第8話 テス教会
「一応聞いておきますが、妊娠したエルザさんのお相手はあなたではないですよね、ベアーさん」
エルザとサラの部屋を去る際、当然のようにサラと抱擁とキスを交わしたベアーに、地下の階段をのぼって地上に出たエバンズは聞いた。
「はい。彼女とは関係していません」
その言い方にかすかに反感を覚える。
「サラさんとは、関係されてるんですよね。深く」
「そうでもありません」
そうでもありません、か。
エバンズはイライラした。
「シャワーを浴びるために、サラさんの家に頻繁に行くのですか。ついでに彼女と関係するということですか」
「彼女に誘われた時だけです」
これ以上聞くと、とめどなく怒りがわいてきそうなのでエバンズは質問を変えた。
「どのようにして、お二人と知り合いになったのですか」
「テス教会です。最初に知り合ったのは、エルザの方です。エルザを通じてサラと知り合いました。……エルザは熱心なテス教徒で週に何回か教会に来ていました。席は、いつも一番端の外れの目立たないところに座っていましたが。……今日も、司祭のお話があるはずです。教会にこれから行ってみます?」
「教会に?」
「エルザの後ろにいつも座っている少年がいました。教会の中では二人は言葉を交わしませんでしたが。彼の顔を覚えています」
その彼がエルザのおなかの子供の父親かもしれないということか。
エバンズは頷いた。
――――――――――――――
東オルガンのテス教会は市内の中心からは遠い、静かな住宅街に一つだけ存在していた。
反対にメイヤ教会は大小含めて東オルガンに8教会ある。
メイヤ教会のように多くの信者から寄付を望めないテス教会は、年季が入りこじんまりとしていて、壁の塗料も剥げていた。
エバンズとベアーの二人が教会に入ったときには、司祭の説教は終わったばかりで信者たちが席から立ち上がり、帰っていくところだった。
「例の少年はいます?」
「はい」
小声で聞いたエバンズにベアーは答える。
「一番前の端に座っている少年です」
「君」
近づいて後ろから声をかけたエバンズに、少年は振り返った。
ひょろりとした痩せた少年だった。明るめの茶色の髪は縦半分にきっちりと分けられ、櫛でなでつけられていた。前髪だけが自然に額に下されている。
茶色の縁をした眼鏡をかけており、大人しい真面目な少年に見えた。
チノパンツにチェックのボタンダウンシャツ、ベージュのロングカーディガンを羽織っていた。
「こんにちは。私は8分署のヴィンセント=エバンズです。少し君と話をしたいんだけど、いいかな」
「おまわりさん?」
彼の答え方と表情には皮肉が混じっており、少年の機嫌があまり良くなかったことを思わせた。
「一年前に盗まれた自転車が見つかったとか? そうじゃないですよね」
「ちがうよ」
ためらいがちにエバンズは少年の横に立った。
「エルザの話を聞きたいんです」
エバンズの後ろに立っていたベアーが言った。
「あなた、だれですか」
少年がベアーに警戒の目を向けた。
「エルザの知人です。私もテス教徒です。よく教会であなたとエルザを見た」
「エルザの知り合い?」
「サラとも知人です。エルザが帰ってこないと、サラが心配してるんです。エルザを探しています」
「エルザが帰ってこない?」
少年の目が大きく見開かれる。
「いつから?」
「一昨日の夜から」
少年がそのままの瞳で空を見つめて黙り込んだ。
「エルザがどうしたんですか」
壇上にいた司祭にエルザの話が聞こえたのか、彼から声がかかった。
「エルザなら一昨日の夜、来ましたよ」
司祭は経典を閉じると、胸に抱いてこっちを見た。
「本当ですか」
「ええ。話を聞いてほしいことがあると」
「何時ごろですか」
「ええと、七時過ぎだったかな」
「いつ帰りました」
「一時間後ぐらいだったと思います。話を終えて、帰りました」
エバンズとベアーは顔を見合わせた。
「彼女は、司祭様に何を話したんですか」
少年が声を出した。
「それは……秘密だからね」
司祭は困ったように少年、エバンズ、ベアーに目を向けると言葉を濁した。
「……外で、話そうか。いいかい?」
エバンズが少年の肩に手を置いて耳元で小声でささやくと、少年は小さくうなずいて立ち上がった。
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