第14話 炊き出し
午後にエバンズは、担当区域のレナ川河川敷に向かった。
昼寝する気満々のパートナーのテオを車の中に置いて、エバンズは頬を切るような冷たさの風が吹く河辺を歩いていった。
今日は、婦人会が月に何回か行う炊き出しの日らしく、食事を待つホームレスたちが列をなしているのが見える。
その中で一際目立つ背の高い男に方向を定め、エバンズは近づいていった。
「エバンズ巡査」
声をかける前に彼が気付き、エバンズに話しかけた。
「昨日はありがとうございました」
朝、エバンズが出勤すると同時にもとの住処に帰宅したベアーは上品に微笑んでみせた。
彼の手には、底の深い皿、スプーンが持たれている。
いえ、こちらこそ。
とエバンズは返し、今朝のことを思い出した。
朝、目覚めると、すでに洗濯物は干され、オムレツと野菜スープ、そして焼き立てのスコーンが食卓に用意されていた。
冷蔵庫の中を勝手して申し訳ありません、と謝るベアーだったが、エバンズは久しぶりの豪華な朝食に感動していた。ダイナーより美味しかった。
恋人がいたなら、いや、結婚したらこんな感じなのだろうか、と少し考えてしまった。
「エルザのことですが。今朝、出勤して確認しましたが、エルザと思われる人物は見つかりませんでした。病院に運ばれた急患にもエルザに該当する人物はいませんでした」
「そうですか、安心しました。サラに伝えます」
ベアーは頷いて、前に一歩進む。
「しかし。1人の女性が見つかりました」
エバンズは言い淀む。
「……ニュースにもなると思います。市内で彼女は死体で発見されました。行方不明だった一人です。名はロザリー」
進み歩くベアーに付き、エバンズも二歩前に進む。
「死因は出産による、出血多量死」
「ああ、怖い」
エバンズの言葉が聞こえた婦人は、一番前まで来たベアーが器を差し出すのを受け取りながら、びっくりしたように声を上げた。
「ちょっとお巡りさん。物騒な言葉吐かないで」
「あ、あ。申し訳ありません」
ベアーの器におたまで具沢山チキンブロスを注ぎ入れ、エプロンをした婦人はベアーに器を返す。
「隣のルーシーは、妊娠したばっかりよ。ショック受けちゃうじゃない」
「大丈夫よ、そんな」
そう答えた隣の女性が、ベアーにバケットを渡した。
「はい。ベアーは、大きいから他より少しだけ大きそうなパンを選んだわ」
茶色のカールヘアの女性は、快活に笑ってベアーを見上げた。
「ありがとうございます。そして、おめでとうございます」
「待ちに待って、やっとよ。ありがとう」
ベアーに頷き、ルーシーという女性は次に並ぶ男にパンを渡した。
列から離れるベアーに、エバンズは続く。
「さっきの彼女は?」
ベアーに対する彼女の態度が親しげなのを不思議に思い、エバンズは尋ねた。
「テス教会のハーディー神父の奥様です。いつも、お世話になっております」
「へえ」
「良かったです。彼女は、すごく子供を欲しがっていましたから」
「今まで……養子は考えなかったのでしょうかねえ」
ルーシーの見た感じの年齢に、エバンズは素直な疑問を述べた。
「養子縁組はなかなか難しいようです。過去にルーシーは車で事故を起こしたことがあるそうで。てんかんもあるようです」
里親の条件は厳しいと聞く。
しかしそれにしても、神父夫妻だ。理想の里親だと思うのだが。
「美味しそうですね」
器から立ち上る湯気に、ベアーが目を細めた。鼻につくチキンスープの匂いに、エバンズの食欲が刺激される。
「エバンズさんは、お昼はお済みですか」
「いえ、珍しく朝食を食べたのでお昼はいいかなと」
「いつも朝を抜いてらっしゃるのですか! それはいけません。朝こそ食べませんと。頭も体も働きませんよ。一日二食の修道士さえ、朝はしっかり食べますよ」
ベアーの言葉に、エバンズはちらりと父母を思い出した。特にプライマリースクールの教師だった父には、よく同じようなこと言われたなあ。
「巡査!」
呼びかけられた声に、エバンズはふり返った。
ホームレスの男が、息を切らしながら叫び、かけてくるところだった。
「た、たいへんだあ!……おやっさんがっ……ガキどもにっ……やられてんだあっ……! きてくれよおっ……!」
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