The Pretender 5


 何よりもイタかったのは一番の情報源に会えなかったことだ。まぁ突然押しかけたわけだし、向こうにも仕事がある。どうも人気者は忙しいらしい。時間いっぱいまで聞き込みはしたが誰からも有力な情報は得られなかった。なるほど、ルイーズが手こずるわけだ、異様に情報が少ない。


 足取り重く、思考も鈍行のヴィンセントだが、気分はそこまで沈んではいなかった。初日で成果が上がるようなら、そもそも助手など求めないだろう。折檻は仕方ないにしても、安心して眠れる場所をもらえるのなら、引っかかれるくらいなんて事はないのである。


 事務所まで戻れば、退屈そうに尻尾を揺らすルイーズが待っていた。その表情を静かに窺う。――ぺたりと寝た耳、芳しくない。


「ヴィンス、どうだったかしら」


 進捗を尋ねるルイーズの声は縋るようだ。


「さっぱり、なしのつぶてだ。目撃談はあるにはあったが、プレスリーの復活ライブとどっこいなガセネタだぜ。どいつもこいつも言うことバラバラ」

「そう……役にたたないわネェ、と、言いたいところだけれど概ね予想通りだわ。私の方も得られたのは被害者に関する情報で、犯人に関しては恨み言を聞いたくらいだもの」

「名前どころか、顔も性別も不明か。出歩けねえなぁ、これじゃ。どうすんだ情報屋」


 正直なところ、ルイーズの情報網に何も引っ掛からないこと自体が異常なのである。相当もどかしいのだろう。「う~ん」と唸り考え込む彼女の姿なんて見たこともなかった。やがてルイーズは金色の瞳を見開いて、何かに答えを出した。


「……帰りましょう」


 言うが早くヴィンセントを外へと追いやり、ルイーズは事務所の鍵を閉める。そのまま帰路へと付く彼女の後ろには戸惑う様子のヴィンセントが。


「いいのか切り上げちまって。実質、収獲ゼロだぞ」

「今日の所は、ネェ。 それに収獲ならあったわよ」

「確かに、俺は宿にありつけたけど」

「そうじゃなくて事件についてよ。今回の事件はドーム全体が注目している、なのに誰一人まともな情報を持っていない。これってヘンでしょう」


 それはヴィンセントも感じていた。歩きながら煙草に火をつけて彼は問う。


「まあな。それがどう繋がるんだ?」

「見えていないことが、見えているということ。――貴方、ロキシーには会えたの?」


 結局ヴィンセントが会えなかった共通の友人の名をルイーズは挙げた。今日彼が出向いた区画では間違いなく一番の情報通なのだが――


「いや、仕事中だった。客から零れた話を他の子にも当たってみたけど、さっぱりだったな。口止めされてるとかじゃなく、単純に知らなそうだ」

「でしょう? 少ないにしても程がある。普通は数ある噂ばかりの中に手がかりの欠片でも落ちているのだけれど、それすらもない。一目で分かる噂ばかりが蔓延しているなんて不自然だもの」

「警察も慎重になってるんじゃないか? 犯人が人間でも獣人でも大事になる。解決までに時間を掛けすぎた」

「でも過剰すぎる。犯人に関する情報がなさ過ぎる」


 となると、警察内部で情報統制が行われているということか。それにしたって敏感になりすぎている気もするが。


「なるほどな、確かに元栓閉められたらいくら蛇口捻っても水は出ねぇわな」

「そういうことよ。手は打ってあるからまだまだ、これからネェ。明日も忙しくなるわよ」


 強かな笑みに自信を滲ませたルイーズは、それからキッパリと話を変えた。暫く歩いているうちに荒廃しかけた街並みから、整備された住宅街へと通りの雰囲気が変わっていた。その道中、ルイーズは一切仕事の話は口にしなかった。プライベートと仕事は分ける達なのだろう、それならとヴィンセントも文句はない。


 静かな夜――街が街だけに剣呑な雰囲気は拭えないが、ルイーズと一緒なら獣人街を歩いていてもトラブルに巻き込まれる可能性は低いはずだ。


「さぁ、着いたわよ。……? どうかしたのヴィンス、変な顔して」


 ルイーズが立ち止まった建物を見上げ、ヴィンセントは呆然としていた。どうもここが彼女のお家らしいが、なんとまぁお洒落なマンションじゃあありませんか。ゼロ・ドームに似つかわしくない高級さで、受付にはマンション・コンシェルジュまで在中している。


 住めば都とは皮肉なのかもしれない。この上等なマンションを見れば、生活水準の差に憤りさえ起こらなかった。狭っ苦しいアルバトロス号の船室はさしずめ独房だ。


「いや、なんでもねえ……」


 ルイーズに続いて、彼は惨めったらしく自動ドアを潜った。


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