第12話 ファン

「彼女の名前はシアン=メイ、3月1日生まれのうお座、A型です。年齢は24歳。身長は175cmはあると思います。体重は55キロくらいかな」


 エバンズはコーヒーカップを両手の中に包み込み、目の前に座るベアーに語りだした。

 ベアーは微笑みながら頷く。


「移民局に知り合いがいて。貢いでこの情報を得ました。彼女はキッサン家のリラ嬢と親友みたいです。それでこの国に移住できたのでは、というのが知り合いの見解です。住むところはさすがに教えてもらえなかったのですが、偶然、姉が旅行先で彼女に遭遇するなんて」


 彼女――『シアン=メイ』を初めて雑誌の西オルガン終戦パーティー特集ページで見たとき、エバンズは全身に震えが走った。

 こんなに、かわいい女性が本当にこの世にいるのかと思った。

 後日、彼女はゼルダ人でただの女性ではないということを知ったのだが。

 それでもこんなに笑顔のかわいいひとを自分は今まで知らない。見ているだけでこっちも幸せになるような笑顔。

 彼女の笑顔を間近で見られたら、息が止まるほどの幸せを感じるだろう――。


「あんなにかわいいひとを初めてみました。……どうしてマフィアの情婦になんかなったんだろう。彼女は故郷のゼルダでは……サラやエルザのような仕事をしてたらしいけど。あの国で生まれた彼女のような人は強制的にあの職業に従事させられるとか。彼女は気の毒です。せっかく、この国に移住できたのに。また、かごの鳥なんて」


 黒髪、黒い瞳、北の国の白い肌。

 天使が姿をとるなら、彼女のような姿をしているのではないだろうか。


「ほんとうにかわいい、そう思いませんか」


 エバンズは手帳の一番後ろのページにカバーではさんである彼女の写真を取り出して、ベアーに渡した。


「……はい。素敵な笑顔ですね」


 ベアーは写真を一瞥してすぐにエバンズに返した。その反応の薄さにエバンズはいらだった。

 彼は女性を見る目がないんじゃないのか。いや、彼は今まで美女としこたま関係してきたから、僕とは感覚が違うだけなのか。

それでも、彼女はそこらのモデルや女優よりはるかにイケてる。この笑顔なんて、カリスマ的なオーラがあるのに。


 面白くない、とエバンズは写真を手帳にしまう。


「彼女が心配になってシャチのグループを調べました。そのうちに、西オルガンでの事件は彼らが首謀者ではないと思うようになりました。これは恐ろしいことです。……この付近、いえ東オルガンにこそ、首謀グループが存在しているのかもしれない」

「そういう情報があるのですか」

「分かりません。私は一介の巡査ですし……東オルガンは、この国で一番安全で住みよいと言われた街です。私もここで生まれて大きな犯罪とは無縁で育ちました。東オルガン市警はグレートルイスで一番ラクな職場だと常々言われてきたんです。それなのに」


 エバンズはコーヒーをすすった。


「なにかあってからでは遅い。そのときに……やっぱり東オルガン市警はぼっちゃんぞろいだと我々は陰口をたたかれるのでしょうね」

「……アルコールは、抜けましたか」


 ベアーがエバンズをのぞきこむ。


「ええ、はい。もう大丈夫だと思います」

「申し訳ありませんでした。そこまでエバンズさんがお酒に弱いとは思わず。料理で加熱すれば、アルコールはほとんどとびますし」

「私が弱すぎるんですよ。昼食はごちそうさまでした。たいへん、美味しかったです。お店で食べるのと変わらない。料理がお得意なんですね」

「唯一の趣味です」


 サラがベアーに食事をつくってもらうと言ってたのをエバンズは思い出した。

 こういうのが女性の気を惹きつけるのかもしれないな。あ、いや、もちろんルックスや身長の高さも関係すると思うが。


 それからエバンズとベアーの会話は途切れることはなく、結局ベアーはエバンズ宅のソファーで一泊したのだった。


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