第256話 普通の神経の持ち主だったら・・・

 トキコーの食堂の席は基本的に6人掛けだ。3人ずつ向かい合う形で座るのだが、俺たちは隣のテーブルにいる男女が誰なのかを知っていて座るのだから、奴らだ。だから歩美ちゃんも泰介も「おい、マジかよ」「藍ちゃんも唯ちゃんも正気なの?」と後ろでヒソヒソ話をしているのが丸聞こえだ。

 そう、俺たちの隣に座っていたのは・・・篠原と藤本先輩が向い合せの位置で座っているテーブルの横にドーンと座ったのだ。興味本位で『トキコーの女王様』が彼氏(?)とのラブラブお食事タイムを覗き込んだら何を言われるのか・・・普通の神経の持ち主だったら恐ろしくて絶対に近づかないぞ!その証拠にこのテーブルの左右は誰もいないし、その周囲の席に座っている連中はくらいにビビっているのだ。藤本先輩は俺を見ると一瞥したような顔をしたが、篠原はどちらかというとビビっている。

「おーい、たくまー。わざわざおれの横のテーブルに来るとはどういう意味だあ?」

「しのはらー、早速彼女とラブラブタイムかあ?」

「おれに聞くなー。おれは一人で食べるつもりだったけど、真姫先輩がメールで・・・」

「かずきー!」

「はい!」

「おーい、佐藤きょうだい。こっちは気にしなくていいから三人で仲良くお昼ご飯を食べろよー」

 藤本先輩は一瞬だけ俺たち五人に向かってクールな笑みを見せたかと思うと、篠原に向かって満面の笑みを浮かべながらA定食を食べている。しかも二人とも同じA定食だ。たしか篠原と長田は1年生の時から食堂の端っこで二人だけでA定食かB定食を食べるのが定番だったからクイズ勝負の賞品の食券は二人に譲ったくらいだ。という事はさっきの篠原の言葉から推察されるに長田も黒沢さんと食べる事を選択した事になるし、篠原もの昼食に変えた事になる。しかも2学期が始まって早々にだ。

 俺はというと・・・俺を真ん中にして右に藍、左に唯でさっきとは逆の構図だ。お互いの利き手で隣に座った相手に食べやすいようにして意識的に逆になったというのは明白だ。しかも食べさせるフリをして体を寄せる気だよなあ。マジで勘弁してくれよお。泰介は俺の正面に、泰介の右、つまり唯の前に歩美ちゃんが座り、一つ座席が空いた状態になっている。

 当然だが俺たちのテーブルと篠原たちのテーブルを遠巻きで取り囲むようにして大勢の連中がヒソヒソ話をしているのが丸分かりだ。何を話しているのかは分からないが、どう考えても藍と唯が持っている『もう1つのお弁当』の事を言ってるとしか思えない。誰も篠原と藤本先輩の事を気にしている奴なんかいないんじゃないのか?

 藍が持っているのは正確にはバスケットだ。小さめのバスケットに入っていたのは・・・小さめのお握りが3つと沢庵だ。唯が持っていたのは俺が普段使っている弁当箱で、今日は俺の好物であるザンギとカニグラタン、ポテトサラダなどが目一杯入っている。正確には昨夜の残り物のザンギを母さんが俺の弁当箱に全部押し込んだというのが正しいけど。

