薔薇のタトゥーの少女

青瓢箪

第1話 五十年前〜ガラナ族自治区にて〜

~50年前  ガラナ族自治区にて~



「おねえちゃん!」


明け方、ベッドを抜け出て家を出た、八歳上の姉の後をついてきた少女は、車に乗り込もうとする姉に声をかけた。

驚いて振り返る姉に、少女は駆け寄った。


「どこに行くの? 朝から儀式は始まるよ」


しいっ、とあたりに目を配らせながら、今日で一七歳になる姉は少女を黙らせた。

真っ黒な闇から暗い青へと姿を変え始めた空は、ところどころ星がまたたいている。

少女の家も、近隣の家もまだ眠りについていて、この村で目覚めているのは少女と少女の姉、そして車の運転席にいる女性だけだった。


「私はここを出て行くの。今日でしばらくお別れよ、さようなら」


長い真っ黒な髪が美しい姉は、そういって少女を抱き寄せると少女の頬にキスした。


「しばらく? また、帰ってくるんでしょ?」

「帰ってはこない……でも、また会えるわ」


姉はそういうと、車の後部座席に乗り込んだ。


「私も行きたい。おねえちゃん」


少女は姉と、運転席の女性に訴えた。


おねえちゃんと離れるのはいや。私も乗せて、いっしょに連れて行って。


『あなたはまだ、だめだわ。連れていけない』


運転席から顔を出した美しい女性は、首を振って答えた。

おねえちゃんと同じくらい、大好きな女のひと。彼女はやさしく、よく私に歌を歌って甘いお菓子をくれる。

たまに、ここに来るガラナ族じゃない女のひと。

赤い巻き毛と、白い肌と、灰色の瞳のマリア。

マリアはいつも綺麗で、いい匂いがして、素敵な服を着ている。

彼女と手を組んで歩いている男の人は見るたびに代わるけど、それがマリアの仕事なんだとお姉ちゃんが言った。

お母さんやおばあちゃんは、マリアのことをすごく嫌っている。

隣のおばさんなんて、いつかマリアに卵を投げつけたっけ。


「マリアも、おねえちゃんといっしょでしばらく会えないの?」


少女の言葉にマリアは頷いて悲しそうに微笑んだ。


「じゃあ、いやだ! 私も連れて行って!」

『大きな声を出さないで、お願い』


しー、とマリアは少女をたしなめてから、少女に手を伸ばした。


『お姉ちゃんはね、今から王子様のところにいくの。わたしは、お姫様になるお姉ちゃんをお城に連れて行く魔法使いの魔女なの』

「魔女?」


少女は目を見開いて、マリアを見つめた。

胸がときめいた。


『ええ、これが魔女のしるしよ。これが魔法の力の源。お姉ちゃんをお城まで道案内してくれるの』


言って、マリアは手の甲にある薔薇の刺青を見せた。

いつも綺麗だと思って見ていた。そんな力があるなんて。


『あなたも大きくなっておねえちゃんのように綺麗になったら、迎えにくるわ。王子様の下へ連れて行ってあげる。それまで、いい子で待っていて。必ず、迎えに来るわ』


マリアは少女の頭を撫でた。


「必ずよ、マリア。必ず来てね」


少女の言葉にマリアは頷いた。


『約束するわ。あなたを迎えに来る』


マリアの返事に安心した少女は、車から離れた。


「さようなら、マリア、お姉ちゃん」


車が発車する。

少女は後部座席の姉に向かって手を振った。

集落を抜けた車の姿が見えなくなるまで、少女は手を振り続けた――。

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