第13話 妊婦

 次の日の朝、東オルガン市警に出勤したエバンズはショックを受けた。

 昨晩に東オルガンの街の一角、ビルとビルの隙間のゴミ捨て場で一人の女性死体が発見されたというのだ。


 死体安置所に赴いたエバンズは、台の上に横たわる女性の姿を確認して青ざめた。

 見覚えがあった。

 たしか、名前はロザリー。

 長い金髪、年齢は24歳、痩せ形、左腕に薔薇の刺青。

 メモにそう記した彼女は、過去に見たときより体重が増えたようだった。


「死因は」

「出血多量。出産時の」


 聞いたエバンズに安置所の職員はそう答えた。


「彼女は出産したばかりだ」

「出産?」


 エバンズは驚いて聞き返した。


「……赤ちゃんは」

「知らんね。その場には彼女だけしかいなかった。ゴミ箱の中も探したらしいが」


 彼はため息をつく。


「彼女らは、たまにトイレで出産したりする。気がしれんよ。新生児を保護したという連絡もないそうだ。この寒空だ。生まれた赤ん坊が暖かい場所にいればいいが」


 エバンズは彼からロザリーに視線を戻した。

 血の気を失った彼女の白い顔に、生前の自分をからかって笑ったロザリーの面影はなかった。


 エバンズは身を折って、その場で吐いた。


「よしてくれよ」


 職員は無感情な声でエバンズに言うと、床の汚物に眉をひそめた。


 ―――――――――――――


「では、君が心配していた行方不明の娼婦たちの一人だったということか」


 東オルガン市警警部補室で警部補の質問に、エバンズは頷いた。

 まだ先程のロザリーの死に顔が頭から離れない。


「で、その行方不明者は何人なんだね」

「54名です」


 エルザを含めて、ロザリーを消した数字。


「ふむ。……わかった。たまたま、今回の彼女はその中の一人だったのかもしれないが。詳しくは刑事課にて皆に説明してくれ」

「はい」


 たまたま、その中の一人。

 ロザリーがそうであればいいと、警部補室を出たエバンズは思った。

 54名の彼女たちが今、ロザリーと全く関係のない日々を送っていてほしいとエバンズは願った。

 いや、そうであるに決まっている。

 ロザリーは姿を消した後、妊娠して、おそらく自力で出産しようとしたのだろう。それで命を落し、子供の父親、あるいはだれかが恐れをなして彼女をあの場所に捨て置いた。

 だからたまたま、いなくなった彼女が表に出てきただけで。

 あとの54人はそれぞれ、まったく別の人生を歩んでいるにちがいない。


 一年前の初期に姿を消したロザリー。

 もやもやとした喪失感のまま、エバンズは廊下を歩いた。

 向かいからきた刑事に肩がぶつかり、彼に舌打ちされる。


 彼女と、こんな形で再会するなんて思っていなかった。

 彼女はエバンズの記憶に強烈に残っている娼婦だった。

 彼女は。

 ことごとく自分をからかい、脚をからませて抱きついてきたひとだったから。

 ある晩一度だけ、お金はいいと本気で誘われたことがある。

 パニックになって、逃げだした自分に気を害するわけでもなく、次の日も笑顔であいさつしたロザリーにエバンズは後悔し、そして彼女に惹かれた。


 彼女をあんなところに置き去りにした相手はだれなのか。

 すぐに病院に連れて行けば、彼女は助かったのかもしれないのに。

 冷たく横たわっていたロザリー。

 彼女が自分に身を押し付けてきたときの温かみを、エバンズは思い出した。


 怒りが込み上げてわずかに身が震え、エバンズは目を閉じた。

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