第2話 プロローグ
おなかの奥でぱちぱちと泡が弾けるような感触に、少女は笑みを浮かべた。
昨日から感じる、不思議な感覚。
これがきっと最初の胎動というものなのね。
少女はベッドの上で起き上がり、自らのおなかを見下ろした。
以前平らだったおなかはふくらみが生じている。
おへそから陰部へと、うっすらとまっすぐ黒い線のようなものが現れてきたし、下腹部の体毛は濃くなった。
少女は、そ、と下腹部を撫でた。
一日、一日と成長していく赤ちゃん。
最初は戸惑ったけど、今は愛しくてたまらない。
少女はカールした赤い髪を耳にかけた。
頰と首すじに、大きな吹き出物が目立つ。
いまだかつて、肌荒れなんかしたことのなかった少女はこの肌の変化に戸惑った。
これも、妊娠中のホルモンバランスがもたらしたのだと思う。
妊娠初期、中期は肌が荒れるけど、後期になると嘘のように今度は肌がきれいになると、誰かが言っていたっけ。
赤ちゃんのために、身体が隅々まで栄養をゆきわたらせるから。
また、ぱちぱちというおなかの奥の感触に、少女はくすぐったくなった。
そのとき、部屋の外から聞こえた足音に、少女は身をこわばらせてドアの方を見た。
地下室への階段を降りる足音は止まり、カチャリ、と鍵が開く音がしてドアが開かれる。
「……お願いよ」
少女は、ドアを開けて入ってきた人物に何度目かの懇願をする。
「あたしを、外に出して。お願い」
ベッドの近くに置いてあるテーブルに、盆にのった食事が置かれた。
栄養バランスを考えて作られた、野菜がたっぷりのメニュー。肉はササミを使い、脂質を抑えてある。
貧血気味の少女のために、食事には少量のレバーペーストが添えられていた。
「お願い」
彼女の言葉には答えず、食事を運んできた人物は体をドアの方に向けると、部屋から出て行った。
ドアが閉まり、再び鍵がかけられる音がする。
少女は、唇を噛んだ。
食べなきゃ。とりあえず。
悪阻(つわり)は、ようやくマシになってきた。
赤ちゃんは、これから急に大きく成長する。
だから、ちゃんと食べなきゃ。
ベッド上で身を滑らせ、少女はテーブルに近づき、普段のお祈りも忘れて皿の上のチキンサンドに手を伸ばす。
大きくかぶりついて、少女は咀嚼した。
淡白なチキンを噛み締めながら少女は、目の前の現実を睨みつけた。
ベッド上に伸ばされた左足首には手錠がかけられ、長めの鎖の先はベッドの脚へと固定されている。
込み上げてくる感情を、少女は必死でこらえた。
大丈夫。
大丈夫。
ご飯はもらえるし、毛布にくるまっていれば暖かい。
赤ちゃんも無事で、私も無事。
それでも、頬を伝う涙が口に入り、チキンサンドの味と共に塩辛さを感じた。
窓のない、三メートル四方の地下室。
ベッドの周囲を本棚が取り囲み、本の背表紙たちが少女を無遠慮に見つめていた。
ベッドの足下には、排泄用の蓋付きのバケツ。
時の流れを教えてくれるのは、本棚の上の目覚まし時計だけ。
少女の戦いは、まだ始まったばかりだったーー
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