相談事

第257話 怪我の功名?

 今日は金曜日。俺はJRの電車に乗っている。

 学校帰りに札幌駅から電車に乗って・・・この電車は江別止まりだ。俺の行先は終点の江別駅。そう、姉貴に会うためだ。



 さすがの俺も2学期の最初の1週間で懲りた。

 藍と唯、どっちかを選ばないと俺の身がもたない。それに藍と唯も有名無実化した『抜け駆け禁止』協定ので俺にちょっかいを出してくる。

 山口先生が「修羅場を学校に持ち込むな」と言ってたけど、こちらも殆ど忘れらたような形になって俺を巡って睨み合い寸前、口論寸前になる事もしばしばだ。藤本先輩や山口先生が一睨みして収まるパターンが続いてるけど、いつもいつもタイミング良く藤本先輩や山口先生が現れる保証はない。

 俺はどうすればいいのか・・・とにかく自分だけで決めるのは危ないと思って誰かに相談する事にした。

 だが、一番の友である泰介は逃げ腰だ。当然だが歩美ちゃんも逃げ腰だ。どっちも「本当に気に入った方を選べばいい」「どちらを選んでも文句は言わない」としか言ってくれないのだ。そりゃあ、二人にとっても修羅場の仲裁に等しい事を軽々しく口に出せないというのは分かる。泰介は元々唯派であったからか少々唯寄りだが基本的には中立の立場を貫いている。歩美ちゃんも元は唯派だが、こっちはどちらかと言えば藍寄りだが中立の立場を貫いている。

 この相談を舞に出来ない事だけはハッキリしている。舞にとってメリットは全然ないし、だいたい俺には舞に対して後ろめたい事があるのも事実だ。それに俺は舞の本音を知っている。舞の本音は藍と唯の二人が不仲になってそのまま俺とも不仲になってくれる事を望んでいるのが分かっている。仲裁案を出す事は舞自身の首を絞めるに等しいから相談しても拒否するのが見え見えだ。

 俺は篠原に頭を下げ、篠原同席の上で放課後に大通り地下街のWcDで直接藤本先輩に会って仲裁を頼んだ。さすがの藤本先輩も修羅場の仲裁には逃げ腰で「申し訳ないけど『藍だ』『唯だ』とは軽々しく言えないぞ。第三者を拓真に紹介して二人を黙らせる事しか出来ないからなあ。でも、紹介してやるのは簡単だが藍と唯が受け入れなかったら拓真が地獄を見るだけになるし、その子も可哀想だ」と言って、超真面目な顔で申し訳なさそうに頭を下げたくらいだ。篠原は「真姫先輩の言う事に従うからな」と言って関与しない事をアッサリ宣言している。

 長田も黒沢さんを紹介した恩義を忘れてはいなかったが「ともちゃんを紹介してくれた件とこの件は別」と言って両手を顔の前で合わせて頭を下げた。当たり前だが黒沢さんは完全に逃げ腰で、「同じクラスだからこそ勘弁してよー」とキューピッド役を務めた俺に申し訳なさそうに深々と頭を下げたくらいだ。

 当然だが山口先生は既に仲裁しない事を宣言しているから駄目だ。仮に仲裁してくれたとしても担任であるから安易に「藍と付き合え」「唯と付き合え」と言えない筈だ。他の先生に相談する訳にもいかないし・・・。

 かと言って父さんと母さんに話す訳にもいかない。相談するという事は下手をしたら俺の人生そのものの相談になりかねないし、だいたい父さんと母さんは藍と唯のどちらかを贔屓しない事を約束しているから、逆に俺の相談は二人に迷惑を掛けるだけだ。

 となると残るは身内、それも姉貴と兄貴になるのだが、兄貴は函館にいるし、だいたい藍と唯に直接会って話をした事もない。だから相談しても一般論でしか答えられない、もしくは回答そのものを拒否するのが分かり切っている。もう消去法で姉貴しか残っていない。俺は金曜日の夜に姉貴のケータイへ電話したが、最悪な事に姉貴と雄介さんは道北方面へ出掛けるとの事で、しかもさっき江別を出発したばかりの状態であった。姉貴は俺からの電話を雄介さんが運転する車の助手席で受け取ったのだ。さすがの俺も二人でお出掛けの最中に人生相談(?)するのは悪いと思って月曜日の夜に電話すると言って電話を切った。

 土曜日の俺は朝から長田の家へ逃げ込んだ。藍と唯も長田の家へ行ってるとは思ってなくて、泰介の家へ逃げ込んだと思って二人とも泰介に電話したようだが、泰介もホントに聞いてなかったから「ホントに知らない」で押し切った。さすがの藍と唯も泰介の母親から「来てないですよ」と言われたから大人しく引き下がったようだ。俺のところにも当然ながら二人から電話もメールも入ったが「たまには男だけで過ごしたって悪くないだろ。それに俺にも考える時間をくれ」と言って押し切った。

 長田は迷惑顔だったけど、無理を承知でお願いして長田の家に泊まり込み(母さんには俺と長田から電話して了解を得た)、そのまま日曜の夕方まで長田の家に籠っていた。日曜日には示し合わせた訳ではないけど篠原が長田の家へ押しかけて来たから以前のように長田と篠原の男三人だけで黙々と過ごしたけど、篠原が長田の家へ押しかけた理由が凄まじくて「真姫先輩と過ごすといずれ体重が無くなる」らしく、俺と長田は同情してやる事しか出来なかった。なんでも、昨日の土曜日は朝から晩まで藤本先輩に付き合わされてあちこち連れ回され、フラフラだったらしい。

 ただし、俺も篠原も最後に長田から「来週は勘弁してくれ」と言われた・・・。

 月曜日の夜、俺は藁をも掴む思いで姉貴に電話した。ただ単純に「悩みを姉貴に聞いて欲しい」とだけ言って。

 幸いにして姉貴は二つ返事で引き受けてくれ、仕事が丁度休みである次の金曜日の放課後に江別駅で合流して江別市内のファミレス『ボスト』で話す事になった。

 とにかく姉貴に会うまでは事を穏便にすませないと・・・今週の俺はとにかく藍と唯の影から逃げまくっていた。藍と唯の二人が朝から放課後までブーブー言ってたけど、そんな事はお構いなしに俺はひたすら逃げまくっていた。何となくだが相沢先輩の猛烈アタックをストーカー行為だと勘違いして逃げ回っていた篠原の気持ちが分かったような気がした・・・


 この2週間で唯一の収穫、それはだ。

 さすがに姉貴以上の恐怖体験(?)をした事で起きられるようになった・・・怪我の功名かもしれない。

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