 それを見た歩美ちゃんが「あれっ?」といった表情をしながら

「あれあれー、藍ちゃんも唯ちゃんも各々で兄貴の弁当を作ったんじゃあないの?」

「歩美ちゃーん、さすがの唯もそこまではやらないよー」

「そうよ。それだと『抜け駆け禁止』の協定違反になっちゃうからねー」

「でもさあ、お互いに1個ずつ兄貴の弁当を自分の鞄に入れて持ってきたのは事実よねえ」

「うーん、それは間違いないわね」

「お弁当箱が1個しかなかったら取り合いになったかもしれないけど、2個だったから1個ずつ持って妥協したってところかしら?そうよね、拓真君」

「あ、ああ」

「あー、じゃあついでに藍ちゃんと唯ちゃんに聞くけどー、もし1個しかなかったらどっちが持って行くつもりだったの?」

「当然唯に決まってるでしょ!」

「そんな事ないわ!私に優先権があるのは間違いないわよ!」

「唯よ!」

「私よ!」

「唯!」

「私!」

 おいおい、マジで周囲がドン引きしているぞ。弁当をどっちが持って行くかで言い争っているなんて、まさに修羅場そのものじゃあないのか?マジで勘弁してくれー。

「おい、佐藤藍に佐藤唯!校内に修羅場を持ち込むとどうなるか分かってるだろうな!」

 突然、藤本先輩がいつも以上のクールな目で藍と唯を睨んで割り込んできたから、さすがの藍と唯もシュンとなってしまった。昨日は二人ともかなり殺気立っていた状態だったから藤本先輩を圧倒したけど、今日は誰の目にも藤本先輩の貫禄勝ち(?)だ。

「「すみません・・・」」

「ったくー。特に唯は風紀委員だろ?藍だって元とはいえ風紀委員なんだからさあ、これ以上の騒ぎになるなら強制的にわたしが仲裁案を提示してもいいんだぞ」

 そう言うと藤本先輩はニヤリとした。俺もそのニヤリとした顔を見て冷や汗が出てきた。藍と唯も顔が引き攣っている。

「分かればよろしい。それじゃあ、お弁当を拓真に大人しく渡すことだな。拓真も赤ちゃんじゃあないんだから自分で食べろ!」

 それだけ言うと藤本先輩は再び篠原に向かって満面の笑みを浮かべてお喋りを始めた。まるでさっきの事は無かったかのように・・・さすが藤本先輩、藍と唯もタジタジだ。仕方なく藍も唯も持っていた弁当箱を俺に渡して「はーー」とため息をついた。藍も唯も俺に食べさせる気満々でいた筈だけど、藤本先輩には逆らえない。ある意味、俺はこの席に座って初めて得した気分になれたぞ。

「あー、そうだ、色々と面倒な事になりそうだから明日からお前たち五人は、そこのテーブルで昼ご飯を食べろ!並び方までは文句を言わないから五人が好きに決めて構わないけど、必ず一緒のテーブルで食べろ!そうだなあー、安心しろ、この際だからわたしもこのテーブルで食べる事にするから」

 藤本先輩が再びジロッと俺たちを睨んだから、泰介や歩美ちゃんも含めてほぼ同じタイミングで首を縦に振るしか出来なくなった。篠原も唖然とした顔をしていたけど、当たり前だが藤本先輩がクールな顔で篠原を覗き込んだ瞬間、無理矢理笑顔を作って俺たちと同様に首を縦に振るしか出来なくなった。それを見た藤本先輩は一瞬だけニコッとしたけど何を思ったのかいきなり立ち上がって

「おーい、ここにいる連中に言っておくぞー。明日からこの2つのテーブルはスマンが空けておいてくれー。一番端っこだから誰にも迷惑を掛けない筈だから協力してくれ!」

 俺と藍、唯は開いた口が塞がらなかった・・・まさか毎日藤本先輩が隣の席で一緒に食事する事になるとは・・・しかも周囲の連中も黙って首を縦に振っている。『トキコーの女王様』が決めた事に反論する馬鹿は一人もいない。しかも女王様が二人もいる前で・・・これじゃあ藤本先輩が卒業するまで毎日監視するから大人しく食べろって言われたに等しいぞ!


 この後は1学期の時と同じで五人でワイワイ言いながらお弁当を食べてたから藤本先輩が口を挟む事はなくなったけど・・・いつも藤本先輩が隣にいて仲裁してくれるとは限らない。決着を急ぐべきだ。


 ただ・・・俺は明日からは弁当箱を2つに分けて、それを藍と唯に1個ずつ持ってもらう事だけは決心した。

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