなと思いました。
染めようかと、お姉様に言ったところ。
「え! もったいないわ! すごく綺麗な色をしているのに。私は好きよ。貴女の髪」
グッジョブ私の髪。もう絶対染めようなんて思わない。
「染髪は校則で禁止されているのだけれど……やりたいのなら、君の好きなように、すればいいさ」
お義兄様は煩いので黙っててください小五時間くらい。
「……」
せめて何か言ってくださいメインヒーロー。
次は魔法についてです。
魔法大学園高等部の手紙が来るまでの魔法成績は、基本学年トップでした。
この世界の魔法は、そうですね、属性云々はないので、シンプルに『これはこういう魔法』と考えて良いと思います。ありがたいことです。
魔法の得手不得手はあります。スポーツが得意か得意じゃないかの違いだと思います。得意の中には、こつこつの努力型とセンスの天才型があります。貴族が天才型、平民が努力型、という絶対の決まりはありません。芸能人のサラブレッド家系から芸能人が生まれたり、普通の会社員が生まれたりと、そんな感じです。いろいろです。
お気づきかもしれませんが、私は、天才型です。設定なのでしょう。主人公補正なのでしょう。よくこれで天狗にならなかったなと本気で疑問に思います。
ちなみに、幼なじみはあまり魔法が得意ではありません。よくさぼって剣の鍛錬をしていましたが。本人はそれでいいと言っていたので、私もそれで良いと思います。鍛錬楽しかったですし。
さて、皆様お待ちかねの方をご紹介をしましょうか。
そうです。私のお姉様です。
名前は、マリアンナ・ヒューデオット。貴族令嬢様です。
乙女ゲームで、転生もので、よく主人公をいじめて、最終的には破滅する悪役令嬢のポジションの方のはずでしたが、なんということでしょう。悪役のあの字も見つかりません。例えるなら、澄み切った純水。例えるなら、手触りの良い絹布。例えるなら、くすみのない銀食器。
……あー、ちょっと失礼しますね。
ふぅー、すぅう。
ああああああああああああああ無理いいいいいいいああああああああああああああ可愛いいいいいいいいいいいいい世界一可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいい
……すみません。発作です。最近ちょっと多いです。
というかもう語彙力が貧弱すぎてお姉様の良さとか可愛さとか美しさとか伝えられなくて本当にもどかしいですしんどいです辛いです。
そうそう、聞いてください。私がお姉様とメインヒーローのお茶会に行き始めた頃、最初は私のことをさん付けで呼んでいたんです。でも、私が呼び捨てで、とお願いしました。お姉様は少し困った顔をして、絵を描いていたメインヒーローの方を見ました。メインヒーローが、目だけお姉様に合わせます。
「……マリーの、好きなように」
それだけ言うと、また絵を描き始めました。この人メインヒーローなんですよね、一応。なんで全然喋らないんでしょう。メインヒーローは必要最低限の会話はするイメージだったのですが、私の思い込みだったのでしょうか。……まあ、悪役令嬢がワールドクラスのお姉様になったくらいですから、メインヒーローがメインヒーローらしからぬ行動性格をしていてもいいでしょう。彼は、彼でいいのでしょう。
お姉様が私を見つめます。青みがかったその黒目は夜空の様でした。
ゆっくりと、顔をほんのり赤らめながら、お姉様の唇が動きます。
「……ココ」
心臓にダイレクトに来ました。両手で胸を押さえました。なんですかね、あの可愛さと美しさと儚さが混じったような表情と声色は。数秒は息できませんでしたよ。
「や、やっぱり、嫌ではなくて?」
お姉様が不安そうに聞きます。
私は目を固く閉じて、全力で首を振りました。嫌じゃないです。もっと呼んでください。これで享年更新されても、ちょっと本望です。
「……ふふ」
お姉様の笑った声が聞こえて、私は目を開けました。
お姉様が微笑んでいます。私に向かって、綺麗な微笑を浮かべています。
「なら、遠慮なく、呼ばせていただくわ。ココ」
その微笑みと声だけで、私は召されかけました。
本望です。
すみません。ちょっと話が逸れてしまったような気がします。
えーっと、何の話でしたっけ。ああ、お姉様の話でしたね。そうですねー、どれのことを話しましょうか。正直全部話したくて仕方ないんですが。頑張って厳選しましょう。
ざっと10話くらい。
まずは、この前お姉様とお茶をご一緒してもらった時の話なんですけど――
――
まったく。なんで僕が、あいつの尻拭いをしなくちゃいけないんだ。
「お義兄様、頑張ってください!」
僕は大人だからね。やってあげてもいいさ。やれやれ。僕はなんて良い人なのだろう。
