第7話 サラ
サラは東オルガン外れのマンションの地下階に住んでいた。
天井に近い部屋の壁上部にある開けた窓の格子の向こうに、通行する人々の足が見える。
「本当に洒落ものってのは、足見ると分かるよ」
いつも夜見る彼女と違って、露出の少ないセーターとジーンズ姿のサラが紅茶を出しながら、窓の外を見ていたエバンズに言った。
このワンルームに、エルザと同居していたらしい。
部屋に通されたエバンズは最初、部屋の中が意外にもこざっぱりと清潔に整頓されているのに驚いた。
「いい靴履いてる女ってのは、上を見てもやっぱりいい女なんだよね。細部まで気を抜かない、っていうか。私も、将来はいい靴買うようになりたいけどさあ、見てよ、これ」
サラはソファーの下に転がっていたブーツを取り上げて見せた。
見事に踵の部分に穴が空いていた。
「下に黒いソックス重ね履きして誤魔化してる。色塗るときもある」
あはは、と笑うサラはすっぴんだ。
そばかすはあるが、色白できれいな肌をしていた。
栗色の髪は後ろでひっつめにしている。
正直、すっぴんの今のサラのほうが素敵でかわいい、とエバンズは思った。
ざっくりと首もとのあいたベージュのセーターからのぞく項(うなじ)につい見とれる。
「非番なのに来てくれてありがとう、巡査」
「いえ」
エバンズは答えて、サラの出してくれた紅茶を飲んだ。
安い味がしたが、ミルクと砂糖まで添えられていることに嬉しくなった。
自分の座っているソファーの後ろにある浴室から音が聞こえる。
ベアーがシャワーを浴びている音だ。
「いつもシャワー貸すんだ。お返しは食事作ってくれたり、部屋を掃除してくれるよ。だから部屋こんなにキレイなんだよ。彼、キレイ好きなんだね。エルザもたいていキレイ好きだと思ったけどそれ以上だよ」
サラは床にひざを立てて座り、自分のカップに入れた紅茶を熱そうにすすった。
エバンズがソファーの端に移動したが、サラは首を振ってこちらに移動しようとはしなかった。
「なら、髭を剃れ、って思うのにさ。これから寒くなるからいいんだって。……くすぐったいんだよね、あれ」
明るい茶色の瞳でこっちを見上げるサラに、やっぱりそういう関係か、とエバンズは軽くベアーに嫉妬した。
「巡査が真面目に話聞いてくれそうで良かった。昨日行ったけど、みんなあたしの話なんか本気で聞いてくれないんだ。どっちかっていうと、あたしとエルザ、真面目な方なんだよ。……て、言っても巡査から見たらあたしたちなんてみんな同じだよね。最近、少し上のおねえさんにも消えちゃったひとがいて、二人で怖いね、て話してたところだった。だから、エルザが帰ってこなくてすごく心配なんだ。ヘンな客に捕まってんじゃないかって。もしくは事故に遭っちゃったとか」
「……エルザさんを最後に見たのはいつです?」
「二日前の夜。私、アレでその日は仕事しなかった。エルザが夕食後、この部屋出て行ったのを見て、それっきり」
「エルザさんはいつもどおり、仕事に出かけたんですね」
「と思う。でも、いつもより時間が早かった」
「早い?」
「いつもより二時間くらい出るのが早かった」
「それについて理由は思いあたりますか?」
「……エルザは男ができたかもしれないんだよね。もしかして、それかな。仕事前に男に会いに行ったのかも」
「恋人?」
「わかんない。……エルザ、妊娠したみたいだったんだよね」
その時、浴室のドアが開いてベアーが湯気と共に出てきた。
ズボンと羽織っただけのシャツ姿の彼。
思ったより、細い。そんなにたくましいわけではない。
何よりもシャツの間から見える彼の肌の白さにエバンズは目を見張った。
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