「……」
何か言いたいことがあるのなら言いたまえ、弟よ。
では、先に僕の自己紹介からしようか。
僕の名前は、グエン・ジルドー。27歳。ジルドー家の次男として生を受けた。
外見の特徴としては、そうだなあ、よく見る金色の髪に、紫の目をしているよ。
「わたし、おにいさまのかみのいろすきです! だっておひさまみたいなんですもの!」
……ああっと、すまないね。少々昔を思い出していたよ。続けようか。
職業は魔法大学園の教師。マリアンナと弟と、あとえーっとそうそうあいつに魔法について教えているんだ。身内だからといって手を抜いたりしないよ、厳しく教えている。
あいつがものともしないことに全然いらっとなんかしてないよ。全然。
あと僕に関することといえば……そうだね、この話をしようか。
僕が見える未来の話だ。前回は大ざっぱに説明してしまったと思うから、今回はもう少し詳しく話そう。
僕が見える未来は、直前になればなるほどその景色が粗くなる。多分だけれど、見えた幾通りの未来が現在に重なることで起こる、一種のズレなのだと思う。
鳥の羽を一枚、想像してほしい。出きるだけ濃い色をした硬い羽を。その羽の上に、別の羽を何枚も降らすんだ。白くて、軽くて、息を吹けば飛んでいってしまいそうなか弱い羽だ。
硬い羽は現在。か弱い羽は未来だ。
硬い羽の上に、か弱い羽を一枚だけぴったり重なる。現在と未来が一致する。その他の一致しなかった羽が、もう少しで一致しそうだった羽が、訪れなかった未来の残滓だ。
葉脈と言ったり、羽と言ったり、まとまりがなくて申し訳ない。僕にもよく分かってないところがあるから。
同類に、会ったことがないから。
ああ、少し場が暗くなってしまったね。すまない。あと少しだけ話して、弟の紹介に移ろう。
誰しも、未来が訪れる。そう誰しも。マリアンナも弟も、葉脈も羽もある。
僕には見えた。あいつが、現れるまで。
あいつがマリアンナの前に現れてから、僕はマリアンナの未来も弟の未来も途端に見えなくなった。
異能がなくなったのかと思い、屋敷の執事の未来を見てみた。しっかり、見えた。彼は最後まで我が家に尽くしてくれた。
絶対、あいつのせいだ。
きっと、良くないことが起こる。未来が見える、なんて言っても信じてもらえないから、僕一人でどうにかしなくてはいけない。
守らなくては。この前まで最悪は回避できたんだから。きっと、いや必ず、守れる。
話が長くなってしまった。弟の話をしよう。
弟の名前は、ライ・ジルドー。ジルドー家の三男として生を受け、4歳の時にマリアンナの婚約者になった。マリアンナと同い年の16歳だ。
外見は僕とよく似ている。兄弟だからね。違いといえば、僕よりも目の色が濃厚なところかな。
「らいさまはよるになりそうなおそらのいろ! おにいさまはよるがあけそうなおそらのいろ! すっごくきれい!」
……ああ、何度もすまないね。平凡かもしれないけれど、僕は自分の外見が好きだよ。とても。
話が逸れてしまった。弟の、ライの話だ。ライは……、兄である僕でもよく分からないところがある。あまり言葉を発しないし、あまり感情を表に出さない。趣味はあるが、絵画や釣りといった一人で出来るものだ。誰かと関わって何かをするということをしない。
幼少のマリアンナが戸惑っていたのをよく覚えている。無理もないだろう。笑顔で喋りかけても、無表情でいられれば。
マリアンナは頑張った。素敵なレディになれるよう。ライの婚約者に見合うように。頑張って頑張って、僕よりもライのことを分かってくれるようになった。
「お義兄様、今日はライ様が釣ったお魚を見せてくださったの! ライ様、とても嬉しそうだったわ!」
なんて健気なのだろう。本当に、なんて。
ああ、去年のことを話そうか。僕とマリアンナとライの三人で有名な画家の個展を見に行った時のことだ。最初は僕は遠慮した。二人で行っておいでと言ったんだ。
「素敵な絵を見るのに、遠慮なんていらないわ。それに私は、三人で見に行きたいんですの」
あんな微笑みで言われて、それを無下に出来るほど僕は愚かではない。行ったよ。行ったさ。むちゃくちゃ楽しんだ。
あとは、そうだね。何がいいかな。そうだ。マリアンナとライが入学した頃の、話しなんだがね――
――
「……」
ライは木炭をスケッチブックに滑らすのをやめた。ほんの少しだけ息を吹きかけ、いらない欠片を吹き飛ばす。
そして、ゆっくり、作品をこちらに見せた。
「……マリーを、よろしく」
本編スタート
簡潔に書かれたそれは、開幕の鐘を鳴らした。
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